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レベル3:公爵家の侍女見習い
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「待っていたわ。シュナ」
伯爵家の養子となってから3年と半年が経過する頃、私は養母様に呼び出されていた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あなたは十分に貴族としての教養を学んだわ。だからそう。実践編といったところね」
実践編。そう言われてああと思い出す。私の今の立場は伯爵家の養子兼侍女見習いだ。
となれば、なぜ呼び出されたのか思い当たる節がある。
「どなたかの侍女として仕え始める、ということでしょうか?」
「話が早くて助かるわ。顔合わせは二週間後です。失礼の無いよう準備をしておいて下さいね」
「どなたに仕えることになるかはお聞きしても?」
「二週間後までのお楽しみ、ということにしておきましょう」
「承知いたしました」
お楽しみとはよく言うものだ。養母様も段々と接しやすくなってはいるが、こと仕事に関係においては容赦がない。恐らくこれも私への課題と捉えていいだろう。
そうと分かれば、やることは多くなる。服の準備や事前の情報収集、お世辞技術のレベリング……はもうだいぶ上がってるからいいか。
ともかく、養母様の部屋から退出した私は、メイドのリリーナに服の準備を頼むと、自室へ戻る。
本日は勉学の時間が殆ど無く、魔法の鍛錬も午前中に終えている。要するに今は自由時間なのだ。
普段の私なら本を読むかレベリングをするかの二択だが、今のうちに情報収集ができるならしておくべきだろう。侍女とは決して楽な立ち位置ではないのだから。
私は自室で一人、椅子に腰かけて目を瞑る。
知りたいことは大きく3点。誰に仕えるか。どのように接するか。地雷はないか。
とはいえ、3つ目が事前に知れるとは思っていない。関係を築く中で調べ上げ、もしあるようなら全力で踏まないように立ち回るのがベストだろう。
まずは聞き耳の出番である。自らの魔力を薄く広げ、わずかな振動を拾いあげることで遠くの音まで聞き取る。
ちなみに魔力を使うという発想が出るまではレベル10が限界であったが、現在はレベル78まで上がっている。
自分が密かに自信を持っている技術の一つであり、しかしバレるとまずい技術でもある。
閑話休題。
本命は養母様と養父様の会話だ。すでに話始めているそれを聞き取り始めた。
もちろん、すぐに目的の情報など出てくるはずもないため暫く聞き続けていると、話題はとある公爵令嬢のことに移った。
『――ならば、やはり望み薄か』
『ええ。だからこそあの子を付けるわけですが』
『ああ、シュナを付けると言っていたな。しかし……そこまでか?』
『というと?』
『……シャルロット嬢を変えられるのか?』
『期待はしてもいいと思っていますよ。あの子は、自分に与えられた役割に敏感ですから』
シャルロット嬢――シャルロット・スカウス。
スカウス公爵家の長女で、年齢は7歳。私より2つ下である。
なるほど、それだけ聞けば役割はなんとなく想像がつく。シャルロット嬢と言えば稀代の天才でありながら、その性格には難があるとの噂である。
――シャルロット嬢を変えられるのか?
――期待はしてもいいと思っていますよ
そんなことを言っていた。となれば、私はシャルロット嬢の侍女として雑用や身の回りの世話をこなしながら、彼女の性格を公爵家として相応しいものに変える。もしくは考え方を改めさせるといったことが予想できる。
……正直に言えば、できる気がしない。
当たり前だろう。私は今の今まで誰かと仲良くするということを一切せずに生きてきた。
親の元に居た時は親に気味悪がられた結果孤児となり、孤児院では仲のいい人の一人も居らず、なんなら避けられていた節すらある。
それが無くとも人の考えを変えることはそう簡単なことではない。難題にもほどがある。
しかし、養母様が期待はしてもいいと言っていたのも気にかかる。ここ三年間見てきた限り、養母様はこういった職務に関する話題において、根拠のない言葉を言うことは殆どない。
となれば、それが正しいかどうかは置いておくにしても、養母様の中には確かな根拠が存在するわけである。
知りたいのはその根拠。私に根拠となるものがあるのか、シャルロット嬢にあるのか、それとも両方か。
それを知るにはシャルロット嬢について調べる必要があるだろう。
そう考えている間に養母様と養父様の会話がまた別のところへ移ったため、聞き耳を立てるために広げていた魔力を霧散させた。
……さて、ひとまず仕える相手が分かったことは僥倖だ。あとはどのように相対するかだが……それを知るにはやはりシャルロット嬢とスカウス公爵家を調べる必要がある。
とはいえ公爵家となれば警備も厳重。魔力を遮断する結界くらいは当然の如く張ってあるだろう。となると、すぐにできることは殆どない。精々が遠視で覗き見る程度だし、それをするのもバレにくい真夜中にするべきだ。
そう結論づけた私は椅子から起き上がり、扉を開けた。扉の前には既に服の注文を終え戻ってきたリリーナがいる。
「リリーナ。日課をしますのでいつもの物を持ってきて頂けますか?」
「は、はい! かしこまりました! すぐに持ってまいります!」
そういえば、半年くらい前からリリーナに怖がられていると感じる。声が上ずったり、顔を青くしたり。
心当たりはいくつかある。私が火だるまになっているのを見たことか、それとも私の生首を見たことだろうか。
……もちろん、悪いとは思っている。私も何も知らずに見たらリストカットの比では無いほどに驚くし怖いだろう。よほど病んでるに違いないと勘繰るかもしれない。
私も、なるべく人前ではグロッキーな映像にならないよう心掛けてはいるのだ。しかし、レベルを上げるためには一切やらないということはできない。
だからリリーナには悪いが、早く慣れてくれることを願っている。私付きのメイドである以上、きっとこの先も見ることは避けられないから。
リリーナの精神修行も今後の課題だなと心のメモに書き留めながら、私はリリーナが戻るのを静かに待った。
二週間はあっという間に過ぎ、気付けばもう顔合わせの当日である。この二週間、できることはやったつもりだ。あとはこれからの頑張り次第だろう。
「シュナ。既に分かっているかもしれませんが、あなたが仕えていただくのはスカウス公爵家の長女、シャルロット嬢です」
公爵家へ向かう馬車の中で、養母様が口を開いた。
「承知致しました。侍女としてのお役目、精一杯務めさせて頂きます」
「あら、シュナが読み違えるのは珍しいわね。……あなたの役目は、侍女だけじゃないわよ」
侍女だけではない。その言葉を聞いて思考を加速させる。ああ、そういえば侍女として働くという意味かと聞いた時、ハッキリと肯定はされなかった。
侍女見習いである以上、私に課せられるのは侍女だけであると誤認識していた。
可能性の高い役目は、やはりもう一つの目的であるシャルロット嬢を変えることに有利となる立場。
まさか……。
「シュナ。あなたはシャルロット様の侍女として日々の生活を支えながら、シャルロット様の指導役として彼女の学びも支えなさい。それが貴方に与える役目です」
指導役……? 教師とはまた違うのだろうか。
「もちろん、これはスカウス公爵閣下もご承知のことです。スカウス公に認められる結果を残しなさい」
断るという選択肢は与えられていない。私は最善を尽くすしかないのだ。
そう結論付け、養母様に答える。
「承知致しました。必ずや期待に応えてみせましょう」
伯爵家の養子となってから3年と半年が経過する頃、私は養母様に呼び出されていた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あなたは十分に貴族としての教養を学んだわ。だからそう。実践編といったところね」
実践編。そう言われてああと思い出す。私の今の立場は伯爵家の養子兼侍女見習いだ。
となれば、なぜ呼び出されたのか思い当たる節がある。
「どなたかの侍女として仕え始める、ということでしょうか?」
「話が早くて助かるわ。顔合わせは二週間後です。失礼の無いよう準備をしておいて下さいね」
「どなたに仕えることになるかはお聞きしても?」
「二週間後までのお楽しみ、ということにしておきましょう」
「承知いたしました」
お楽しみとはよく言うものだ。養母様も段々と接しやすくなってはいるが、こと仕事に関係においては容赦がない。恐らくこれも私への課題と捉えていいだろう。
そうと分かれば、やることは多くなる。服の準備や事前の情報収集、お世辞技術のレベリング……はもうだいぶ上がってるからいいか。
ともかく、養母様の部屋から退出した私は、メイドのリリーナに服の準備を頼むと、自室へ戻る。
本日は勉学の時間が殆ど無く、魔法の鍛錬も午前中に終えている。要するに今は自由時間なのだ。
普段の私なら本を読むかレベリングをするかの二択だが、今のうちに情報収集ができるならしておくべきだろう。侍女とは決して楽な立ち位置ではないのだから。
私は自室で一人、椅子に腰かけて目を瞑る。
知りたいことは大きく3点。誰に仕えるか。どのように接するか。地雷はないか。
とはいえ、3つ目が事前に知れるとは思っていない。関係を築く中で調べ上げ、もしあるようなら全力で踏まないように立ち回るのがベストだろう。
まずは聞き耳の出番である。自らの魔力を薄く広げ、わずかな振動を拾いあげることで遠くの音まで聞き取る。
ちなみに魔力を使うという発想が出るまではレベル10が限界であったが、現在はレベル78まで上がっている。
自分が密かに自信を持っている技術の一つであり、しかしバレるとまずい技術でもある。
閑話休題。
本命は養母様と養父様の会話だ。すでに話始めているそれを聞き取り始めた。
もちろん、すぐに目的の情報など出てくるはずもないため暫く聞き続けていると、話題はとある公爵令嬢のことに移った。
『――ならば、やはり望み薄か』
『ええ。だからこそあの子を付けるわけですが』
『ああ、シュナを付けると言っていたな。しかし……そこまでか?』
『というと?』
『……シャルロット嬢を変えられるのか?』
『期待はしてもいいと思っていますよ。あの子は、自分に与えられた役割に敏感ですから』
シャルロット嬢――シャルロット・スカウス。
スカウス公爵家の長女で、年齢は7歳。私より2つ下である。
なるほど、それだけ聞けば役割はなんとなく想像がつく。シャルロット嬢と言えば稀代の天才でありながら、その性格には難があるとの噂である。
――シャルロット嬢を変えられるのか?
――期待はしてもいいと思っていますよ
そんなことを言っていた。となれば、私はシャルロット嬢の侍女として雑用や身の回りの世話をこなしながら、彼女の性格を公爵家として相応しいものに変える。もしくは考え方を改めさせるといったことが予想できる。
……正直に言えば、できる気がしない。
当たり前だろう。私は今の今まで誰かと仲良くするということを一切せずに生きてきた。
親の元に居た時は親に気味悪がられた結果孤児となり、孤児院では仲のいい人の一人も居らず、なんなら避けられていた節すらある。
それが無くとも人の考えを変えることはそう簡単なことではない。難題にもほどがある。
しかし、養母様が期待はしてもいいと言っていたのも気にかかる。ここ三年間見てきた限り、養母様はこういった職務に関する話題において、根拠のない言葉を言うことは殆どない。
となれば、それが正しいかどうかは置いておくにしても、養母様の中には確かな根拠が存在するわけである。
知りたいのはその根拠。私に根拠となるものがあるのか、シャルロット嬢にあるのか、それとも両方か。
それを知るにはシャルロット嬢について調べる必要があるだろう。
そう考えている間に養母様と養父様の会話がまた別のところへ移ったため、聞き耳を立てるために広げていた魔力を霧散させた。
……さて、ひとまず仕える相手が分かったことは僥倖だ。あとはどのように相対するかだが……それを知るにはやはりシャルロット嬢とスカウス公爵家を調べる必要がある。
とはいえ公爵家となれば警備も厳重。魔力を遮断する結界くらいは当然の如く張ってあるだろう。となると、すぐにできることは殆どない。精々が遠視で覗き見る程度だし、それをするのもバレにくい真夜中にするべきだ。
そう結論づけた私は椅子から起き上がり、扉を開けた。扉の前には既に服の注文を終え戻ってきたリリーナがいる。
「リリーナ。日課をしますのでいつもの物を持ってきて頂けますか?」
「は、はい! かしこまりました! すぐに持ってまいります!」
そういえば、半年くらい前からリリーナに怖がられていると感じる。声が上ずったり、顔を青くしたり。
心当たりはいくつかある。私が火だるまになっているのを見たことか、それとも私の生首を見たことだろうか。
……もちろん、悪いとは思っている。私も何も知らずに見たらリストカットの比では無いほどに驚くし怖いだろう。よほど病んでるに違いないと勘繰るかもしれない。
私も、なるべく人前ではグロッキーな映像にならないよう心掛けてはいるのだ。しかし、レベルを上げるためには一切やらないということはできない。
だからリリーナには悪いが、早く慣れてくれることを願っている。私付きのメイドである以上、きっとこの先も見ることは避けられないから。
リリーナの精神修行も今後の課題だなと心のメモに書き留めながら、私はリリーナが戻るのを静かに待った。
二週間はあっという間に過ぎ、気付けばもう顔合わせの当日である。この二週間、できることはやったつもりだ。あとはこれからの頑張り次第だろう。
「シュナ。既に分かっているかもしれませんが、あなたが仕えていただくのはスカウス公爵家の長女、シャルロット嬢です」
公爵家へ向かう馬車の中で、養母様が口を開いた。
「承知致しました。侍女としてのお役目、精一杯務めさせて頂きます」
「あら、シュナが読み違えるのは珍しいわね。……あなたの役目は、侍女だけじゃないわよ」
侍女だけではない。その言葉を聞いて思考を加速させる。ああ、そういえば侍女として働くという意味かと聞いた時、ハッキリと肯定はされなかった。
侍女見習いである以上、私に課せられるのは侍女だけであると誤認識していた。
可能性の高い役目は、やはりもう一つの目的であるシャルロット嬢を変えることに有利となる立場。
まさか……。
「シュナ。あなたはシャルロット様の侍女として日々の生活を支えながら、シャルロット様の指導役として彼女の学びも支えなさい。それが貴方に与える役目です」
指導役……? 教師とはまた違うのだろうか。
「もちろん、これはスカウス公爵閣下もご承知のことです。スカウス公に認められる結果を残しなさい」
断るという選択肢は与えられていない。私は最善を尽くすしかないのだ。
そう結論付け、養母様に答える。
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