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第13話:まだ見ぬ地の味
しおりを挟むノーデさんがこの森に来てから、数日。
私達は、ついにお土産に手を付けることになりました。
もちろん、それは彼の持ってきたお茶でございます。
本来ならば、貰ったその日に速攻で淹れて豪遊すべきだったのですが……そこには聞くも涙、語るも涙のお預け劇場が繰り広げられていたのです。
お預け1、コカトリスショックにより錯乱したノーデさんのケア。
お預け2、復活したノーデさんに、お詫びとして森の管理者職務見学ツアーを提供。
お預け3、ツアー帰宅後に、ゴンさんが魔物討伐の急務に出向きすれ違い。
で、ゴンさんがその魔物を討伐して帰宅し、現在。
これだけでもう私達2人の欲求は限界値です。
早急にお茶をたてていただいて、ほんわかまったりティータイムと洒落込まなくてはいけません。
特にゴンさんは、ここ最近で魔物の急増に対処すべく奔走しているらしく、若干イライラしています。
なんなんですかね? コカトリスといい今回といい、人間の多い世界で何か起こってるんですかね?
「さぁ! ではこのノーデが腕によりをかけて淹れさせていただきましょう!」
『うむ、励めよチビ助』
「お願いします!」
対して、ノーデさんは私の仕事を見れたことが嬉しかったのかめっちゃツヤツヤしてますね。
今回は、コカトリスが大量発生していたと言っていた場所の影響を見ていましたが……幸いにも毒による環境汚染は無かったので、一安心です。
まぁ、たくさん草が食べられていたので、その補填をして終わりでしたね~。一気に草が芽吹く光景は、ノーデさんのテンションを上げるには十分だったみたいです。
「ノーデさんのお茶、どんなのでしょうね~?」
『茶葉としては、中々に香りが独特だったな。茶というよりは香草に近い匂いだ』
「そうなると~、ハーブティみたいな感じなんですかねぇ?」
『そうだな。中には花びらも確認できた。いろいろと混ぜていたようだ』
うぅん、それは楽しみです。
たしかに、今ノーデさんは茶葉を煮出している様子。典型的なハーブティの作り方です。
しかし、特筆すべきは様々な植物をブレンドしていると言っていたゴンさんのご意見でしょう。葉だけでなく、花まで一緒に煮立たせて、どんな味になるのか……想像できません。
心和の知識では、ラベンダーなる花を使ったお茶などもあるらしく、けしてありえないものでは無いみたいですがね?
「ところでゴンさん、今回はどんな魔物を狩っていたんです?」
『バジリスクだ』
お、おぅ……石化の魔眼を使う蛇じゃないですかぁ。
これまた大物です。見たものをじわじわと石に変えていき、動けなくして捕食するという大蛇を相手に、なんでこの熊さんは無傷でご帰還できるというのでしょうか。
『ふん、伝承だけが先走った臆病者であったわ。コソコソと隠れて物陰から視線を当ててくるだけで、まったく面白味がなかった。時間だけが過ぎて鬱陶しいことこの上ない奴だったぞ』
「その手法、普通の人には致命的過ぎるんですけどね? 相手が見つからず、一方的に石化の魔眼で見られ続けるとか恐怖でしかないんですけど?」
『一匹捕まえて、食してしまえば後は芋づるよ……血の匂いを覚えて、一網打尽にしてやったわ。まぁ例によって絶滅はさせておらぬがな』
あぁ、ゴンさんの嗅覚ならそのくらいは可能ですね。
……ん~? バジリスク、いっぱいいたんです? 石化の魔眼を持ってる存在が、何匹も?
ゴンさん……それって、大事件だと思うんですが……。
いえ、深くは聞かないでおきましょう。
変に首突っ込んで、お料理する事になったらいけません。コカトリスみたいに美味しいならいいんでしょうけど、バジリスクは蛇ですからねぇ。できれば私も、スネーク肉の料理は勘弁してほしいもんで……。
「さぁ! できましたよ皆さん!」
と、そんなことを話している内に、お茶が出来上がったご様子。
身長の低い彼が、おぼんを持ってえっちらおっちらとこちらにお茶を持ってきてくれています……滾りますね。
さぁ、お姉さんの元へ来てください!
「フィルボの里で栽培されている、ヤテンの花と様々な薬草を使った茶でございます。名はそのままヤテン茶といいますっ」
ヤテン茶。
なるほど、複数の薬草を混ぜているだけあって複雑な香りです。
ヤテンの花の色素が溶け出しているのか、鮮やかとは言わないまでも毒々しくはない……赤とピンクの間のような色合いをしていますね。
煮出した時間などは、心和の知識にあるハーブティとさほど変わらない感じでしたので、程よく色も見て一番綺麗なタイミングで淹れれば、もっと鮮やかで見て楽しめるお茶になりそうです。
そのためには、透明なガラスで作られたティーポットがいるんですけどね……。
『いただくとしよう』
ゴンさんが特大カップを手に取り、私と同じように香りと色を楽しんでいます。
未開の里の茶を全力で楽しんでおられる様子。さもありなん。
しばらくして私と目が合い、2人してバツが悪そうに視線をそらした後、いよいよ口につけてみます。
口から全身に吸収するように、一口……。
『ふむ、不可思議な味とはまさにこれだな。独特の渋みと、僅かな苦味が混ざり合っておる。しかし、その間をかいくぐるように香る花片の風味が、有りえぬはずの甘みを錯覚させてくる……ただ薬草を煎じただけでは飲みにくい類だろうが、このヤテンが加わる事で圧倒的に飲み手の敷居を下げてくれているようだな』
「ご慧眼、感服いたしました! 元々は薬膳として継がれていたものなのですが、何代か前の薬膳師様が飲みやすさを考慮しつつ効能を更に上げる為に加えたのがヤテンなのです。圧倒的に飲みやすさが増し、市民に気軽に飲まれるようになった事で、ヤテン茶はフィルボ全体に愛されるお茶として認識されるようになったのですよ」
「…………」
美味しい。
確かに美味しい。ゴンさんの言う通り、いろんな味と爽やかな甘い風味が味わえるお茶です。
でも、これは……
『……どうした、ちんくしゃ』
「ふぇ?」
『貴様が茶を飲んで顔色を曇らせるなど、天変地異の前触れが如き所業よな?』
お、おっと、私、そんな顔してました?
いけません、ノーデさんが不安そうな顔をして見ています。
ちゃんと美味しいですよ~? と笑顔で飲んでると、安心してくれたみたいですが……。
でも、これは……放っておけない感じですねぇ。
「ねぇ、ノーデさん」
「はい?」
「このお茶……ヤテンって、どこで栽培してるの?」
「王都でございます! 他の薬草は生命力が強いので他の村に任せているのですが、何ぶんヤテンは繊細な所がありまして。王都にいる専属の栽培師の手によって管理されております」
なるほど……。
「専用の畑があるってこと、かな? ヤテンだけを専門に王都で栽培してるの?」
「いえいえ、王都が森に近く、土が一番豊かなのでそうして栽培しているのです。同じように栄養が多い方が良い、繊細な植物や果樹などは王都で作られておりますよ?」
ヤテン以外にも植物を栽培してるって事だ。
つまり、【これ】の原因はそれらの中に紛れ混んでる可能性がある……。
『……ちんくしゃ』
「ふぇ?」
『同じ返しを二度もするな。それより、貴様のそれは我がむず痒くなる。何を1人で考え込んでいるのだ』
「え、え~とですね~」
『何かあるのであれば、我に言えと再三言って聞かせておろうが。貴様が変に考え込めば、結果暴走するのは確定的に明らかよ。許す、申してみよ』
うぅん、ゴンさんには頭が上がりませんねぇ。
ですが、ありがたいです。ここは1つ、胸の内をドバッとさらけ出してみましょうか。
「ゴンさん……」
『うむ』
「私、フィルボの王都に行きたいです!」
『当然不許可よ』
あっさりダメって言われました!?
許すって言ったのに、言ったのにぃ!
『たわけ……主語が無いわ主語が。理由もなく観光に行きたいとあっては、管理者の職務を滞らせてまで外出の許可など出すわけがなかろう』
「はっ、確かに!」
『何か理由があるのだろう。それを述べよ』
一考はしてやる、と言って、ゴンさんは聞く体勢に入ってくれました。
私達のやり取りを見て、ノーデさんもお茶を飲みながら静かに見守ってくれています。
私もお茶を一口含み……改めて確信を得て、ゴンさんの方を向き直ります。
「このままでは、フィルボの国は土がダメになって崩壊します」
「なっ!?」
『……ほう?』
「ヤテンが、教えてくれました」
そう、ヤテンを飲んで、体に取り込んだ事でわかった事実。
物言わぬ植物が教えてくれた、揺り籠の危機を伝えるSOS。
植物の化身であるドライアドだからこそ気づけた、ほんの僅かな【外敵の気配】を、ヤテンが遺伝子でもって教えてくれたのです。
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