女神運営☆異世界転生斡旋所〈とりっぷ〉

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
60 / 94
所長代理編 第一話「黒猫タクシーと亡霊少年」

オマケ:神様志望その①「常に変化を」序

しおりを挟む
 とある異世界に、メアリー・スーという偉大な作家が現れた。
 彼(あるいは彼女)は、それまで世界に存在しなかったジャンルの物語を次々に発表し、瞬く間に「文豪」と称されるまでになった。若者達はメアリーに憧れ、作家になるのを夢見た。

 ペンソル・カレイドライターも、その一人だった。
 メアリーのような作家になるべく、彼(彼女)の著書や世界中の書物を読み漁り、あらゆるジャンル、世界観、手法の物語を書きまくった。「いつか、最高の物語を生み出し、世界中の人々から賞賛されるのだ」と。

 だが、ペンソルが最高の物語とやらを思いつくより先に、彼は「世界」に
 どんなジャンル、世界観、手法の本を読んでも、物足りない。あらすじを読んだだけで、物語の展開から結末まで分かってしまう。
 影響は、ペンソルの日常生活にまでおよんだ。いつもと変わらぬ風景、いつもと変わらぬ人、いつもと変わらぬ時間……たまに起きる事件も、慣れてしまえば日常になる。

「つまらない……つまらなさすぎる! こんな世界じゃ、創作意欲が湧かない!」

 ペンソルは世界に絶望し、衝動的に滝へ身を投げた。
 そのまま命を落とし……気がつくと、妙な建物の中にいた。


     ☆


「な、なんだここは……?!」

 ペンソルは建物の中を見回す。
 石造りに見えるが、石と石のつなぎ目が見当たらない。
 家具もテーブル以外、見慣れないものばかりだ。素材不明のカウンターに、背もたれまでフワフワの長椅子、貴重なはずの紙や本を無造作かつ大量に仕舞っているラック、重しにしか見えない四角い鉄の塊、嗅いだことのない芳しい香り。
 まるで、メアリーの著書に登場する、異世界の仕事場「オーフィス」を再現したかのようだった。

「いらっしゃい。ようこそ、異世界転生斡旋所とりっぷへ。転生希望者っすか?」

 カウンターの奥から、「オーフィス」で働く「カイシャイーン」の格好をした男が出てくる。男は「平凡」と書かれたお面を被っていた。

「異世界? 転生? メアリー・スーのデビュー作の話か?」
 
「メアリー? 誰だそりゃ?」

「君、メアリー・スーを知らないのか?!」

「知らねっす。アンタの世界の作家っすか?」

 ペンソルは絶句した。
 ペンソルの世界で、メアリー・スーの名前を知らない者はいなかった。それに誰もが一度は、メアリーの著作を読んでいた。

 男は平凡仙人と名乗った。訳あって、とりっぷの所長代理を任されているらしい。
 今いる場所は死後の世界で、この事務所では死者に異世界への転生を斡旋しているのだという。

 途方もない話だったが、ペンソルはすんなり受け入れた。

「信じるよ。メアリー・スーを知らないなんて、普通じゃありえないからね」

「そんなに有名人なのか」

「子供からお年寄りまで知っているよ。新作のサイン会の時なんて、老若男女の行列ができたんだ。超がいくつあっても足りないくらい、人気者さ」

 平凡仙人はペンソルを長椅子(そふぁ、というらしい)へ座らせると、紙の束とペン、それから妙な飲み物をテーブルに運んできた。
 黒に近いこげ茶色の飲み物で、部屋に入った時に嗅いだ香りと、同じ香りがする。現物を飲んだことはないが、「カイシャイーン」の燃料「キャッフェ」に似ていた。

「まずは、どんな条件で転生したいか、アンケートに答えてください。アンケートの結果をもとに、お客様に合う異世界を三つ提示させていただきます」

「それより、この飲み物はなんだ?」

「コーヒーですよ。煎った豆を挽いて、お湯を注いで……まぁ、飲んでみれば分かりますよ」

 言われるまま、口をつける。あまりの苦味に吹き出した。

「ぐっふッ! 毒だコレ!」

「毒じゃねぇ。俺が最初にいた世界じゃ、毎日のように飲んでたんですから。飲み慣れたら、クセになりますよ。一日一杯は飲まないと、気が済まなくなる」

「それ、味覚おかしくなってるんじゃないのか?」

 平凡仙人は「ブラックだから飲みにくいのかもしれない」と、ペンソルのコーヒーにミルクと砂糖を入れた。
 再び、恐る恐る口をつける。先ほど飲んだ時のような強烈な苦味はなく、むしろ甘味と絶妙に混ざり合い、美味だった。気づけば、ペンソルはコーヒーを飲み干していた。

「ふぅ……毒もミルクと砂糖を入れれば、美味しく飲めてしまうんだなぁ」

「だから、毒じゃねぇですって」

 ペンソルはコーヒーをおかわりしつつ、アンケートの空欄を埋めていった。
 希望の転生先、プロフィール、ステータス、どのような最期を送るかまで、自由に決められるらしい。ペンソルは来世の項目のうち、二つだけ書き込み、アンケートを平凡仙人に渡した。

     ☆

 平凡仙人はアンケートに目を通すと、「いくつか確認させてくれ」とペンソルにたずねた。

「アンタが希望している『毎日見ていて飽きない世界』っていうのは、具体的にどういう異世界のことを指すんだ?」

「言葉どおりの意味さ。僕は作家を目指していてね……」

 ペンソルはよどみなく、自身がたどってきた人生を語った。

「……つまりね、僕はありとあらゆる人生に飽きてしまったのだよ。いっそ神にでもなって、世界そのものを作ってしまおうかな?」

 ペンソルは得意げに足を組む。
 すると、平凡仙人は「やめといたほうがいいっすよ」とペンソルをたしなめ、諭した。

「神なんてなるもんじゃないっす。万能じゃないし、転生も自由にできないし」

「そうなのかい? 転生できないのは嫌だし、だったらやめておくよ」

 平凡仙人は頷き、今度はペンソルが埋めたもう一つの来世の希望についてたずねた。

「来世の職業希望欄に『社会的地位のある、安定した職業』とありますね。前世は作家志望だったようですが、来世では目指さないんですか?」

「うん。目指さない」

 ペンソルは断言した。

「僕はもう、二度と世界に飽きたくないんだ。前世の記憶を保ちたいのも、うっかり作家を目指さないためだよ。作家の次に魅力的な職業っていったら、それくらいしか思いつかなかったんだ」


     ☆


 平凡仙人はペンソルの希望をもとに、三つの異世界と人生を提案した。


 ①立て続けにアクシデントが起きる人生

 ②いろんなタイプの人間が、ひっきりなしに関わってくる人生

 ③世界そのものが毎日変わる異世界で生きる人生


 どの人生も、ペンソルにとっては魅力的だった。
 悩んだ末、ペンソルは一つの人生を選んだ。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...