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所長代理編 第二話「女神と人生トレーダー」
オマケ:神様志望その②「隙あらば伝説を作る女」序
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飾りっ気のない無機質なオフィスに、平凡仙人とヘカテー、それから真紅の鎧をまとった女性がいた。カウンターを挟み、向かい合って座っている。
女性はティーカップに注がれた紅茶をひと口飲み、「つまりこういうことかい?」と平凡仙人とヘカテーを睨みつけた。
「アタシに神になれ……と?」
「まぁ、そうなりますね」
「……そういうの、柄じゃないんだけどねぇ」
女性はため息をついた。
☆
彼女は、英アテナ。
死んで斡旋所へやって来た、転生者である。
アテナは正義感の強い女性だった。
転生するたびに世界を救い、どの異世界でも「英雄」としてたたえられた。
しかし冥界にとっては、少々やっかいな存在だった。
『これからそっちに来る、英アテナちゃんって子……要注意転生者だから、なるべくいっぱい転生ポイントを使わせてね』
アテナが斡旋所に来る直前、ハデスからそんな連絡が入った。
「なんでっすか? どの異世界でも評価されているし、そんな危険な人物とは思えませんけど」
『だからだよ。彼女の転生ポイント、見てみ?』
言われるまま、平凡仙人とヘカテーはアテナのデータを確認した。
しだいに、二人の顔が
「いち、じゅう、ひゃく、せん……8723兆1107億ポイントぉッ?!」
「このデータ、壊れていますよ!」
『壊れてないんだな、これが』
ハデスいわく、アテナは「世界を救う」以外の欲がなかった。
叶えたい願いがあっても、転生ポイントは使わず、努力で叶えてしまう。人助けで得た転生ポイントは貯まりに貯まり、天文学的な数にまで膨れ上がっていった。
「すごいポイント数だが、転生ポイントに上限はなかったはずだよな? だったら、特に問題はないんじゃないのか?」
『さすがに、ここまでのポイント数は想定外だよ。今の彼女なら、神を超える存在にすらなれてしまう。もしそんなことになったら、冥界のシステムが崩壊するよ? 僕も君達も、彼女の言いなり! 最悪!』
「彼女が冥界を治めたほうが、より良い世界になりそうだけどな。異世界も、冥界も」
『いやだー! ペルセポネが帰ってくるまでは、僕がトップとして君達をこき使うんだー!』
電話の向こうで、ハデスがジタバタと暴れる音がする。
平凡仙人とヘカテーは顔を見合わせ、深く息を吐いた。
「……分かったよ。提案するだけやってみる」
「もしアテナ様が望まれたら、そちらを優先しますからね」
☆
とはいえ、ハデスの指示通りにアテナを陥れるのは気に食わない。
平凡仙人は来所したアテナに、全ての事情を打ち明けた。その上で、「神にならないか?」と提案した。
神は神でも、異世界の神だ。
異世界にはそれぞれ、世界を運営する「神」がいる。
人間の転生者でもなることができ、異世界独占権が1000兆ポイント、異世界デザイン料(世界観や生き物、価値観など)に5000兆、計6000兆ポイントが必要となる。これだけ転生ポイントを消費すれば、ハデスも文句を言えないだろう。
問題は、次の神候補が現れるまでは転生できなくなるというデメリットだ。
かんたんにはできない決断に、アテナは話をそらした。
「お嬢さん。その衣装、自前かい? 斡旋所の世界観に合っていないね。一人だけコスプレしているみたいじゃないか」
「そうか? 俺も前は似たような服を着ていたけどな」
平凡仙人は首をひねった。
女神がいた頃は、白いローブに杖という、絵にかいたような仙人の格好をしていた。女神がころころ内装を変えていたので、転生者から指摘されたことは一度もなかった。
「……言われてみれば、そうですね。秘書らしい格好に着替えてきます」
そう言うと、ヘカテーは椅子を回転させた。
椅子が止まったときには、黒魔女か呪術師にしか見えない黒装束から、現代的なスーツ姿に変わっていた。
「どうでしょう? 秘書らしく見えますか?」
アテナは満足そうに頷いた。
「うん、似合っているよ。懐かしいねぇ……アタシも前の前の前の異世界でスーツを戦闘服に、会社の上司と戦ったもんだよ。最終的には上司を追い出して、代表取締役まで昇進したさね」
「現代でも英雄だったのか。手強いな」
「そうさ。アタシは意識して世界を救っているんじゃない。気づいたら、世界を救っているのさ。こればっかりはどうしようもない」
「だからさ、」とアテナは平凡仙人をビシッと指差した。
「アンタがアタシの人生を決めてくれ。アンタらの都合のいいように、さ。アタシは転生できれば、それでいい」
「……本当に無欲なんっすね」
☆
平凡仙人は言われたとおり、転生ポイントを減らせる三つの人生を考え、提案した。
①転生ポイントを大幅に消費し、異世界の神になる(異世界デザイン含む)
②わざと悪行に手を染め、転生ポイントを減らす
③急激に転生ポイントを増やせない、平和な異世界に転生する
どの方法も、効率よく転生ポイントを減らせそうだった。
悩んだ末、アテナは一つの人生を選んだ。
女性はティーカップに注がれた紅茶をひと口飲み、「つまりこういうことかい?」と平凡仙人とヘカテーを睨みつけた。
「アタシに神になれ……と?」
「まぁ、そうなりますね」
「……そういうの、柄じゃないんだけどねぇ」
女性はため息をついた。
☆
彼女は、英アテナ。
死んで斡旋所へやって来た、転生者である。
アテナは正義感の強い女性だった。
転生するたびに世界を救い、どの異世界でも「英雄」としてたたえられた。
しかし冥界にとっては、少々やっかいな存在だった。
『これからそっちに来る、英アテナちゃんって子……要注意転生者だから、なるべくいっぱい転生ポイントを使わせてね』
アテナが斡旋所に来る直前、ハデスからそんな連絡が入った。
「なんでっすか? どの異世界でも評価されているし、そんな危険な人物とは思えませんけど」
『だからだよ。彼女の転生ポイント、見てみ?』
言われるまま、平凡仙人とヘカテーはアテナのデータを確認した。
しだいに、二人の顔が
「いち、じゅう、ひゃく、せん……8723兆1107億ポイントぉッ?!」
「このデータ、壊れていますよ!」
『壊れてないんだな、これが』
ハデスいわく、アテナは「世界を救う」以外の欲がなかった。
叶えたい願いがあっても、転生ポイントは使わず、努力で叶えてしまう。人助けで得た転生ポイントは貯まりに貯まり、天文学的な数にまで膨れ上がっていった。
「すごいポイント数だが、転生ポイントに上限はなかったはずだよな? だったら、特に問題はないんじゃないのか?」
『さすがに、ここまでのポイント数は想定外だよ。今の彼女なら、神を超える存在にすらなれてしまう。もしそんなことになったら、冥界のシステムが崩壊するよ? 僕も君達も、彼女の言いなり! 最悪!』
「彼女が冥界を治めたほうが、より良い世界になりそうだけどな。異世界も、冥界も」
『いやだー! ペルセポネが帰ってくるまでは、僕がトップとして君達をこき使うんだー!』
電話の向こうで、ハデスがジタバタと暴れる音がする。
平凡仙人とヘカテーは顔を見合わせ、深く息を吐いた。
「……分かったよ。提案するだけやってみる」
「もしアテナ様が望まれたら、そちらを優先しますからね」
☆
とはいえ、ハデスの指示通りにアテナを陥れるのは気に食わない。
平凡仙人は来所したアテナに、全ての事情を打ち明けた。その上で、「神にならないか?」と提案した。
神は神でも、異世界の神だ。
異世界にはそれぞれ、世界を運営する「神」がいる。
人間の転生者でもなることができ、異世界独占権が1000兆ポイント、異世界デザイン料(世界観や生き物、価値観など)に5000兆、計6000兆ポイントが必要となる。これだけ転生ポイントを消費すれば、ハデスも文句を言えないだろう。
問題は、次の神候補が現れるまでは転生できなくなるというデメリットだ。
かんたんにはできない決断に、アテナは話をそらした。
「お嬢さん。その衣装、自前かい? 斡旋所の世界観に合っていないね。一人だけコスプレしているみたいじゃないか」
「そうか? 俺も前は似たような服を着ていたけどな」
平凡仙人は首をひねった。
女神がいた頃は、白いローブに杖という、絵にかいたような仙人の格好をしていた。女神がころころ内装を変えていたので、転生者から指摘されたことは一度もなかった。
「……言われてみれば、そうですね。秘書らしい格好に着替えてきます」
そう言うと、ヘカテーは椅子を回転させた。
椅子が止まったときには、黒魔女か呪術師にしか見えない黒装束から、現代的なスーツ姿に変わっていた。
「どうでしょう? 秘書らしく見えますか?」
アテナは満足そうに頷いた。
「うん、似合っているよ。懐かしいねぇ……アタシも前の前の前の異世界でスーツを戦闘服に、会社の上司と戦ったもんだよ。最終的には上司を追い出して、代表取締役まで昇進したさね」
「現代でも英雄だったのか。手強いな」
「そうさ。アタシは意識して世界を救っているんじゃない。気づいたら、世界を救っているのさ。こればっかりはどうしようもない」
「だからさ、」とアテナは平凡仙人をビシッと指差した。
「アンタがアタシの人生を決めてくれ。アンタらの都合のいいように、さ。アタシは転生できれば、それでいい」
「……本当に無欲なんっすね」
☆
平凡仙人は言われたとおり、転生ポイントを減らせる三つの人生を考え、提案した。
①転生ポイントを大幅に消費し、異世界の神になる(異世界デザイン含む)
②わざと悪行に手を染め、転生ポイントを減らす
③急激に転生ポイントを増やせない、平和な異世界に転生する
どの方法も、効率よく転生ポイントを減らせそうだった。
悩んだ末、アテナは一つの人生を選んだ。
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