7 / 77
第6話:管理人のお仕事
しおりを挟むドライアドの朝は早い。
私のお家として見事この世に現界した大樹、世間樹くんの中で目が覚めた所で活動スタートです。
お家と言われたらこう、リビングがあって~の、テレビがあり~のと考えられるでしょうが、樹の中というのはわりとそんなことありません。
そうですね~……わかりやすく言うと、私が世間樹の中に溶け込んでいると言いますか。息のできる水底に沈んでいる感覚ですね。
これが中々どうして心地よいのですよ。
……うん、凄く気持ちいいです。まるで、冬場のお布団のような抱擁感です。
……こんなに気持ちいいんですから、もう少しくらいこうしていたいと思うのは仕方ないです、よね?
というわけで、朝は早いという言葉を撤回します!
『させてたまるかうつけ』
おごほおぉぉう!?
世間樹の幹にえげつない衝撃が走りましたよ!? ついたばかりの葉がボロボロ落ちていっているのがわかります!
こ、こんなバカげた打撃を放てるのは……。
『今すぐ出てこい。そして魔力の操作訓練だちんくしゃ。3つ数える前に出てこねば、この大層な神木を今宵の晩飯調理に使う薪(たきぎ)にしてやるぞ』
ひ、ひえぇぇ、ゴンさん!
有言実行の代名詞のような霊獣様のことです、出てこなければ真面目に幹から綺麗に伐採されて乾燥の末にキャンプファイアーされてしまうに決まっています!
「ご、ご勘弁を~、勘弁ですだよ~?」
このままではヤバイというのは既にわかっておりますので、白旗をパタパタさせながら顔を出しつつ、ご機嫌を伺ってみます。
うぅん、今日も今日とて白銀の毛並みが美しゅう存じます。それでいて凛々しいお顔、たくましさしかない体躯。妖精から見て100点の殿方ですねぇ。
『ふんっ、我手ずから訓練を施してやろうと言うに、二度寝をカマそうとは……よい度胸でかないか』
「うひぃっ、い、いえいえ、そんな二度寝だなんて……!」
『喜べ。そんなちんくしゃには、我が手取り足取り付きっきりでみっちりとしごいてやろう。感涙に咽ぶがいい』
「疲労困憊からくる嘔吐感に咽ぶ未来しか見えない!?」
慌てて世間樹の中に逃げようとしますが、一度顔を出してしまった状態ではゴンさんから逃げられません。
即座に頭を捕まれ、引きずり出されてしまいます。
『遠慮するな。貴様の膨大な魔力量で繊細なコントロールを行うにはそもそも生半可な訓練では足りぬ故な』
「お心遣いに感謝しますがせめて小まめな休憩を取り入れて欲しく存じますー!」
『安心しろ……昼には終わらせてやる』
「今朝日が昇ったんですがそれはぁぁぁぁ!?」
私の管理者プログラムの1つ、魔力のコントロール訓練。これが朝の日課なのでした。
ですが、日に日にゴンさんが厳しくなっていくのがいただけません!!
◆ ◆ ◆
「ふぅ……落ち着きます……やはりこれが無いとですねぇ」
『うむ、これはこれで良いな』
お昼。訓練が終われば、本格的に管理者活動開始です。
魔力の障壁を完璧に使えるようになるまで寸止め正拳突きを繰り出され続けるのが本当に訓練であるのかは非情に怪しいですが、それでも私は元気です(ランナーズハイ)。
とりあえず、訓練の消耗を癒やす為に、私は今お茶を嗜んでいます。
中身は、ドライアドの実り能力をを使って収穫した、麦から作った麦茶です。
シンプルかつ香ばしい味わい。日本のご家庭でも気軽に作られているであろう庶民派お茶の代表格ですね。
私の魔力で作ったお茶なので、こうして作り置きしておけばいざという時に飲んで魔力回復できるのです。
「さて、それでは行きましょうゴンさん!」
『……思うのだが、貴様の仕事に我がついていくのは必要なことか?』
「何を言っていますか! ゴンさんがいないと魔物とか出てきた時に詰むでしょう!?」
『だから、貴様の魔力があれば大抵のやつには負けんと何度も……』
「聞きたくないです怖いんです! 付いてこないとゴンさんの体にアジサイ芽吹かせますよ!?」
『なんと恐ろしいこと考えおるかこのちんくしゃ! えぇい、わかったから縋り付くなっ』
私のクレバーなネゴシエイトにより、ゴンさんは快く同行してくれました。
そんな二人で向かうのは、世間樹から南へ進んだ所にある、果実系の木が群生している空間です。
このバウムの森、こういう風に似た性質の木々がエリア別に固まって生えてるんですよね……ゴンさんが言うには、元は違う森同士が繋ぎ合ってできた森なんだとか。
「さて、という訳で、早速検診していきますよ~」
『うむ、我はウイの芽でも摘んでおこう。春の味覚よな』
ウイの芽とは、ウイという木に生える蕾のことです。
薄い黄色をしており、とにかく大量に生えるのが特徴ですね。見た目はあれです、ちっちゃいドリルみたいです。
「あ、それ天ぷらにしたら美味しいと思うんで、マンドラツバキの種から油取っててもらえます?」
『てんぷら……?』
「お野菜やお肉に衣を付けて、カラッと揚げたものです~。熱々なそれに岩塩つけて食べたら絶対いけますよ~」
ゴンさんの洞窟探せば鍋くらいありそうですし、岩塩もあそこなら取れそうですよね~。
『……我をその気にさせたからには、必ずその天ぷらとやらを食わせろよちんくしゃ』
「あはは、任せてくださいって~」
まぁウイの芽天ぷらは置いといて、今は検診です。
管理者の仕事の1つは、こうして木々が病気になっていないかを見て回るお医者さん的なものがあります。
特に果実系の木は病気に弱いので、こうして小まめに見るのが大事なのですね。
ドライアドは周囲の植物の健康状態がわかる能力を持っているので、ぐるっと見回せばのどの木がまずいのかは一目瞭然です。
「ふむ……特に問題はないですかねぇ。弱ってる子もいませんし」
病気の何が怖いって、集団感染するようなケースもありますからね。
現に、この森の西側は病気にやられてハゲちゃってる区画があります。私が来る前の出来事で、ゴンさんが適度に燃やして病気自体は蔓延しなかったらしいです。
そこも後々対処しないとですねぇ。……ですが、今は健康診断です。
「木は問題ないですけど……あぁ、ちょっと草が密集し過ぎですねぇ。養分取り合ってます」
彼らもどこかで居場所を無くしたのでしょうか? 固まって草が生えてるせいで、育ちが悪くなってるところがありますね。
「ほ~らほら、そんな固まってないで、もう少し広がるんですよ~」
私が命令を下すと、草達はプルプルと震え、根を動かし移動し始めます。
基本動けない植物達をこうして動けるようにするのも管理者の特権ですねぇ。
「よしよし、この区画はこんなもんでしょ~」
『おい、油が採れたぞ。我の爪を犠牲にした価値はあるんだろうな』
私が振り返ると、ゴンさんが岩で作った即席ボウルの中にナミナミ入った油を見せていました。
この短時間に、どんだけ搾ったんですか、ゴンさん……?
「え、えぇまぁ……ちょっとドン引きですけど、えぇ。こんだけあれば天ぷら、作れると思います……麦も余ってるし、挽いて小麦粉にして……」
『よし、早速作るがいい』
「ま、まだ仕事が残ってますよ!?」
『むぅ……ダメか?』
「ぅ……!?」
ぐぁぁぁぁ!! イケメン熊がしゅんとしながら見つめてくるぅぅぅ!!
やめろぉ、普段生意気な先輩がふとした拍子に甘えてくるシチュエーションを私に見せつけるんじゃない……!
「……だ、ダメじゃないですよぉぉぉ? うぇへへ、私がす~ぐ美味しい天ぷら作ってあげますからねぇ~?」
当然のように私、陥落。
この後植林についてのプランを練る予定でしたけど、まずはゴンさんを優先しますとも、えぇ!
『む、そうか? うむ、では疾く戻るぞちんくしゃ』
「はいな~」
その日の晩。
初めての天ぷらにゴンさんは大満足。今度はいろんな食材で作るように厳命されてしまいました。
よほど気に入ったんですねぇ……。
0
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

森の大樹の魔法使い茶寮
灯倉日鈴(合歓鈴)
恋愛
精霊の加護があるという珍しいお茶を扱う喫茶店で働いていたリルは、親戚の借金を背負わされて窮地に立たされる。そんなリルを助けてくれたのは、常連客の青年。実は彼の正体は、森に棲む伝説の魔法使いで……。
前向き元気な街育ちの少女と、存在すら忘れられていた森の魔法使いが、時折訪れる個性豊かなお客さんと交流しながら大樹の家で暮らしていく話。
※カクヨム様にも投稿してます。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。

白い結婚をめぐる二年の攻防
藍田ひびき
恋愛
「白い結婚で離縁されたなど、貴族夫人にとってはこの上ない恥だろう。だから俺のいう事を聞け」
「分かりました。二年間閨事がなければ離縁ということですね」
「え、いやその」
父が遺した伯爵位を継いだシルヴィア。叔父の勧めで結婚した夫エグモントは彼女を貶めるばかりか、爵位を寄越さなければ閨事を拒否すると言う。
だがそれはシルヴィアにとってむしろ願っても無いことだった。
妻を思い通りにしようとする夫と、それを拒否する妻の攻防戦が幕を開ける。
※ なろうにも投稿しています。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる