美術部俺達

緋色刹那

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番外編「First Grade」

第四話「マネージャーとプロデューサー」⑷

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 ランチタイムになり、客足もまばらになってきた。乙女が他の人の絵を見て時間を潰していると、リタイア用の裏口から風呂出が顔を出した。
「マネージャー! 今のうちにお昼食べに行こう!」
「ごめんなさい、ちょっと足痛めちゃって動けないの。行くなら、他の子と行ってくれる? ついでに、私の分も買ってきて」
「えっ、怪我?!」
 風呂出は青ざめた。
「いつ?! 来た時は大丈夫だったよね?」
「えぇ。文化祭が始まってすぐ、足をひねってしまったの」
「何で言ってくれなかったのー! 私じゃなくても、裏にスタッフいたのに!」
「だって、口裂け女の代わりはいないんでしょ? だったら、私がやるしかないじゃない」
「マネージャー……!」
 風呂出は感動し、目を潤ませた。
「なんていい子! ぜひ、お友達になりたいわん!」
「その変な呼び方変えてくれるなら、考えてあげてもいいわよ」
「究極の選択すぎる!」
 風呂出は「乙女ちゃんだけ仲間外れにできない」と、乙女と自分の分の昼食を買って戻ってきた。教室に食べ物の臭いがこもらないよう、二人でベランダに出て食べた。
 外は校舎の中より賑やかだった。一般客や生徒、生徒の保護者など、大勢の人達が屋台やグラウンドに設置されたステージに集まり、文化祭を楽しんでいる。普段は厳しい教師も羽を伸ばしていた。
「あの神なんとかってアイドル、なかなかいいじゃん! 歌上手いし、歌詞もユニーク!」
「うちの学校お堅いのに、よく呼べたわね」
「きっと、文化祭実行委員の子達が頑張ったんだよ。文化祭は生徒みんなで作るものだもん。うちのクラスの子達も、私のワガママに付き合ってくれたしさ」
 風呂出はしみじみ言った。
「……みんな、いい子達だよね。中等部でも、この学校にかよっていれば良かった」
「いい子ばかりでもないわよ? 嫌味ったらしい先輩とか、根も葉もないウワサで盛り上がる子とか、目立たないだけで結構いるんだから」
「でも、全員そうってわけじゃないでしょ? 私がかよってた中学と違ってさ」
「そんなひどい学校だったの?」
 乙女が驚くと、風呂出は寂しげに頷いた。
「うちの親、変わり者でさ。『普通の子のように自然と戯れながら育って欲しい」って、わざわざ田舎の学校にかよわされてたんだけど、毎日運転手さんにホテルまで送り迎えしてもらうわ、身の回りの持ち物や服の値段が一桁も二桁も違うわで、全然普通の子じゃなかったわけ。しかも、お化けが大好き」
 風呂出の両親は自然豊かな地で育った。自分の子供にも、同じ幼少期を過ごさせたかったのだろう。
 しかし彼女の場合、それが裏目に出てしまった。
「当然、話は合わないし、親が金持ちだからって妬まれた。まだ小学生の頃は憧れられてた方だったけど、中学に上がった途端、学校全てが敵になったよ。無視されたり、いじめられたり、持ち物が無くなったり。教師や保護者も、私を嫌ってた。それでもめげずに、『文化祭でお化け屋敷がやりたい』って言ったんだけど、『気持ち悪い』『金持ちは頭がイカれてる』って、クラス全員からバカにされた。担任も嗤ってた」
「……悲惨ね」
「うん。さすがにショックだったから、うちの親にチクって、全員の保護者に慰謝料払わせて、教室で土下座させたけどね。担任は教師辞めさせたし。写真あるけど見る?」
「い、いらない……」
 風呂出は「そう?」とケータイをポケットに仕舞った。未だに彼らを許していないのだろう、目が笑っていなかった。
「それでやっと親も私の気持ちを理解してくれてね、高校は親戚もかよってたヴィー女(ヴィーナス女学園の略)に入れたってわけ。だから、最初に文化祭で何をするか話し合った時、みんなが私の意見に賛成してくれて、正直ホッとしてたんだ。ここでもバカにされたらどうしようって、すごく怯えてた」
「なぜ、そこまでしてお化け屋敷をやりたかったの? また傷つくかもしれなかったのに」
 心からの疑問だった。乙女にはとてもできない。
 乙女の疑問に、風呂出はキラキラと目を輝かせた。
「だってさ! ヴィー女でお化け屋敷やれるんだよ? 絶対楽しくなるに決まってるじゃん! マネージャーもいっぺん体験してみ? 調度品はガチのアンティークだし、お化け役は時々お嬢様言葉になるんだよ? こんなお化け屋敷、そうそう作れないって!」
「……それもそうね」 
 どんなに苦しめられても、傷つくかもしれないと怯えていても、自分らしくあろうとする風呂出が眩しかった。
 今以上に苦しめられる危険を恐れ、隠れて勉強している乙女には、到底マネできそうもなかった。
(私も風呂出さんのように、お父様とお母様に堂々と立ち向かえられたらいいのに)



 一年生の終わり、乙女は「成績が良すぎる」という理由で、ヴィーナス女学園よりランクが下の高校へ編入させられた。
 その時ですら、乙女は抗わなかった。抗った先に明るい未来があるとは思えなかった。
 しかし幸か不幸か、彼女は編入先の高校で運命を変える出会いとを果たすのだった。



(第五話へ続く)
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