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番外編「First Grade」
第三話「恩田のパンツ消失事件」⑵
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「頼む! 恩田の荷物が盗まれないよう、更衣室を見張っていてくれ!」
「えぇぇ?!」
翌日、丘野は道尾から事情を聞かされ、練習中の更衣室の監視を頼まれた。
「やだよ! グラウンドから更衣室チラチラ見てたら、変に思われるじゃん!」
「そこは大丈夫! 顧問に頼んで、今日の丘野ちゃんの仕事は更衣室周りの掃除に変えてもらったから! 顧問も『食えそうな山菜が生えてたらプリーズ!』って言ってたぞ」
「あんなとこに食べられる草が生えてるとは思えないけど……というか、どうして私だけ? 他のマネージャーの子にも協力してもらえばいいじゃん」
道尾は言いづらそうに答えた。
「……マネージャーの丘野ちゃんにこんなこと言いたかないけど、恩田の荷物盗んだ犯人さ、丘野ちゃん以外のマネージャーの誰かかもしれねぇんだ」
「え?」
丘野はショックで言葉を失う。道尾も心底申し訳なさそうだった。
「だって、更衣室の鍵を借りられるのって顧問とマネージャーだけだろ? 昔の先輩が部活外に更衣室に入り浸ってたせいで、後輩の俺達は借りられなくなっちまってさ。練習中は鍵が閉まってるから俺達や部外者は出入りできないし、顧問は俺達の練習に付きっきりでいる」
「だからって、どうして私以外って決めつけるの?」
「丘野ちゃん、前に『恩田君には興味ない』って言ってたよな? 盗まれたのは恩田の私物だ。そんなの欲しがるやつなんて、恩田のファンしかいないだろ?」
それとも、と道尾は寂しげに目を伏せた。
「丘野ちゃんも……恩田のファンになった?」
「そ、そんなことないよ! そりゃあ、マネージャーとして応援したい気持ちはあるけど、同じくらい道尾君や他の部員の人達も応援したいと思ってるもん!」
「そっか。良かった」
道尾はホッと安堵する。
本当は道尾を特別に想っていたのだが、言えなかった。
「……分かった、やるよ。他のマネージャーの子達を疑いたくはないけど、恩田君に嫌な思いさせたくもないしね」
「ありがとう。俺も変なやつが更衣室に近づかないか、走りながら見張るから」
「ダメ! 道尾君は練習に集中して! 大会が近いんだから!」
丘野は本気で心配する。道尾は「分かった、分かった」と笑った。
◯●◯●◯
陸上部の更衣室は、グラウンドから数メートルほど離れた場所にある。周囲は雑草が伸び放題で、裏には使われなくなったロッカーが山のように積まれていた。
鍵のかかったドア以外、自由に出入りできそうな隙間はない。換気用の小窓こそあるが、人が通れるサイズではなく、中から格子がはめられていた。
(……道尾君には言えなかったなぁ。マネージャーの子達の他にも、怪しい人はいるって)
丘野は恩田の私物が盗まれたと知った時、真っ先に友人の本加納の顔が浮かんだ。
本加納は陸上部という理由だけで、恩田を好きになった。恩田に告白しようとする女子がいれば、即刻排除する。もはや恋というより、執着に近い。
当然、本加納も陸上部のマネージャーになりたがっていた。しかしスポーツ推薦で入学した手前、なんらかの運動部には入らなくてはならず、やむなくマネージャーを諦めた。
(あの子ならやりかねないんだよなぁ。ピッキングとか、合鍵作ったりとか。直接本人に注意したほうがいいかなぁ?)
丘野が悩みながら雑草をスポンスポンと抜いていると、「精が出るな」と後ろから話しかけられた。
振り返ると、同じクラスの男子が立っていた。
「えっと……確か、成宮君だっけ? 何か用?」
「あぁ。渡辺に頼まれて、教室に忘れてきた弁当箱を届けに来たんだ。更衣室のロッカーに入れておいてくれと頼まれたんだが、鍵を開けてくれないか?」
成宮は弁当箱が入った巾着を掲げる。確かに、渡辺の名前があった。
「いいよ、私が渡辺君のロッカーに入れとく」
丘野は弁当箱を受け取ろうと、手を差し出す。だが、成宮は頑なに弁当箱を渡そうとはしなかった。
「いや、俺が頼まれたんだ。俺もロッカーまで連れて行ってくれ」
「ごめんなさい、関係者以外は入っちゃいけない決まりになっているの」
「俺は渡辺の関係者だ。問題ない」
(……怪しい)
丘野は成宮に疑いの目を向ける。恩田ファンに頼まれて、恩田の私物を盗みに来たのかもしれない。
すると「実は、」と成宮はあっさり白状した。
「美術部の罰ゲームで、一週間パシリ生活をやらされているんだ。渡辺の弁当箱を届けに来たのも、渡辺にパシられたからさ。自分の手でやり遂げないと達成したことにはならなくてな、できれば協力して欲しい」
初耳だった。てっきり、静かに絵を描く真面目な部活だと思っていた。
「美術部ってそんな変なことしてるの?」
「まぁな。結構楽しいぞ」
丘野はだんだん不憫に思えていた。
「渡辺君のロッカーだけなら」と更衣室の鍵を開け、成宮を中へ招いた。
「えぇぇ?!」
翌日、丘野は道尾から事情を聞かされ、練習中の更衣室の監視を頼まれた。
「やだよ! グラウンドから更衣室チラチラ見てたら、変に思われるじゃん!」
「そこは大丈夫! 顧問に頼んで、今日の丘野ちゃんの仕事は更衣室周りの掃除に変えてもらったから! 顧問も『食えそうな山菜が生えてたらプリーズ!』って言ってたぞ」
「あんなとこに食べられる草が生えてるとは思えないけど……というか、どうして私だけ? 他のマネージャーの子にも協力してもらえばいいじゃん」
道尾は言いづらそうに答えた。
「……マネージャーの丘野ちゃんにこんなこと言いたかないけど、恩田の荷物盗んだ犯人さ、丘野ちゃん以外のマネージャーの誰かかもしれねぇんだ」
「え?」
丘野はショックで言葉を失う。道尾も心底申し訳なさそうだった。
「だって、更衣室の鍵を借りられるのって顧問とマネージャーだけだろ? 昔の先輩が部活外に更衣室に入り浸ってたせいで、後輩の俺達は借りられなくなっちまってさ。練習中は鍵が閉まってるから俺達や部外者は出入りできないし、顧問は俺達の練習に付きっきりでいる」
「だからって、どうして私以外って決めつけるの?」
「丘野ちゃん、前に『恩田君には興味ない』って言ってたよな? 盗まれたのは恩田の私物だ。そんなの欲しがるやつなんて、恩田のファンしかいないだろ?」
それとも、と道尾は寂しげに目を伏せた。
「丘野ちゃんも……恩田のファンになった?」
「そ、そんなことないよ! そりゃあ、マネージャーとして応援したい気持ちはあるけど、同じくらい道尾君や他の部員の人達も応援したいと思ってるもん!」
「そっか。良かった」
道尾はホッと安堵する。
本当は道尾を特別に想っていたのだが、言えなかった。
「……分かった、やるよ。他のマネージャーの子達を疑いたくはないけど、恩田君に嫌な思いさせたくもないしね」
「ありがとう。俺も変なやつが更衣室に近づかないか、走りながら見張るから」
「ダメ! 道尾君は練習に集中して! 大会が近いんだから!」
丘野は本気で心配する。道尾は「分かった、分かった」と笑った。
◯●◯●◯
陸上部の更衣室は、グラウンドから数メートルほど離れた場所にある。周囲は雑草が伸び放題で、裏には使われなくなったロッカーが山のように積まれていた。
鍵のかかったドア以外、自由に出入りできそうな隙間はない。換気用の小窓こそあるが、人が通れるサイズではなく、中から格子がはめられていた。
(……道尾君には言えなかったなぁ。マネージャーの子達の他にも、怪しい人はいるって)
丘野は恩田の私物が盗まれたと知った時、真っ先に友人の本加納の顔が浮かんだ。
本加納は陸上部という理由だけで、恩田を好きになった。恩田に告白しようとする女子がいれば、即刻排除する。もはや恋というより、執着に近い。
当然、本加納も陸上部のマネージャーになりたがっていた。しかしスポーツ推薦で入学した手前、なんらかの運動部には入らなくてはならず、やむなくマネージャーを諦めた。
(あの子ならやりかねないんだよなぁ。ピッキングとか、合鍵作ったりとか。直接本人に注意したほうがいいかなぁ?)
丘野が悩みながら雑草をスポンスポンと抜いていると、「精が出るな」と後ろから話しかけられた。
振り返ると、同じクラスの男子が立っていた。
「えっと……確か、成宮君だっけ? 何か用?」
「あぁ。渡辺に頼まれて、教室に忘れてきた弁当箱を届けに来たんだ。更衣室のロッカーに入れておいてくれと頼まれたんだが、鍵を開けてくれないか?」
成宮は弁当箱が入った巾着を掲げる。確かに、渡辺の名前があった。
「いいよ、私が渡辺君のロッカーに入れとく」
丘野は弁当箱を受け取ろうと、手を差し出す。だが、成宮は頑なに弁当箱を渡そうとはしなかった。
「いや、俺が頼まれたんだ。俺もロッカーまで連れて行ってくれ」
「ごめんなさい、関係者以外は入っちゃいけない決まりになっているの」
「俺は渡辺の関係者だ。問題ない」
(……怪しい)
丘野は成宮に疑いの目を向ける。恩田ファンに頼まれて、恩田の私物を盗みに来たのかもしれない。
すると「実は、」と成宮はあっさり白状した。
「美術部の罰ゲームで、一週間パシリ生活をやらされているんだ。渡辺の弁当箱を届けに来たのも、渡辺にパシられたからさ。自分の手でやり遂げないと達成したことにはならなくてな、できれば協力して欲しい」
初耳だった。てっきり、静かに絵を描く真面目な部活だと思っていた。
「美術部ってそんな変なことしてるの?」
「まぁな。結構楽しいぞ」
丘野はだんだん不憫に思えていた。
「渡辺君のロッカーだけなら」と更衣室の鍵を開け、成宮を中へ招いた。
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