ドライアドさんのお茶ポーション

べべ

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第9話:お客様の中にお医者様は〜

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 朝靄あさもやというのは、私達植物にとってご馳走です。
 特定の気温と湿度によって発生するこの現象。薄暗さの残る森の中を、白色はくしょくに染め上げる神秘の光景。
 小さな小さな潤いは、藪の枝一本、樹々の葉一枚に至るまで、隅々に渡って森中を駆け巡っていきます。
 まるで、清らかな少年少女の戯れの如き無邪気さでもって、植物を、動物を分け隔てなく満たしていく姿は、まさしく恵みと呼ぶに相応しいものであると言えましょう。

 木々に茂る葉の裏には、羽を重たくし一休みする蝶が、今か今かとこの現象の終焉を待ち望んでいます。彼には悪いですが……我々草木の一存はあくまで、この一時の中で満ち足りること。
 今しばらくの間は、我慢していただきたいものです。

 そして私もまた、そんな心地の良い環境を思う様堪能しておりました。
 場所は世間樹から少し離れた森の中。世間樹のある空間は開けているので、逆にこういう朝靄が少なくなってしまいますからね。
 穢れなど微塵も含んでいない朝靄。肌を通り過ぎていく空気の流動。こんな素晴らしい瞬間を味わうのに、草木のワンピースを着込んでいたのでは堪能しきれません。
 だから今、私は全てを生身で味わっていました。

 なんと心地よいのでしょう。
 なんと麗しいのでしょう。
 なんと芳しいのでしょう。

 肌に朝露が乗り、この身を通して全身に行き渡っていくこの感覚。
 人間と近しい形状になれたからこそ、様々な場所から潤いを取り込める快感。
 未だに歩くという行為には慣れないため、空中を漂いつつ堪能していきます。
 あぁ、本当に気持ちいい……心和の知識で言うならば、全身をくまなくシャワーで洗い流し、湯に浸かったその後に牛乳でも流し込もうかという心地よさ。

 ココ最近は、ゴンさんの特訓や樹々の診断で忙しかったので……こういうリラクゼーション的な時間はそうそうとれませんでした。なので、私がこうして己をさらけ出す瞬間など、せいぜい紅茶葉や麦茶葉のストックを作るときくらい。
 生やすのは私の魔力でですが、加工の工程はちゃんと1から作っているのです。自分の力ではなく、自然によって茶葉を作ってもらう……その時間こそが、茶葉を何よりも美味しくできる方法と、私は確信して作業に当たっていました。

 そのおかげで、少しずつですがお茶の味も良くなってきているようで、ゴンさんも多少の評価を出してくださっています。
 あとは、畑を作って種から育てる事ができれば、完璧なのですが……。

「…………?」

 ふと、朝靄を堪能しながら思案に暮れていたその時です。
 心地よい空気が、一転して、それはそれは悍ましいものへと変わり果てたのがわかりました。
 鉄分を含む、ツンとした匂い。明らかにそれは、何かの血を連想させるもの。
 その匂いが朝の霧を少しずつ蝕み、清涼なる世界は一転、黄色信号ぶっ飛ばして赤信号の仲間入りです。

 あぁ、なんたることでしょう。せっかくの癒やし時間が……と、余裕ぶってもいられませんね。
 私、腕っぷしはからきしなので。さっさとゴンさんの所に行って、保護してもらわないと。
 そう思い、草木の衣を身にまとい直して、この場を去るべくふよふよとその場を後にしようとした……その時です。

 ガサガサッ!

「ひゃい? っ、ぎゃあああああ!?」

「むっ?」

 突然、目の前の茂みから、全身真っ赤な物体が顔を覗かせたのです!
 ていうか、これ血ですか!? すっごい滴ってますけど!?
 
「おおぉ! 私はついに流血のし過ぎで死出の旅の終着を迎えてしまったのだろうか! いや、そうに違いない! でなければかように美しき天女を目にする事など叶わぬでしょうからな!」

「ヒィッ!?」

「あぁいや、これは失礼! 貴女を驚かせるつもりは無かったのです。平にご容赦を!」

 その血みどろの某は、見てくれをすんなり裏切るジェントルっぷりで一礼し……そのまま、前のめりで倒れてしまいました。

「え~……つきましては……出来ることなら、死後の転生に関わる施設などがございましたら……ご案内、していただきたく……」

「え、ちょ、ま! 違います違いますまだ死んでません!? あなた死んでないですよー!?」

「お、おぉ、それは重畳……で、ありましたらば、い、医者など……ガクッ!」

「ノォォォォォォ!? い、医者ぁぁぁぁあ!?」

 これが私と、彼の……血みどろさんの、ファーストコンタクト。



    ◆  ◆  ◆



『フィルボ族だな』

「フィルボ族……?」

 世間樹手前、ゴンさん邸洞窟。
 そこまで血みどろさんを運んだ私は、ゴンさんに事の顛末を説明。
 とりあえずその場に草を敷いて寝かせてみた所まできて、ゴンさんが彼について教えてくれました。

 フィルボ族。自然に信仰を捧げ、自然の恵みを糧に生きるという種族です。
 その見た目に大きな特徴があり、たとえ成人したとしてもその見た目は幼い少年少女のものだと言います。
 確かに、血みどろさんの見た目は幼さを感じさせるそれですね。泉の水を浸した布で血を拭って初めて、彼の姿を冷静に見ることができました。

 血で汚れてさえいなければ、美しかったであろう金髪。
 所々傷は絶えませんが、それでもなお整っていると思える中性的な顔つき。
 さっき喋っていた時も声は高めでしたし、実際どっちなんでしょう?
 ですが、そんな疑問よりもまず対処しないといけないのが……彼の怪我ですね。

 血みどろさんの体は、所々が爪による切り傷で血を流していました。
 おそらく、森を彷徨い魔物や獣を相手取っていたのでしょう。血みどろさんの装備を見るに、戦える人みたいですが……少々無茶をしたみたいです。
 今はとりあえず、癒やしの麦茶ぶっかけて消毒しましたけど……やっぱ私のお茶、飲まないとさほど効果ないみたいですねぇ。そりゃそうですよねぇ、お茶なんですから。
 まぁ、それでも一命を取り留める程度には効果あるみたいですし、しばらくしたら目を覚ますでしょ。そしたらお茶飲んで元気になってもらいましょ。

『よし、さっさと殺すか』

「ちょぉぉぉいちょいちょいちょい!?」

 いきなり何を言い出しますかこのクマさんは!?
 腕を振り上げるんじゃありません! ステイッ、ステイですよゴンさん!!

『なぁんだ、何故止める』

「なんでもヘチマもアボガドもないですよ!? なんでいきなり殺処分に話題が飛ぶんですか!」

『何故って貴様、こやつらは種族こそ森に敬意を払う故、見逃すのもやぶさかではないが……今回は目的があってここに来た筈だ。そしてその目的は、間違いなく貴様だろうよ、ちんくしゃ』

 ゴンさんいわく、彼らが本来の自分たちの活動範囲を超えてこの世間樹まで来たのは、私を見つける事が目的だろうとのこと。
 その種族がなんであれ、私という存在が知られることはゴンさん的にアウトみたいです。
 ですが、だからといって彼を首ちょんぱするなんて選択肢を認めるわけにはいきません!

「ダメですっ、そんな簡単に殺すなんて言っちゃいけません!」

『だがな、貴様はここの管理者になってまだ日が浅い。やるべきことは星の数ほどにあるのだ。そこで貴様にもしものことがあったらだなぁ』

「私の事はゴンさんが守ってくれるので、万が一にも億が一にも危険なことなんて有りえません!」

『うむぅ? ま、まぁそれはそうだが、むぅ……』

「彼は私に、驚かせてすまないと何度も謝っていました。自分が危険な状態にあるというのにです。そんな人を、ゴンさんに殺させたくなんてありません……」

『……ぬぅ、まったく……』

 結局、不承不承ながらもこの言葉を受け入れてくれたゴンさん。
 彼が敵対的な行動を見せたら即座に屠るという前置きつきながらも、今は殺さないと約束してくれました。
 そして……看病すること数時間。
 小さなお客さんは、ついに目を覚ましたのでありました。
 
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