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番外編「First Grade」
第四話「マネージャーとプロデューサー」⑶
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文化祭が始まり、お化け屋敷「恐怖画廊」にも続々と客がやって来た。
「恐怖画廊」は簡単な迷路になっていて、どこのルートを通るかによって、遭遇するお化けも変わる。あちこちから悲鳴が上がる中、乙女の元にも高校生くらいの男女が近づいてきた。
「うわぁ、この絵怖いね」
「うん。『強欲の悪魔』ってタイトルだけど、何の悪魔かしら? 顔が三つにたくさんの手……バエル?」
「えー、映えるかなぁ?」
「そっちの映えるじゃない」
男女は乙女が描いた絵を見ていた。乙女は自分が口裂け女になっているのも忘れ、彼らに話しかけた。
「モデルにした悪魔はいないんです。怖い絵を描いて欲しい、と頼まれたのでなんとなく描いただけで」
「へぇー! そうなんですね!」
男のほうは乙女を見ても、平然と会話を続ける。
女のほうはアメリカのホラー映画に出てくる女優のように悲鳴を上げ、男の腕にしがみついた。
「イヤァァァッ! なに普通に話しかけてきてんのよ! 怖すぎでしょぉぉぉッ!」
「ミカちゃん、痛い痛い! 腕折れちゃうって!」
怖がられたことで、乙女も自分の仕事を思い出した。
「あ、そうだった。私の顔……キレイ?」
マスクを取り、小道具の巨大ハサミを手に襲いかかる。それまで平気だった男も、慌てて逃げようとした。
「うわっ! ミカちゃん、逃げよう!」
「いやぁー! 来ないでー!」
女はとっさに、乙女に懐中電灯を向ける。
急な光に、乙女は目が眩んだ。よろめき、倒れる。その隙に男女は逃げていった。
「痛っ」
立ち上がろうとすると、足に痛みが走った。よろめいた拍子にひねってしまったらしい。助けを呼ぼうにも、出口まではかなり距離がある。
何もできないまま、次の客が近づいてきた。他校の制服を着た男子で、勇敢にも一人で「恐怖画廊」を歩いていた。
(ど、どうしよう。お化け役が足を痛めたなんて、全然怖くない。せっかくのお化け屋敷が台無しだわ)
風呂出やクラスメイト達の顔が頭に浮かぶ。自分のせいで失敗したくない。
乙女の想いも虚しく、男子は倒れている乙女に気がついた。
「大丈夫っすか?」
男子は乙女に手を差し伸べる。乙女は彼の手を借り、なんとか立ち上がった。
「あ、ありがとう。ごめんなさい、雰囲気ぶち壊しちゃって」
すると、
「いや、そこは"お礼に貴方もキレイにしてあげる"からの、ハサミでジョッキンでしょ」
「え?」
乙女はポカンとする。
男子も訝しげに首を傾げた。
「あれ? 怪我してる演技だと思ってたんすけど……もしかして、ガチでした?」
◯●◯●◯
「高等部のお化け屋敷、楽しみー」
「どんなお化けがいるのかしら?」
中等部の女子集団が「恐怖画廊」にやって来た。
壁に飾られた絵を見ながら進んでいくと、地べたに座り込んでいる乙女を見つけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「すみません、どなたか手を貸してもらえませんか? 足をひねってしまって……」
「は、はい!」
女子集団は乙女に手を貸し、立ち上がらせた。
「ありがとう。お礼に……」
乙女はマスクを外し、ニヤリと笑った。巨大ハサミの刃がギラリと輝いた。
「貴方達もキレイにしてあげる」
「キャーッ!」
「口裂け女ー!」
「怖いー!」
女子集団は怯え、逃げていく。
乙女は彼女達の姿が見えなくなると、再び地べたに腰を下ろした。
「よっ。やってるみたいっすね」
そこへ、乙女を最初に助けた男子が戻ってきた。姿は見えないが、声で分かった。
「湿布、保健室からもらって来ましたよ」
「ありがとうございます。ごめんなさい、お客さんにこんなことまで頼んじゃって。あとは自分でできますから」
「いいっすよ、俺が貼ります。目、見えてないんでしょ?」
「……すみません」
痛めた足を差し出し、湿布を貼ってもらう。おかげで、いくらか痛みは引いた。
「俺のアドバイス、参考になりました?」
「えぇ、すっごく。おかげで、足手まといにならずに済んだわ」
乙女は男子のアドバイスどおり、怪我で立ち上がれないことを逆手に取り、客達を怖がらせていた。
もし、客が手を貸してくれなくても「だったら、その手はいらないわね!」と巨大ハサミで襲いかかった。
「じゃ、俺はこれで。無理はしないでくださいよ」
「う、うん。本当にありがとう」
男子は懐中電灯で足元を照らしながら、暗闇へ消えていった。
(あんな、賢くて優しい人って本当にいるのね。あの制服……たぶん、自由ノ星高校のよね? 名前、聞いておけば良かったな)
乙女はおぼろげな姿と声を思い出し、頬を赤らめた。
◯●◯●◯
成宮が「恐怖画廊」から出てくると、出口で美術部の面々が待っていた。
「成宮君、一人で二回も入るって正気?!」
「ここのお化け屋敷、超怖いってウワサになってるんだぞ?!」
「で、どうだった? 本当に怖かった?」
成宮は「あー」と天を仰いだ。
「口裂け女が可愛かった」
「マジ?!」
「僕も見に行こうかな?!」
「恐怖画廊」は簡単な迷路になっていて、どこのルートを通るかによって、遭遇するお化けも変わる。あちこちから悲鳴が上がる中、乙女の元にも高校生くらいの男女が近づいてきた。
「うわぁ、この絵怖いね」
「うん。『強欲の悪魔』ってタイトルだけど、何の悪魔かしら? 顔が三つにたくさんの手……バエル?」
「えー、映えるかなぁ?」
「そっちの映えるじゃない」
男女は乙女が描いた絵を見ていた。乙女は自分が口裂け女になっているのも忘れ、彼らに話しかけた。
「モデルにした悪魔はいないんです。怖い絵を描いて欲しい、と頼まれたのでなんとなく描いただけで」
「へぇー! そうなんですね!」
男のほうは乙女を見ても、平然と会話を続ける。
女のほうはアメリカのホラー映画に出てくる女優のように悲鳴を上げ、男の腕にしがみついた。
「イヤァァァッ! なに普通に話しかけてきてんのよ! 怖すぎでしょぉぉぉッ!」
「ミカちゃん、痛い痛い! 腕折れちゃうって!」
怖がられたことで、乙女も自分の仕事を思い出した。
「あ、そうだった。私の顔……キレイ?」
マスクを取り、小道具の巨大ハサミを手に襲いかかる。それまで平気だった男も、慌てて逃げようとした。
「うわっ! ミカちゃん、逃げよう!」
「いやぁー! 来ないでー!」
女はとっさに、乙女に懐中電灯を向ける。
急な光に、乙女は目が眩んだ。よろめき、倒れる。その隙に男女は逃げていった。
「痛っ」
立ち上がろうとすると、足に痛みが走った。よろめいた拍子にひねってしまったらしい。助けを呼ぼうにも、出口まではかなり距離がある。
何もできないまま、次の客が近づいてきた。他校の制服を着た男子で、勇敢にも一人で「恐怖画廊」を歩いていた。
(ど、どうしよう。お化け役が足を痛めたなんて、全然怖くない。せっかくのお化け屋敷が台無しだわ)
風呂出やクラスメイト達の顔が頭に浮かぶ。自分のせいで失敗したくない。
乙女の想いも虚しく、男子は倒れている乙女に気がついた。
「大丈夫っすか?」
男子は乙女に手を差し伸べる。乙女は彼の手を借り、なんとか立ち上がった。
「あ、ありがとう。ごめんなさい、雰囲気ぶち壊しちゃって」
すると、
「いや、そこは"お礼に貴方もキレイにしてあげる"からの、ハサミでジョッキンでしょ」
「え?」
乙女はポカンとする。
男子も訝しげに首を傾げた。
「あれ? 怪我してる演技だと思ってたんすけど……もしかして、ガチでした?」
◯●◯●◯
「高等部のお化け屋敷、楽しみー」
「どんなお化けがいるのかしら?」
中等部の女子集団が「恐怖画廊」にやって来た。
壁に飾られた絵を見ながら進んでいくと、地べたに座り込んでいる乙女を見つけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「すみません、どなたか手を貸してもらえませんか? 足をひねってしまって……」
「は、はい!」
女子集団は乙女に手を貸し、立ち上がらせた。
「ありがとう。お礼に……」
乙女はマスクを外し、ニヤリと笑った。巨大ハサミの刃がギラリと輝いた。
「貴方達もキレイにしてあげる」
「キャーッ!」
「口裂け女ー!」
「怖いー!」
女子集団は怯え、逃げていく。
乙女は彼女達の姿が見えなくなると、再び地べたに腰を下ろした。
「よっ。やってるみたいっすね」
そこへ、乙女を最初に助けた男子が戻ってきた。姿は見えないが、声で分かった。
「湿布、保健室からもらって来ましたよ」
「ありがとうございます。ごめんなさい、お客さんにこんなことまで頼んじゃって。あとは自分でできますから」
「いいっすよ、俺が貼ります。目、見えてないんでしょ?」
「……すみません」
痛めた足を差し出し、湿布を貼ってもらう。おかげで、いくらか痛みは引いた。
「俺のアドバイス、参考になりました?」
「えぇ、すっごく。おかげで、足手まといにならずに済んだわ」
乙女は男子のアドバイスどおり、怪我で立ち上がれないことを逆手に取り、客達を怖がらせていた。
もし、客が手を貸してくれなくても「だったら、その手はいらないわね!」と巨大ハサミで襲いかかった。
「じゃ、俺はこれで。無理はしないでくださいよ」
「う、うん。本当にありがとう」
男子は懐中電灯で足元を照らしながら、暗闇へ消えていった。
(あんな、賢くて優しい人って本当にいるのね。あの制服……たぶん、自由ノ星高校のよね? 名前、聞いておけば良かったな)
乙女はおぼろげな姿と声を思い出し、頬を赤らめた。
◯●◯●◯
成宮が「恐怖画廊」から出てくると、出口で美術部の面々が待っていた。
「成宮君、一人で二回も入るって正気?!」
「ここのお化け屋敷、超怖いってウワサになってるんだぞ?!」
「で、どうだった? 本当に怖かった?」
成宮は「あー」と天を仰いだ。
「口裂け女が可愛かった」
「マジ?!」
「僕も見に行こうかな?!」
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