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所長代理編 第一話「黒猫タクシーと亡霊少年」
オマケ:神様志望その①「常に変化を」序
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とある異世界に、メアリー・スーという偉大な作家が現れた。
彼(あるいは彼女)は、それまで世界に存在しなかったジャンルの物語を次々に発表し、瞬く間に「文豪」と称されるまでになった。若者達はメアリーに憧れ、作家になるのを夢見た。
ペンソル・カレイドライターも、その一人だった。
メアリーのような作家になるべく、彼(彼女)の著書や世界中の書物を読み漁り、あらゆるジャンル、世界観、手法の物語を書きまくった。「いつか、最高の物語を生み出し、世界中の人々から賞賛されるのだ」と。
だが、ペンソルが最高の物語とやらを思いつくより先に、彼は「世界」に飽きてしまった。
どんなジャンル、世界観、手法の本を読んでも、物足りない。あらすじを読んだだけで、物語の展開から結末まで分かってしまう。
影響は、ペンソルの日常生活にまでおよんだ。いつもと変わらぬ風景、いつもと変わらぬ人、いつもと変わらぬ時間……たまに起きる事件も、慣れてしまえば日常になる。
「つまらない……つまらなさすぎる! こんな世界じゃ、創作意欲が湧かない!」
ペンソルは世界に絶望し、衝動的に滝へ身を投げた。
そのまま命を落とし……気がつくと、妙な建物の中にいた。
☆
「な、なんだここは……?!」
ペンソルは建物の中を見回す。
石造りに見えるが、石と石のつなぎ目が見当たらない。
家具もテーブル以外、見慣れないものばかりだ。素材不明のカウンターに、背もたれまでフワフワの長椅子、貴重なはずの紙や本を無造作かつ大量に仕舞っているラック、重しにしか見えない四角い鉄の塊、嗅いだことのない芳しい香り。
まるで、メアリーの著書に登場する、異世界の仕事場「オーフィス」を再現したかのようだった。
「いらっしゃい。ようこそ、異世界転生斡旋所とりっぷへ。転生希望者っすか?」
カウンターの奥から、「オーフィス」で働く「カイシャイーン」の格好をした男が出てくる。男は「平凡」と書かれたお面を被っていた。
「異世界? 転生? メアリー・スーのデビュー作の話か?」
「メアリー? 誰だそりゃ?」
「君、メアリー・スーを知らないのか?!」
「知らねっす。アンタの世界の作家っすか?」
ペンソルは絶句した。
ペンソルの世界で、メアリー・スーの名前を知らない者はいなかった。それに誰もが一度は、メアリーの著作を読んでいた。
男は平凡仙人と名乗った。訳あって、とりっぷの所長代理を任されているらしい。
今いる場所は死後の世界で、この事務所では死者に異世界への転生を斡旋しているのだという。
途方もない話だったが、ペンソルはすんなり受け入れた。
「信じるよ。メアリー・スーを知らないなんて、普通じゃありえないからね」
「そんなに有名人なのか」
「子供からお年寄りまで知っているよ。新作のサイン会の時なんて、老若男女の行列ができたんだ。超がいくつあっても足りないくらい、人気者さ」
平凡仙人はペンソルを長椅子(そふぁ、というらしい)へ座らせると、紙の束とペン、それから妙な飲み物をテーブルに運んできた。
黒に近いこげ茶色の飲み物で、部屋に入った時に嗅いだ香りと、同じ香りがする。現物を飲んだことはないが、「カイシャイーン」の燃料「キャッフェ」に似ていた。
「まずは、どんな条件で転生したいか、アンケートに答えてください。アンケートの結果をもとに、お客様に合う異世界を三つ提示させていただきます」
「それより、この飲み物はなんだ?」
「コーヒーですよ。煎った豆を挽いて、お湯を注いで……まぁ、飲んでみれば分かりますよ」
言われるまま、口をつける。あまりの苦味に吹き出した。
「ぐっふッ! 毒だコレ!」
「毒じゃねぇ。俺が最初にいた世界じゃ、毎日のように飲んでたんですから。飲み慣れたら、クセになりますよ。一日一杯は飲まないと、気が済まなくなる」
「それ、味覚おかしくなってるんじゃないのか?」
平凡仙人は「ブラックだから飲みにくいのかもしれない」と、ペンソルのコーヒーにミルクと砂糖を入れた。
再び、恐る恐る口をつける。先ほど飲んだ時のような強烈な苦味はなく、むしろ甘味と絶妙に混ざり合い、美味だった。気づけば、ペンソルはコーヒーを飲み干していた。
「ふぅ……毒もミルクと砂糖を入れれば、美味しく飲めてしまうんだなぁ」
「だから、毒じゃねぇですって」
ペンソルはコーヒーをおかわりしつつ、アンケートの空欄を埋めていった。
希望の転生先、プロフィール、ステータス、どのような最期を送るかまで、自由に決められるらしい。ペンソルは来世の項目のうち、二つだけ書き込み、アンケートを平凡仙人に渡した。
☆
平凡仙人はアンケートに目を通すと、「いくつか確認させてくれ」とペンソルにたずねた。
「アンタが希望している『毎日見ていて飽きない世界』っていうのは、具体的にどういう異世界のことを指すんだ?」
「言葉どおりの意味さ。僕は作家を目指していてね……」
ペンソルはよどみなく、自身がたどってきた人生を語った。
「……つまりね、僕はありとあらゆる人生に飽きてしまったのだよ。いっそ神にでもなって、世界そのものを作ってしまおうかな?」
ペンソルは得意げに足を組む。
すると、平凡仙人は「やめといたほうがいいっすよ」とペンソルをたしなめ、諭した。
「神なんてなるもんじゃないっす。万能じゃないし、転生も自由にできないし」
「そうなのかい? 転生できないのは嫌だし、だったらやめておくよ」
平凡仙人は頷き、今度はペンソルが埋めたもう一つの来世の希望についてたずねた。
「来世の職業希望欄に『社会的地位のある、安定した職業』とありますね。前世は作家志望だったようですが、来世では目指さないんですか?」
「うん。目指さない」
ペンソルは断言した。
「僕はもう、二度と世界に飽きたくないんだ。前世の記憶を保ちたいのも、うっかり作家を目指さないためだよ。作家の次に魅力的な職業っていったら、それくらいしか思いつかなかったんだ」
☆
平凡仙人はペンソルの希望をもとに、三つの異世界と人生を提案した。
①立て続けにアクシデントが起きる人生
②いろんなタイプの人間が、ひっきりなしに関わってくる人生
③世界そのものが毎日変わる異世界で生きる人生
どの人生も、ペンソルにとっては魅力的だった。
悩んだ末、ペンソルは一つの人生を選んだ。
彼(あるいは彼女)は、それまで世界に存在しなかったジャンルの物語を次々に発表し、瞬く間に「文豪」と称されるまでになった。若者達はメアリーに憧れ、作家になるのを夢見た。
ペンソル・カレイドライターも、その一人だった。
メアリーのような作家になるべく、彼(彼女)の著書や世界中の書物を読み漁り、あらゆるジャンル、世界観、手法の物語を書きまくった。「いつか、最高の物語を生み出し、世界中の人々から賞賛されるのだ」と。
だが、ペンソルが最高の物語とやらを思いつくより先に、彼は「世界」に飽きてしまった。
どんなジャンル、世界観、手法の本を読んでも、物足りない。あらすじを読んだだけで、物語の展開から結末まで分かってしまう。
影響は、ペンソルの日常生活にまでおよんだ。いつもと変わらぬ風景、いつもと変わらぬ人、いつもと変わらぬ時間……たまに起きる事件も、慣れてしまえば日常になる。
「つまらない……つまらなさすぎる! こんな世界じゃ、創作意欲が湧かない!」
ペンソルは世界に絶望し、衝動的に滝へ身を投げた。
そのまま命を落とし……気がつくと、妙な建物の中にいた。
☆
「な、なんだここは……?!」
ペンソルは建物の中を見回す。
石造りに見えるが、石と石のつなぎ目が見当たらない。
家具もテーブル以外、見慣れないものばかりだ。素材不明のカウンターに、背もたれまでフワフワの長椅子、貴重なはずの紙や本を無造作かつ大量に仕舞っているラック、重しにしか見えない四角い鉄の塊、嗅いだことのない芳しい香り。
まるで、メアリーの著書に登場する、異世界の仕事場「オーフィス」を再現したかのようだった。
「いらっしゃい。ようこそ、異世界転生斡旋所とりっぷへ。転生希望者っすか?」
カウンターの奥から、「オーフィス」で働く「カイシャイーン」の格好をした男が出てくる。男は「平凡」と書かれたお面を被っていた。
「異世界? 転生? メアリー・スーのデビュー作の話か?」
「メアリー? 誰だそりゃ?」
「君、メアリー・スーを知らないのか?!」
「知らねっす。アンタの世界の作家っすか?」
ペンソルは絶句した。
ペンソルの世界で、メアリー・スーの名前を知らない者はいなかった。それに誰もが一度は、メアリーの著作を読んでいた。
男は平凡仙人と名乗った。訳あって、とりっぷの所長代理を任されているらしい。
今いる場所は死後の世界で、この事務所では死者に異世界への転生を斡旋しているのだという。
途方もない話だったが、ペンソルはすんなり受け入れた。
「信じるよ。メアリー・スーを知らないなんて、普通じゃありえないからね」
「そんなに有名人なのか」
「子供からお年寄りまで知っているよ。新作のサイン会の時なんて、老若男女の行列ができたんだ。超がいくつあっても足りないくらい、人気者さ」
平凡仙人はペンソルを長椅子(そふぁ、というらしい)へ座らせると、紙の束とペン、それから妙な飲み物をテーブルに運んできた。
黒に近いこげ茶色の飲み物で、部屋に入った時に嗅いだ香りと、同じ香りがする。現物を飲んだことはないが、「カイシャイーン」の燃料「キャッフェ」に似ていた。
「まずは、どんな条件で転生したいか、アンケートに答えてください。アンケートの結果をもとに、お客様に合う異世界を三つ提示させていただきます」
「それより、この飲み物はなんだ?」
「コーヒーですよ。煎った豆を挽いて、お湯を注いで……まぁ、飲んでみれば分かりますよ」
言われるまま、口をつける。あまりの苦味に吹き出した。
「ぐっふッ! 毒だコレ!」
「毒じゃねぇ。俺が最初にいた世界じゃ、毎日のように飲んでたんですから。飲み慣れたら、クセになりますよ。一日一杯は飲まないと、気が済まなくなる」
「それ、味覚おかしくなってるんじゃないのか?」
平凡仙人は「ブラックだから飲みにくいのかもしれない」と、ペンソルのコーヒーにミルクと砂糖を入れた。
再び、恐る恐る口をつける。先ほど飲んだ時のような強烈な苦味はなく、むしろ甘味と絶妙に混ざり合い、美味だった。気づけば、ペンソルはコーヒーを飲み干していた。
「ふぅ……毒もミルクと砂糖を入れれば、美味しく飲めてしまうんだなぁ」
「だから、毒じゃねぇですって」
ペンソルはコーヒーをおかわりしつつ、アンケートの空欄を埋めていった。
希望の転生先、プロフィール、ステータス、どのような最期を送るかまで、自由に決められるらしい。ペンソルは来世の項目のうち、二つだけ書き込み、アンケートを平凡仙人に渡した。
☆
平凡仙人はアンケートに目を通すと、「いくつか確認させてくれ」とペンソルにたずねた。
「アンタが希望している『毎日見ていて飽きない世界』っていうのは、具体的にどういう異世界のことを指すんだ?」
「言葉どおりの意味さ。僕は作家を目指していてね……」
ペンソルはよどみなく、自身がたどってきた人生を語った。
「……つまりね、僕はありとあらゆる人生に飽きてしまったのだよ。いっそ神にでもなって、世界そのものを作ってしまおうかな?」
ペンソルは得意げに足を組む。
すると、平凡仙人は「やめといたほうがいいっすよ」とペンソルをたしなめ、諭した。
「神なんてなるもんじゃないっす。万能じゃないし、転生も自由にできないし」
「そうなのかい? 転生できないのは嫌だし、だったらやめておくよ」
平凡仙人は頷き、今度はペンソルが埋めたもう一つの来世の希望についてたずねた。
「来世の職業希望欄に『社会的地位のある、安定した職業』とありますね。前世は作家志望だったようですが、来世では目指さないんですか?」
「うん。目指さない」
ペンソルは断言した。
「僕はもう、二度と世界に飽きたくないんだ。前世の記憶を保ちたいのも、うっかり作家を目指さないためだよ。作家の次に魅力的な職業っていったら、それくらいしか思いつかなかったんだ」
☆
平凡仙人はペンソルの希望をもとに、三つの異世界と人生を提案した。
①立て続けにアクシデントが起きる人生
②いろんなタイプの人間が、ひっきりなしに関わってくる人生
③世界そのものが毎日変わる異世界で生きる人生
どの人生も、ペンソルにとっては魅力的だった。
悩んだ末、ペンソルは一つの人生を選んだ。
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