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レベル4:公爵令嬢の侍女見習い
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「あなたが私の侍女になるの?」
僅かに目尻の上がった吊り気味な目元。キュッと結んだ口元。綺麗な金色の髪は頭の後で一つに纏められ、下へまっすぐ垂れ下がる。
やはり、綺麗で利発そうな子だ。貴族の子らしく所作が丁寧であることはもちろん、こちらを伺う目に好奇心の色はなく、私を値踏みする様な視線を感じた。
「はい! シャルロット様の侍女を務めさせて頂くことになりました。シュナ・ゼクレアです! これからよろしくお願い致しますっ!」
私は普段なら絶対にしないような笑顔と明るい調子で挨拶をする。第一印象は大切なのだ。
「愉快そうな人ね。……私、そういう人が一番嫌いなの」
「好きになって頂けるよう頑張ります!!」
「……」
シャルロット様は私に対して訝しげな視線を向ける。けれど私はそれに気がつかないように彼女と目を合わせてニッコリと微笑んだ。
そんな私たちの様子を尻目に、スカウス公爵は口を開いた。
「シャルロットを、よろしく頼むよ」
「はい。精一杯務めさせて頂きます」
私は深めにカーテシーをしながらそう答える。しかし、声色はあくまで明るく努める。
丁寧に、しかし明るく。純粋な令嬢を演じるのだ。
その日は顔合わせのみであり、実際に侍女となるのはそれから更に一月後からとなった。その一月でスカウス公爵家のルールやシャルロット様の生活、仕事内容などを、派遣されてきた公爵家のメイドから徹底的に学んだ。
その中でシャルロット様について尋ねると、どうやら使用人への態度は素っ気なく、殆ど居ないものの様に扱われているらしい。
それは、貴族の子としては珍しいものだ。性格に難があると言えば、大抵の場合は平民と見下しぞんざいに扱うか、使用人に怯えるかの二つに分かれやすい。
厳格に距離を置くという人も居るが、その場合でも居ないものの様に扱う、というのはおかしな話だ。
見下しているわけでもなく嫌っているわけでもなく、けれど使用人に何かを頼むこともない。そしてシャルロット様のこの態度は、恐らく使用人だけに留まらない。
そうでなければ、性格に難があるという噂が外に出ないからだ。であれば、他貴族の子息令嬢に対する態度もまた難ありと言われるものと容易に想像できる。
シャルロット様は一体何を考え行動しているのか。侍女となるその日まで、私の中で答えが出ることは無かった。
顔合わせから一月が経ち、侍女として公爵家の敷地内にある別館で寝泊まりするようになった。
早く起きてシャルロット様の起床や着替えを手伝い、その他シャルロット様の身の回りの雑用もこなす。彼女の1日のスケジュールを常に把握し、不都合のある場合にはその障害を取り払うのが私の仕事だ。
そして、シャルロット様の学びの時間には私も共に列席し学ぶ。これは公爵様より承った役割である指導役が、教師ではなく競争相手であったためだ。
競争相手である以上、シャルロット様に遅れを取ることがあってはならない。そして同時に、常に彼女の一歩先から教え導くことを望まれていた。
初めてこれを聞いた時は疑問に思った。
なぜ私なのか、と。
競争相手が居た方が伸びるというのは分かる。問題は、なぜ競争相手が居ないのかということである。
本来であれば生まれた家と関わりの深い家から年の近い子を選び、幼い頃から手頃な競争相手を作り出すのが貴族の常だ。競争が人を育てるからである。
たとえシャルロット様が人から距離を置くように接していたとしても、同じように競争相手は宛てがわれるはずだ。
けれど改めて言われた内容を思い返せば、仮定の誤りに気がつく。競争相手が居ないのではなく、居なくなったのだと。
そしてそれは、私が競争相手に選ばれたこと自体が理由なのだろう。
分かりやすく言うならば、シャルロット様に私と競り合うだけの学習能力があるということが問題なのだ。
私は、確実に同年代の人に比べて学が高い。娯楽として学んでいるからだ。その上レベルが見えるため学びの効率もかなり良いという自信がある。
その私が、二歳年下の少女の競争相手として選ばれたのだから、答えは見えていた。
果たして、シャルロット様は正しく天才であった。そして同時に、その才能に驕らず常に自らを高め続ける、そんな努力家でもあった。
彼女に付いていける同年代の子など、一人として存在しなかったのだろう。競争相手は実力が競り合うからこそ、競い合えるのだ。普通の子が、彼女のような素の理解力が高い上に自ら努力を怠らぬ者と並べるかと言えば、極めて難しい。
だから、私なのだ。
学習スピードと学習意欲が異常であった私なら、シャルロット様と渡り合える。そう期待されたのだろう。
もしかすると、2歳という歳の差があるからこそシャルロット様が指導を素直に聞き入れやすいという目論みもあったのかもしれない。
けれど残念ながら、私は当分役目を果たせそうにない。シャルロット様は、今の講義程度の内容ならば指導するまでもなく理解できてしまうのだ。
学んだことを自ら反芻し、咀嚼し、理解するのだ。
一度教わったことであれば、人に教わり直すより自ら考え根本から理解する方が経験値効率が良いということも、私は経験上知っている。
だからこそ、その学びを邪魔することはできない。
そしてこれが、彼女が一人で居られる理由なのだろう。
自ら考え、学び、行動できるのだ。少なくとも子供の手の届く範囲であれば、おおよそ困ることなど無い。
となればまずは、積極的にシャルロット様とコミュニケーションを取らなければならないだろう。
嫌われても、好かれても、まずは認知が大切だろう。だからこそ、私は私の存在を彼女に見せつけるのだ。
講義を終え、シャルロット様と共に部屋へ戻る途中、廊下を渡りながら私は彼女に声をかけた。
「シャルロット様は、本当に優秀ですね!」
「別に、ただ教わったことを理解してるだけ。こんなの、誰にでもできるわ」
そう言うシャルロット様には、賞賛を少しも喜んだ様子もなく、ただ心外だと言うような顔で答えた。
「できない人も居るそうですよ?」
「できない人はするための努力を怠ってるだけ」
だから私が優秀なのでは無い、と。
「ではシャルロット様は、何ができたら優秀とお考えですか?」
「……政治、発明、武術、研究。分野にも依るけれど、自ら新たな術を編み出して成果を上げることができたなら、優秀でしょうね」
7歳でこれを言うのかと驚いた。自分に対する賞賛を頭ごなしに否定しているのではなく、確かな理由があって否定するのだ。
その点で言えば、私より数段は頭が良いと言える。私は所詮、表面上でしか考えていないのだから。
「では、シャルロット様は何を成すのでしょう?」
「……私?」
聞かれたことに困惑したのか、首を捻った。
「シャルロット様は、何でどんな成果を上げたいという思いはございませんか?」
「……何も無いわ。私は知識を蓄えて、先人に倣うだけ。ただ模倣を繰り返してパッとしない人間として生きるの」
「シャルロット様ならば"優秀"になれると思うのですが、何か理由があるのでしょうか?」
「……さあ、どうでしょうね。あなたには、何故かわかる?」
質問で返されるが、7歳にしてそこまで達観している理由など、分かるはずもない。私は素直に首を横に振った。
「そう。…………着いたわ。夕飯の時刻までは部屋に居るから」
「はい。承知しました」
シャルロット様の部屋に着くと、彼女はそう言い残してすぐにその部屋の中へと消えていった。
答えは簡単には聞き出せそうにない。けれどその答えに辿り着いたなら、シャルロット様が誰からも距離を置いている理由に近づける。そんな気がした。
僅かに目尻の上がった吊り気味な目元。キュッと結んだ口元。綺麗な金色の髪は頭の後で一つに纏められ、下へまっすぐ垂れ下がる。
やはり、綺麗で利発そうな子だ。貴族の子らしく所作が丁寧であることはもちろん、こちらを伺う目に好奇心の色はなく、私を値踏みする様な視線を感じた。
「はい! シャルロット様の侍女を務めさせて頂くことになりました。シュナ・ゼクレアです! これからよろしくお願い致しますっ!」
私は普段なら絶対にしないような笑顔と明るい調子で挨拶をする。第一印象は大切なのだ。
「愉快そうな人ね。……私、そういう人が一番嫌いなの」
「好きになって頂けるよう頑張ります!!」
「……」
シャルロット様は私に対して訝しげな視線を向ける。けれど私はそれに気がつかないように彼女と目を合わせてニッコリと微笑んだ。
そんな私たちの様子を尻目に、スカウス公爵は口を開いた。
「シャルロットを、よろしく頼むよ」
「はい。精一杯務めさせて頂きます」
私は深めにカーテシーをしながらそう答える。しかし、声色はあくまで明るく努める。
丁寧に、しかし明るく。純粋な令嬢を演じるのだ。
その日は顔合わせのみであり、実際に侍女となるのはそれから更に一月後からとなった。その一月でスカウス公爵家のルールやシャルロット様の生活、仕事内容などを、派遣されてきた公爵家のメイドから徹底的に学んだ。
その中でシャルロット様について尋ねると、どうやら使用人への態度は素っ気なく、殆ど居ないものの様に扱われているらしい。
それは、貴族の子としては珍しいものだ。性格に難があると言えば、大抵の場合は平民と見下しぞんざいに扱うか、使用人に怯えるかの二つに分かれやすい。
厳格に距離を置くという人も居るが、その場合でも居ないものの様に扱う、というのはおかしな話だ。
見下しているわけでもなく嫌っているわけでもなく、けれど使用人に何かを頼むこともない。そしてシャルロット様のこの態度は、恐らく使用人だけに留まらない。
そうでなければ、性格に難があるという噂が外に出ないからだ。であれば、他貴族の子息令嬢に対する態度もまた難ありと言われるものと容易に想像できる。
シャルロット様は一体何を考え行動しているのか。侍女となるその日まで、私の中で答えが出ることは無かった。
顔合わせから一月が経ち、侍女として公爵家の敷地内にある別館で寝泊まりするようになった。
早く起きてシャルロット様の起床や着替えを手伝い、その他シャルロット様の身の回りの雑用もこなす。彼女の1日のスケジュールを常に把握し、不都合のある場合にはその障害を取り払うのが私の仕事だ。
そして、シャルロット様の学びの時間には私も共に列席し学ぶ。これは公爵様より承った役割である指導役が、教師ではなく競争相手であったためだ。
競争相手である以上、シャルロット様に遅れを取ることがあってはならない。そして同時に、常に彼女の一歩先から教え導くことを望まれていた。
初めてこれを聞いた時は疑問に思った。
なぜ私なのか、と。
競争相手が居た方が伸びるというのは分かる。問題は、なぜ競争相手が居ないのかということである。
本来であれば生まれた家と関わりの深い家から年の近い子を選び、幼い頃から手頃な競争相手を作り出すのが貴族の常だ。競争が人を育てるからである。
たとえシャルロット様が人から距離を置くように接していたとしても、同じように競争相手は宛てがわれるはずだ。
けれど改めて言われた内容を思い返せば、仮定の誤りに気がつく。競争相手が居ないのではなく、居なくなったのだと。
そしてそれは、私が競争相手に選ばれたこと自体が理由なのだろう。
分かりやすく言うならば、シャルロット様に私と競り合うだけの学習能力があるということが問題なのだ。
私は、確実に同年代の人に比べて学が高い。娯楽として学んでいるからだ。その上レベルが見えるため学びの効率もかなり良いという自信がある。
その私が、二歳年下の少女の競争相手として選ばれたのだから、答えは見えていた。
果たして、シャルロット様は正しく天才であった。そして同時に、その才能に驕らず常に自らを高め続ける、そんな努力家でもあった。
彼女に付いていける同年代の子など、一人として存在しなかったのだろう。競争相手は実力が競り合うからこそ、競い合えるのだ。普通の子が、彼女のような素の理解力が高い上に自ら努力を怠らぬ者と並べるかと言えば、極めて難しい。
だから、私なのだ。
学習スピードと学習意欲が異常であった私なら、シャルロット様と渡り合える。そう期待されたのだろう。
もしかすると、2歳という歳の差があるからこそシャルロット様が指導を素直に聞き入れやすいという目論みもあったのかもしれない。
けれど残念ながら、私は当分役目を果たせそうにない。シャルロット様は、今の講義程度の内容ならば指導するまでもなく理解できてしまうのだ。
学んだことを自ら反芻し、咀嚼し、理解するのだ。
一度教わったことであれば、人に教わり直すより自ら考え根本から理解する方が経験値効率が良いということも、私は経験上知っている。
だからこそ、その学びを邪魔することはできない。
そしてこれが、彼女が一人で居られる理由なのだろう。
自ら考え、学び、行動できるのだ。少なくとも子供の手の届く範囲であれば、おおよそ困ることなど無い。
となればまずは、積極的にシャルロット様とコミュニケーションを取らなければならないだろう。
嫌われても、好かれても、まずは認知が大切だろう。だからこそ、私は私の存在を彼女に見せつけるのだ。
講義を終え、シャルロット様と共に部屋へ戻る途中、廊下を渡りながら私は彼女に声をかけた。
「シャルロット様は、本当に優秀ですね!」
「別に、ただ教わったことを理解してるだけ。こんなの、誰にでもできるわ」
そう言うシャルロット様には、賞賛を少しも喜んだ様子もなく、ただ心外だと言うような顔で答えた。
「できない人も居るそうですよ?」
「できない人はするための努力を怠ってるだけ」
だから私が優秀なのでは無い、と。
「ではシャルロット様は、何ができたら優秀とお考えですか?」
「……政治、発明、武術、研究。分野にも依るけれど、自ら新たな術を編み出して成果を上げることができたなら、優秀でしょうね」
7歳でこれを言うのかと驚いた。自分に対する賞賛を頭ごなしに否定しているのではなく、確かな理由があって否定するのだ。
その点で言えば、私より数段は頭が良いと言える。私は所詮、表面上でしか考えていないのだから。
「では、シャルロット様は何を成すのでしょう?」
「……私?」
聞かれたことに困惑したのか、首を捻った。
「シャルロット様は、何でどんな成果を上げたいという思いはございませんか?」
「……何も無いわ。私は知識を蓄えて、先人に倣うだけ。ただ模倣を繰り返してパッとしない人間として生きるの」
「シャルロット様ならば"優秀"になれると思うのですが、何か理由があるのでしょうか?」
「……さあ、どうでしょうね。あなたには、何故かわかる?」
質問で返されるが、7歳にしてそこまで達観している理由など、分かるはずもない。私は素直に首を横に振った。
「そう。…………着いたわ。夕飯の時刻までは部屋に居るから」
「はい。承知しました」
シャルロット様の部屋に着くと、彼女はそう言い残してすぐにその部屋の中へと消えていった。
答えは簡単には聞き出せそうにない。けれどその答えに辿り着いたなら、シャルロット様が誰からも距離を置いている理由に近づける。そんな気がした。
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