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第64話 お婆様の優先順位

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 どのくらい意識を失っていただろう。
 でもふと気が付いたらボクは目を覚ましていた。
 でも体は動かない。
 動かせなかった。
 そしてボクは見た。

「あぁ。お姉様。やっとやっとお会いできました」
【亜神】の少女は涙を流していた。

「この戯け者が!!」
「ぐっ!?」
 ボクの体は【亜神】の少女を軽々と吹き飛ばしてしまった。
 周囲のみんなは眠ったように倒れこんでいる。

「お姉様、なぜ!?」
 泣きながら【亜神】の少女は叫んだ。

「わしの愛しき幼馴染であり、わしの愛しき孫でもある遥を苦しめたからじゃ。覚悟はできておろうな?」
 今わかった。
 ボクの体の表に出ているのは、夢で出会ったお婆様だ。
 
「あぁ。お姉様に滅ぼされるなら本望です。滅してください」
 ちょっと危ない方向に倒錯している【亜神】の少女。
 すごく危ない雰囲気だ。

「良かろう。遥を怖がらせた罪、混沌の底で悔いるがよい」
 お婆様がそう宣言した直後、周囲が歪むほどの力がボクの目の前に集まっていく。
 目の前には両ひざをつき、天に祈るような姿の【亜神】の少女。
 
「滅びるがよい」
 お婆様がその力を振るおうとした直後、ボクは叫んでいた。
『お婆様、待ってください!』
「なぬ!? 遥よ、どうして止めるのじゃ」
「お姉様?」
 お婆様は驚いたように動きを止め、【亜神】の少女は固まったまま動かない。

『お婆様、だめです。滅ぼしても解決はしませんし、せっかく作った世界が壊れてしまいます。ボクたちが作った世界、壊したいんですか?』
「あ、いや。そ、そうじゃな。それはよくないのぅ。やめておこうかのぅ」
 お婆様は目に見えて狼狽え始めた。

「あの、お姉様?」
「黙っておれ! せっかく助かった命なのじゃ。無駄遣いするでないわ」
「あの、誰が誰の命を助けたのですか?」
「この戯けが! おぬしの命を遥が助けたのじゃ」
 お婆様はそう言うものの、【亜神】の少女はよくわかっていないようだ。
 それも当然、ボクの声はお婆様にしか聞こえないのだから。

『お婆様? そんな言い方は良くないです。綺麗ごと言うつもりはないですけど、ボクを怖がらせたのが問題なら、罪を償うためにこの世界を守ってもらうのはどうでしょう?』
「ほう。それは良い考えじゃな。おぬし、遥とわしに従う気はあるか?」
 ボクの意見を汲み取ってくれたお婆様はすぐに【亜神】の少女に話を持ち掛けた。

「あの、お姉様? その、遥というのは……」
「阿呆が! 今この体の持ち主で、わしの可愛い愛しい孫であり幼馴染のことじゃ。わしが出る前まで話していたじゃろう」
「あ、あの少女?」
「今から『様』を付けい!」
「あ、はい。あのお方ですね。わかりました。お姉様がそうおっしゃるのでしたら従います」
 ボクの言うことをホイホイと受け入れるお婆様もお婆様だけど、お婆様のことならなんでも受け入れる【亜神】の少女も十分に狂っていると思う。

「ならばよい。しっかりと従うようにのぅ」
 お婆様は満足そうだ。

「あの、お姉様はこれからどうされるので?」
「わしは今一度遥の中に戻ることにするわい。次会う時は新たな体を得た時じゃな」
「そ、そんなぁ……」
「おぬしの心がけ次第ではまた会えるじゃろう。約束を違えればわしは二度とおぬしとは会わぬ。よいな?」
「こ、心掛けます」
 どうやらお婆様と【亜神】の少女の問題は穏便に片が付きそうだ。

「では遥よ。新たな体を楽しみにしておるのじゃ」
「はい。お婆様。ってあれ?」
 いつの間にかボクの意識が表に出ていた。

「あの~」
「は、はい」
 お婆様の言葉が効いているのか、【亜神】の少女は尊敬するような眼差しでボクを見つめている。

「うっ。ええっと、まだその気配にはなれなくて、ですね……」
 目の前にいる大人しくなった【亜神】の少女が醸し出す身の毛もよだつ気配に、ボクは未だに慣れていなかった。

「気配ですか? あぁ、これですね。致し方ありませんわ、私やお姉様は理外の者。世界に受け入れられない限りは嫌悪感を抱くでしょう」
「世界に受け入れられない限り、ですか? どういうことですか?」
 世界から拒否されているということでいいのだろうか?

「端的に言えば、私たちは『侵入者』ですわね。つまり『異物』というわけですわ」
 何やらネガティブな単語が並んでいくが、少女は顔色一つ変えることはなかった。
 まるで当たり前であるように。

「うっ。私は、どうしたのでしょう……」
 倒れていたミレたちがよろよろと頭を押さえながら起き上がる。
 目に見えて体調が悪そうだ。

「ミレ、みんな。大丈夫ですか?」
「は、はい。ありがとうございま……。そうです、【亜神】は!?」
 ボクのほうを見てお礼を述べたミレは、すぐに思い出したように周囲を確認して武器を構えた。

「あら? 古ぼけたポンコツの分際で、まだやるつもりですの?」
「言わせておけば!!」
「二人ともやめてください!」
「は、はい」
「も、申し訳ありません」
 姿を見れば売り言葉に買い言葉で応酬し、すぐに争おうとする二人をボクは止めた。
 これからやらなきゃいけないことが多いのに、争われても困るだけだ。
 
「ミレ、みんな。ちゃんと説明します。この【亜神】の少女、ええっと、名前は……」
「ありませんわ」
「あ、ないんですね。後で付けますね。話を戻します。この人はボクたちの新しい協力者となりました」
 ボクの説明を聞いて、フェアリーノームたちは怪訝そうな顔をする。

「1つ」
「どうぞ、ミレ」
 いまいち納得いっていない様子のミレが、みんなを代表するように手を挙げた。

「協力者とはどういうことでしょう。少なくともあれらはそういう類の者ではなかったと思います」
 ほかの存在を知らないので何とも言えないが、その疑問も最もだと思う。

「ええっと。ボクの親族に【亜神】に連なるものがいたそうです。その縁と言いますか」
「納得できるわけではありませんが、わかりました。主様の意思に従います」
 ミレがそう言うと、ほかのフェアリーノームたちも一斉に頷いた。
 マルムさんとセリアさんにはあとで説明しておこう。

「遥様」
「どうしたんですか? 千早さん」
 千早さんも無事だったようだ。

「できるかどうかわかりませんけど、【眷属化】出来たらしてみてはどうでしょう。今のままですと色々と支障をきたすといいますか……」
 千早さんの提案する【眷属化】は試してみてもいいかもしれない。
 うまくいけばこの気配を抑え込めるかもしれない。
 でも、ボクにできるかな?

「そうですね。試してみます。いいですか?」
 ボクは千早さんの提案を受け入れると、【亜神】の少女に向き直った。

「構いませんわ。遥お姉様の眷属。ふふふ、素晴らしいですわ」
 最初の時の態度を考えると、ずいぶん変わったと思う。
 お婆様がボクを優先するせいか、この少女もボクを優先するようになっているようだ。
 依存度が高そう……。
 
「ではいきます」
 ボクは【亜神】の少女の口に血を一滴たらす。
 そして手のひらを額に向けてお互いにリンクするように意識を集中させる。
 相手が受け入れるとボクと相手の間にリンクができるので、眷属化完了となる。
 新しい種族を作るわけではないので、マルムさんたちのようなことは起こらない。

「あぁ。お姉様たちとの繋がりを感じます。こんなに幸せなことはありませんわ」
 恍惚な表情を浮かべうっとりしている少女。
 ちょっと怖いかもしれない。

「あなたの名前は【瑞歌(みずか)】です」
「ありがたく頂戴いたしますわ」
 こうして【亜神】の少女改め、瑞歌さんが仲間に加わった。
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