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第156話 アルテの街とクッキーと遥

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 アルテ村の商店街は基本的に新しい建物ばかりだ。
 そのせいか、敷かれている石畳も真新しいものが使われていたりする。
 村部分はだいぶ減ったということだが今も存在しているところ見ると、懐かしい景色をなくしたくないという人たちがいるのだろう。
 ちなみに町長の家は村のほうにあるようだ。
 
「麦酒、麦酒だよ! 木のジョッキ一杯300クレムだ! 食事と一緒だと一杯250クレムだよ!」
「麦酒はいらんかねー、木の大ジョッキ一杯400クレムだよ」
「おい、オラン! 被せてくんじゃねえよ!」
「うるせえ! お互いの食堂が目の前にあるせいだろ! 客引きしねえと全部取られちまう」
「まーた始まったよ。あいつらあれで古い友人同士だってんだからなぁ」
「なんで同じ職業について、同じ場所に同じ店作るんだよ。バカか?」
「まぁ、こちとらそのおかげで安く飲めるんだから文句はねえけどな」
「ちげーねえ!!」
 
 ボクたちが歩いている通りから一本奥に入った道の前からそんな声が聞こえてきた。
 麦酒ってなんだろう?

「麦酒とかいうものの価格競争ですか?」
 前を歩くヒンメスさんにさっそく質問を投げかける。

「そのようですね。麦酒は泡の出る発泡酒というやつです。基本的に苦みのあるお酒ですね」
「な、なるほど……」
 話を聞く限りビール系統、エールやラガーといったものと同じもののようだ。

「大麦を主原料にしているので、この村の特産品の一つになっているんですよ」
「へぇ~。大麦畑があるんですね」
「えぇ。今もかなりの規模で存在しています」
「時期が合ったら見てみたいですね」
 大麦小麦、う~ん。
 新世界でも麦系をたくさん育ててみようかな?

「そういえばミレ? 酒造担当って大麦とか小麦とかライ麦とかも育ててたりするんですか?」
 ボクの問いかけにミレはこくんと頷いて返事を返す。
 それは知らなかった、ぜひ今度見せてもらおう。

「ええっと、串焼きは~……普通そうですね。アキに作ってもらったほうがおいしそうです」
 屋台を見て食べ物を物色していく。
 お肉自体は美味しそうなのだし香りも香ばしいのだが、今一つ食指が動かない。

「お、ヒンメス様! ずいぶん可愛らしい子をお連れで。どうです? 串焼きでも1つ」
「はは、今日はずいぶんお世辞がうまいじゃないですか。いいでしょう、この子たちの分を貰えますか?」
 ヒンメスさんはそう言うと、ボク含むフェアリーノームたち全員を示す。

「毎度! 当店自慢の串焼きだよ! このアルテで一番だといっても過言じゃないねぇ」
 おじさんはそう言うとさっそく串に刺したお肉を焼き始めた。

「あいよ、お待ち」
 そうして差し出されたお肉だけの串。
 肉の数は大振りのものが5枚、これで500クレムらしい。

「あ、ありがとう、ございます」
 早速受け取り、ミレたちに配る。
 そして一口。

「ふむふむ」
 味付けは塩と臭い消しの香草だけで、実にシンプルだ。
 良いものを使っているようで、それ自体の味は良いと思う。
 焼き加減は問題ないが、如何せん肉が臭い。
 ほかの人間の表情を見る限り美味しい部類であることは間違いないと思うのだが、肉好きのボクとしてはこれはなしだ。

「ミレたちはどうですか?」
 ふと彼女たちの表情が気になったので問いかけてからこっそり覗いてみる。
 するとミレたちはぎこちない笑顔を浮かべながら、串焼き屋のおじさんにサムズアップして「おいしいですよ」という意思を伝えていた。
 まぁ眉間にしわが寄っているんですけど。

「そうかいそうかい。そいつぁうれしいねぇ!」
 おじさんは大満足な様子だ。
 まぁおじさんが傷つかなかったならいいか。

「お嬢ちゃんかわいいね~! 新作のクッキーどうだい? 少ない砂糖でもおいしいって人気なんだよ」
 ボクたちのことを見ていた近くの屋台のおばちゃんがそう声を掛けてくる。

「え? あ、えっと」
「いいんだよ。一袋ただであげちゃうからたんとおたべ」
「あ、えっと、あ、ありがとうございます」
 ボクの手よりも大きなサイズの袋を手渡されてしまった。
 さっきのことがあっての今である。
 若干味に不安があるのも仕方ないだろう。

「はい、ミレたち。試食、です」
 袋を差し出すボクの覚悟に気圧されたのか、ミレたちがコクコクと頷きながらクッキーを取り出していく。

「実食、です」
 ボクはそう言うと同時に、思い切って半分ほどかじる。

「む? むむ? むむむ!?」
 これは驚いた。
 串焼きとは違って素朴ながらも確かにおいしいクッキーがそこにあった。
 砂糖少なめとはいうものの、甘くないというわけではない。
 控えめな甘さだけど素材の味がよく出ていておいしいと思う。

「おばさん、これはおいしいですね」
「そうでしょうそうでしょう。まぁ王都では売れなかったんだけどねぇ。あっちじゃたっぷりと砂糖をかけたあまーいクッキーのほうが好まれるのさ。もったいないねぇ。それじゃクッキー食べてるのか砂糖食べてるのかわかったものじゃないよ」
 その主張、よくわかります! ボクは思わずサムズアップをしてしまった。

「それでも最近は結構売れてたんだけど、何やらこれが偽クッキーだとかいうおかしな貴族に執拗に嫌がらせされるようになってねぇ……」
 おばちゃんはそう言うと、ふぅとため息を吐いてしまった。

「おばちゃん、家族は?」
「あたしかい? いーや、いないねぇ。妹も嫁に行っちまったし両親は神の元へ還ったし」
 どうやらこのおばちゃん、孤独な様子だ。
 でも、生来明るい性格なのだろう。

「このクッキーが売れる場所、いきませんか? まぁまだ準備中なんですけど」
 ちょっと迂闊かな? と思いつつも誘いをかけてみることにする。

「う~ん、そうねぇ。もう少しクッキー研究もしたいし、身体も年のせいかガタが来ちゃったしねぇ。いい場所知ってるなら案内しとくれ」
 おばちゃん、ほいほいとボクの誘いに乗ってしまった。

「おばちゃん、少しは人を疑ったほうがいいですよ?」
「ばかだねぇ。そんな笑顔で美味しいという子が悪い子なわけないだろうに」
 おばちゃんはボクたちの表情を見て信用していたようだ。
 ふとミレたちの顔を見てみる。
 すると、ミレたちもみんな笑顔だったのだ。
 人間に笑顔を見せるなんて珍しい。

「身体についてはどうにかできますから、ボクたちが街を離れるときにでも一緒しましょう。場所と日時はヒンメスさんに聞いてください」
「かしこまりました」
 ヒンメスさんがそう言い、頭を下げる。
 すると周囲がざわめき始めてしまった。

「ヒンメス様が頭を下げるってどういうこと!?」
「そのあたりの王侯貴族よりも偉い大神殿の第二級司祭様よね」
「あの子何者かしら……」
 あわわ、変に注目されてしまっている!? これはまずい。
 するとヒンメスさんが機転を利かせたようにこう告げた。
 
「気になる方もいらっしゃるでしょうが、それはまた後日。ただ、聖女様に連なる方とだけお伝えしておきます」
 ヒンメスさんがそう告げた途端、周囲が静まり返ってしまった。
 そしてあちこちから「ありがたや」という声が聞こえ始めたのだ。

「ど、どういうこと、ですか?」
 変に注目されてしまったと思えば、今度は急に拝まれ始めてしまう。
 ボクはどうすればいいのだろうか?

「遥様。この街では、聖女様に連なるものと言えば聖女様の身内同然ということになるのです。そしてこの街は聖女様に幾度となく救われています」
「な、なるほど」
 途端に拝まれ始めたのは、この街では聖女様も信仰の対象になっているかららしい。

「遥様が出歩かれる際は、それとなく護衛を付けますのでご安心ください」
「あ、は、はい」
 どうやら、ボクはまた無駄に注目される道を選んでしまったらしい。
 最近選択ミス多すぎないですか?
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