女神運営☆異世界転生斡旋所〈とりっぷ〉

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
72 / 94
所長代理編 第二話「女神と人生トレーダー」

オマケ:神様志望その②「隙あらば伝説を作る女」選択肢②前編

しおりを挟む
 アテナは②わざと悪行に手を染め、転生ポイントを減らすを選んだ。
 神になって世界を創造するのも、平和な異世界でのほほんと暮らすのも、性に合わない。悪事に手を染めるのは気が引けたが、他の二つに比べればマシな人生だった。

「承知した。迎えが来るまで、ちょっと待っていてくれ」

 平凡仙人はスマホを使い、コウノトリタクシーを呼ぶ。

 しばらくして、タクシーが斡旋所の前に止まった。
 帽子を目深に被った、新人の運転手が降りてくる。相変わらず慣れない様子で、視線をそらした。

「……ども。コウノトリタクシーです。お客様の、英アテナ様ですね?」

「そうだよ。えらくテンションが低い運転手だね」
 
「コイツはそういうやつなんですよ」

 アテナを乗せ、タクシーは走り出す。

 斡旋所はみるみる遠ざかり、やがて見えなくなった。何もない、真っ白で平坦な世界が続く。
 しだいにアテナはまぶたが重くなり、眠った。


     ☆


 魔界。そこは魔物が住む異世界。
 悪事を働けば働くほど称賛され、出世する。
 特に、魔王に仕える四天王はエリート中のエリートで、全魔物のあこがれだった。

「お前が魔王四天王の一人だな?!」

 勇者がアテナに向かって、伝説の剣を向ける。仲間と共に、魔王城へ攻め入ってきたのだ。
 殺気立つ彼らを前に、アテナはニカッと快活に笑った。

「そのとおり! アタシが四天王の一人、アテナ・ハナブサさ! わざわざ魔王城まで来るなんて、ご苦労なこったね! お茶でも飲んでいくかい?」

「すっごいさわやか!」

「普通に良い人!」

「四天王感ゼロなんだけど!」

「油断するな! ヤツは"戦闘狂"のアテナ……どんな攻撃を仕掛けてくるか、分からないぞ!」

 勇者の言葉に、仲間たちは気を引きしめる。タイミングを合わせ、一斉にアテナへ襲いかかった。
 瞬間、アテナの目つきも変わる。

「いいね、いいねぇ! そうこなくっちゃ!」

 アテナはニヤリと好戦的に笑うと、愛用のハルバードを手に、彼らを迎え討った。


     ☆


 ……数時間後、アテナは玉座に座した魔王の前で正座させられていた。

「アテナや、また勇者どもを瀕死で帰したな? なぜ殺さない?」

「なぜって、殺さずに帰せば、もっと強くなって戻ってくるじゃないか。アタシはね、よりたぎる相手と戦いたいんだよ」

「ハァ、この"戦闘狂"め」

 アテナは斡旋所を発ったあと、魔界の魔物に転生した。

 魔界には魔王討伐のため、腕っぷしのある勇者や冒険者がしょっちゅうやってくる。中には、魔物というだけで一般市民を殺そうとする者までいた。
 アテナは生来の正義感から、そういった連中を片っ端からぶちのめしていった。

 やがてそのウワサは魔王の耳にも届き、アテナは四天王としてスカウトされた。
 「魔王の四天王なら、たくさん悪行ができる」と、アテナは喜んで傘下に加わった。今では、四天王一の戦闘狂と呼ばれ、恐れられている。

 また、アテナは知らなかったが、悪しき魔王を討伐しようとする勇者や冒険者を倒すことは、転生ポイント減少につながるペナルティでもあった。
 つまり、アテナは知らず知らずのうちに、人生の目標である「転生ポイントの減少」も叶えつつあったのである。

「だからお前は、いつまで経っても四天王ナンバーツーなのだ。少しはムージーを見習いたまえ」

「親バカだねぇ」

 アテナは壁際にひかえている、魔物の青年に目をやった。
 青年は一切感情のない目で、床の一点を見つめていた。

 彼が魔王の息子、プリンス・ムージー。またの名を「氷結の魔王子」。
 魔王四天王のナンバーワンで、魔界一冷酷な男として、人間界・魔界共に恐れられている。同じ四天王だが、ほとんど付き合いはなく、いっしょに仕事をしたこともない。

「そろそろ見回りの時間だが、アテナひとりには任せておけん。ムージー、コイツについて行ってやれ」

「かしこまりました、父上」

「えぇー?」


     ☆


 見回り中、ムージーがいなくなった。
 アテナが冒険者達との戦闘に夢中になっている間に、姿を消したらしい。

「どこ行ったんだい、アイツ?」

 気配をたどった先には、人間の集団を見下ろすムージーがいた。
 勇者や冒険者とは違い、武器を持たない人間ばかりだ。女子供、老人までいる。皆、怯えた様子でムージーに懇願していた。

「た、助けてください! 我々は生け贄として、村ごと魔界へ落とされたんです!」

「労働でもなんでもしますから、どうか命だけは!」

「……」

 ムージーは黙って、村人達の懇願をきいている。こちらに背を向けているので、表情は見えない。
 アテナはこれから起こるであろう惨劇を想像し、ため息をついた。

(あーあ。よりにもよって、ムージーか。アタシが最初に見つけていたら、将来有望そうな人間以外全員、村に帰したのにな)

 ムージーは剣を持ち上げる。村人達から「ひぃっ」と悲鳴が上がる。
 それを村人に振り下ろすかと思いきや、鞘へ仕舞った。さらにあろうことか、村人達の前でひざをついた。

「村の場所はどこだ?」

「み、ミル・クセーキ川の上流です」

「生け贄にすると決めた者と、おこなった者の名は?」

「ミック村長とスジューチュ司祭です」

「教えてくれてありがとう。生け贄はそいつらで十分だ」

 ムージーは立ち上がり、村人の周りに魔法陣を描いた。人間界へ転移させる術式だ。
 魔法陣が白く光り輝いたかと思うと、村人達の姿は消え、かわりにイジワルそうな老人と太っちょの司祭が現れた。二人はあたりを見回したのち、ムージーの顔を見て、悲鳴を上げた。

「なぜここへ呼ばれたか分かるな?」

 ムージーは氷のように冷たい声で、剣を抜く。村人達に話しかけていたときのような、優しく温かみのある声ではなかった。

「た、助けてくれ! 金ならいくらでも出す!」

「生け贄をよこしたんだから見逃してくれ!」

「黙れ」

 ムージーはためらいなく、二人の首を斬った。
 悲鳴が止み、静まり返る。ムージーは血を払い、剣を鞘へ収めた。

「いつまで見ている? 気配がダダ漏れだぞ」

 ムージーがアテナを振り返る。とっくに気づかれていたらしい。
 アテナは「コレ幸い」と姿を現し、ムージーのもとへかけ寄った。

「アンタ、本当はいいヤツだったんだね! 見直したよ!」

 ムージーは驚き、目を丸くした。

「いいヤツ? 四天王のくせに、人間を助けたんだぞ? バレたら、極刑だ」

「バレなきゃいいんだろ? それに、十分な生け贄は捧げられた! 帰した連中は、生け贄に向かなかっただけさ」

「……お前、人間が嫌いなんじゃなかったのか?」

「全然! ここだけの話、アタシも前世は人間だったんだよ。ちょっと事情があって、魔物として転生しただけさ」

 すると、ムージーはさらに驚いた。

「マジで? お前?」


     ☆


 ムージーの前世は人間だった。
 魔界とは真逆の、陽気で人情深い異世界で暮らしていたらしい。ムージーは生まれつき感情が希薄で、その異世界にはなじめなかった。
 そこで、現世では「感情がなくても生きやすい異世界」を望んだ。転生ポイントで感情を買うこともできたが、魔界に転生する道を選んだ。

 魔界では冷酷に振る舞えば、振る舞うほど称賛される。前世の父親とは違い、魔王も喜んでくれる。
 ところが、魔界によって苦しめられている人間を見るうちに、ムージーの心は変化していった。薄くとも、彼には感情がある。苦しむ人を見て何も感じないほど、鈍感ではない。

 以来、ムージーは魔王の目を盗み、人間を助けるようになった。


     ☆


 アテナの真意を知り、ムージーは手を差し出した。

「俺は魔界を変えようと思っている。お前にも協力してほしい。同じ転生者なら、この異世界がどれほど狂っているか分かるだろう?」

「そうさね」

 アテナはムージーの手を取ろうとして、ピタッと動きを止めた。

(ここでムージーを殺せば、転生ポイントが下がるんじゃないか?)
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...