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番外編「First Grade」
第四話「マネージャーとプロデューサー」⑴
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麻根路屋乙女の絵を初めて褒めたのは、少し変わり者の同級生だった。
「うっはっはー! 麻根路屋さんの絵、えげつなく怖いね! 最っ高!」
言われて、乙女は自分が描いた絵を改めて見る。
顔が三つもある、醜い悪魔の顔。顔から生えた六本の腕で、泣いている娘と大金を握り、よだれを垂らして喜んでいる。
他の生徒は
「なんて恐ろしい絵なの!」
「今にも動き出しそう!」
「視界に入れたくもない!」
と怯え、悲鳴を上げていた。
乙女も彼女達と同じ意見で、いくら褒められても嬉しいとは思わなかった。
「こんなの、全然怖くない。人間のほうがずっと恐ろしいわ」
「分かるー! 人怖もいいよね! ねぇ、もっと描いて! お化けとか妖怪とかイケる?」
変わり者の同級生は目を輝かせる。
「怖い」と言いながら喜ぶ彼女に、乙女は戸惑った。
「風呂出さん、どうしてそんなに嬉しそうなの? 怖いんじゃないの?」
「怖いからテンション上がってるの! それと、私のことはプロデューサーって呼んで!」
「……文化祭の出し物担当だから?」
「それもあるけど、私の名前をもじるとプロデューサーになるからさ! 風呂出湯里、プロデューサー、ってね!」
そう言って、風呂出湯里はケラケラと笑った。お嬢様のカケラもない、豪快な笑い方だった。
◯●◯●◯
麻根路屋乙女は自由ノ星高校に編入する前、私立ヴィーナス女学園の高等部にかよっていた。
絵に描いたようなお嬢様学校で、かよっている生徒の親は名だたる会社経営者や著名人ばかり。常に「ごきげんよう」だの「お加減はよろしくて?」などと、お嬢様言葉が飛び交っていた。
乙女も父は会社経営者、母は旧家の出身と、申し分ない家庭環境で育った。中学生の頃は生徒会長を任されるなど、将来を有望視されていたが、父親の会社が経営難に陥ったことで、大きく状況が変わってしまった。
父親は取引先から資金を援助してもらう代わりに、取引先の社長の息子に婚約者として乙女を差し出した。高校卒業後、結婚式を挙げる予定になっている。乙女の意思を無視した、強引な契約だった。
卒業まで、あと三年。何をしても虚しく、「せめて勉強だけは」と、親に隠れて勉強していた。親は乙女を専業主婦にしたいらしく、「勉強は最低限でいい」と繰り返した。
◯●◯●◯
夏休み明け、文化祭のクラス展示について話し合いが行われた。
お茶会や古典演劇といったお嬢様らしい案が続く中、風呂出は「絶対、お化け屋敷がいい!」と言い張った。ほとんどのクラスメイトがエレベーター式で中等部から高等部へ進学した中、風呂出は外部の中学から受験して入った数少ない庶民だった。
「私、文化祭でお化け屋敷をやるのが夢だったの! だから、お願い! 今年は譲って!」
「風呂出さんがそこまでおっしゃるなら、仕方ないですわねぇ」
「その、お化け屋敷? が何なのか気になりますし」
謎にお嬢様達が興味を惹いた結果、乙女のクラスの出し物はお化け屋敷に決まった。もちろん、言い出しっぺの風呂出が責任者になった。
お化け屋敷のテーマは「恐怖画廊」。
怖い絵だけを展示している画廊を訪れたお客さんが、絵の中から出てきた化け物に襲われる……というストーリーである。美術部の風呂出らしい、絵を題材にしたお化け屋敷だった。
「小道具は美術部、お化けの衣装は手芸部、お化けのメイクと演者は演劇部と有志がやるとして、最低でもひとり一枚は絵を描いて欲しい」
「絵も美術部の方がお描きになられた方がよろしいんじゃなくって?」
「もちろん、私達も描くよ。でもさ、恐怖って人それぞれじゃない? お化けが怖い人もいるし、そうじゃない人もいる。いろんな恐怖があったほうが面白いでしょ?」
それに、と風呂出は満面の笑みで言った。
「みんなが何を怖いと思っているのか、個人的に興味もあるしね!」
「……」
(それを笑顔で言う、貴方が一番怖いわよ)
と、乙女とクラスメイト達は思った。
「うっはっはー! 麻根路屋さんの絵、えげつなく怖いね! 最っ高!」
言われて、乙女は自分が描いた絵を改めて見る。
顔が三つもある、醜い悪魔の顔。顔から生えた六本の腕で、泣いている娘と大金を握り、よだれを垂らして喜んでいる。
他の生徒は
「なんて恐ろしい絵なの!」
「今にも動き出しそう!」
「視界に入れたくもない!」
と怯え、悲鳴を上げていた。
乙女も彼女達と同じ意見で、いくら褒められても嬉しいとは思わなかった。
「こんなの、全然怖くない。人間のほうがずっと恐ろしいわ」
「分かるー! 人怖もいいよね! ねぇ、もっと描いて! お化けとか妖怪とかイケる?」
変わり者の同級生は目を輝かせる。
「怖い」と言いながら喜ぶ彼女に、乙女は戸惑った。
「風呂出さん、どうしてそんなに嬉しそうなの? 怖いんじゃないの?」
「怖いからテンション上がってるの! それと、私のことはプロデューサーって呼んで!」
「……文化祭の出し物担当だから?」
「それもあるけど、私の名前をもじるとプロデューサーになるからさ! 風呂出湯里、プロデューサー、ってね!」
そう言って、風呂出湯里はケラケラと笑った。お嬢様のカケラもない、豪快な笑い方だった。
◯●◯●◯
麻根路屋乙女は自由ノ星高校に編入する前、私立ヴィーナス女学園の高等部にかよっていた。
絵に描いたようなお嬢様学校で、かよっている生徒の親は名だたる会社経営者や著名人ばかり。常に「ごきげんよう」だの「お加減はよろしくて?」などと、お嬢様言葉が飛び交っていた。
乙女も父は会社経営者、母は旧家の出身と、申し分ない家庭環境で育った。中学生の頃は生徒会長を任されるなど、将来を有望視されていたが、父親の会社が経営難に陥ったことで、大きく状況が変わってしまった。
父親は取引先から資金を援助してもらう代わりに、取引先の社長の息子に婚約者として乙女を差し出した。高校卒業後、結婚式を挙げる予定になっている。乙女の意思を無視した、強引な契約だった。
卒業まで、あと三年。何をしても虚しく、「せめて勉強だけは」と、親に隠れて勉強していた。親は乙女を専業主婦にしたいらしく、「勉強は最低限でいい」と繰り返した。
◯●◯●◯
夏休み明け、文化祭のクラス展示について話し合いが行われた。
お茶会や古典演劇といったお嬢様らしい案が続く中、風呂出は「絶対、お化け屋敷がいい!」と言い張った。ほとんどのクラスメイトがエレベーター式で中等部から高等部へ進学した中、風呂出は外部の中学から受験して入った数少ない庶民だった。
「私、文化祭でお化け屋敷をやるのが夢だったの! だから、お願い! 今年は譲って!」
「風呂出さんがそこまでおっしゃるなら、仕方ないですわねぇ」
「その、お化け屋敷? が何なのか気になりますし」
謎にお嬢様達が興味を惹いた結果、乙女のクラスの出し物はお化け屋敷に決まった。もちろん、言い出しっぺの風呂出が責任者になった。
お化け屋敷のテーマは「恐怖画廊」。
怖い絵だけを展示している画廊を訪れたお客さんが、絵の中から出てきた化け物に襲われる……というストーリーである。美術部の風呂出らしい、絵を題材にしたお化け屋敷だった。
「小道具は美術部、お化けの衣装は手芸部、お化けのメイクと演者は演劇部と有志がやるとして、最低でもひとり一枚は絵を描いて欲しい」
「絵も美術部の方がお描きになられた方がよろしいんじゃなくって?」
「もちろん、私達も描くよ。でもさ、恐怖って人それぞれじゃない? お化けが怖い人もいるし、そうじゃない人もいる。いろんな恐怖があったほうが面白いでしょ?」
それに、と風呂出は満面の笑みで言った。
「みんなが何を怖いと思っているのか、個人的に興味もあるしね!」
「……」
(それを笑顔で言う、貴方が一番怖いわよ)
と、乙女とクラスメイト達は思った。
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