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番外編「First Grade」
第三話「恩田のパンツ消失事件」⑴
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「恩田くぅーん!」
「頑張ってぇー!」
グラウンドの外に集まったギャラリーが、恩田に黄色い声援を送る。ほとんどが女子だった。
恩田はグラウンドを走りながら手を振り、声援に応える。ギャラリーのボリュームがさらに上がった。
「うっさいわねぇ」
「さっさと帰るか、自分の部活に戻りなさいよ」
マネージャー達はギャラリーを疎ましそうに睨む。
彼女達も恩田目当てで、陸上部のマネージャーになった。あわよくば恩田の彼女になろうと狙っているが、誰ひとりとしてうまく行っていない。
あまりに過激な行動を起こしたマネージャーは、みんな辞めさせられた。顧問も恩田を特別扱いしている。
誰もが恩田ばかりに注目する中、丘野は淡々とマネージャーの仕事をこなしていった。ラップタイムを計測しつつ、前を走っていく部員ひとりひとりに声をかける。
「佐藤君、ペース落ちてるよ!」
「はい!」
「高橋君、フォーム崩れてる! 先生に言われたこと、意識して!」
「あざす!」
部員達は丘野のアドバイスを聞き、修正する。大切な仕事だが、誰も彼らのやりとりには見向きもしなかった。
そこへ、道尾がグラウンドを一周して戻ってきた。
「丘野ちゃん、今何分?!」
「えっと…… 分!」
「ありがと!」
「うん、頑張って!」
道尾は軽く手を挙げ、二周目に向かう。
それまで平静を保っていた、丘野の心臓が高鳴る。
(このまま……道尾君の走りだけを見ていられたらいいのに)
丘野はグッとこらえ、仕事に戻った。
丘野は道尾が好きだった。チャラそうに見えて、意外と真面目なところも、女の子に優しいところも、「永遠の二番手」「恩田のスペア」など、陰口を言われても腐らず、恩田の親友で居続けるところも、彼の全てが大好きだった。
しかしマネージャーである以上、どの部員にも公平に接しなければならない。丘野は新たに戻ってきた部員達のラップタイムを記録し、声援を送った。
◯●◯●◯
部活を終え、恩田は他の部員と共に服を着替えに更衣室に入った。
ロッカーを開け、すぐに違和感に気づいた。
「あれ?」
「恩田、どうした?」
後ろで着替えていた道尾が振り向く。
恩田は困った様子で首を傾げた。
「僕のパンツがない」
「パンツぅ?!」
道尾の叫びに、他の部員も一斉に振り返った。
「パンツだぁ?!」
「恩田のか?!」
「うん。スペアだけど」
「どっかに落ちてるんじゃないか?」
「カバンの中は見たのか?」
「いや、恩田のことだから、二枚履いてる線もあるぞ」
その後、陸上部全員で一枚のパンツを探したが、パンツはどこにも見当たらなかった。
「恩田さぁ、この前もロッカーに入れたハンカチ無くしてなかったか?」
「あぁ。飲みかけのペットボトルも無くしてたよな」
「ったく、これで何個目だよ」
恩田の荷物が無くなったのは、今回が初めてではない。
始まったのは、彼が陸上部に入部してひと月が経ったくらいからだった。
最初は落ちていた髪の毛や使用済みのティッシュなど、無くなったことにも気づかない小さなものが多かった。次第に、落とし物は大きく、鈍感な恩田でもすぐ気づくような、目立った荷物が無くなるようになった。
今のところは恩田のうっかりが原因ということになっているが、何者かが恩田の荷物を盗んでいるのは明らかだった。
「恩田、さすがにパンツはヤバいだろ。顧問に相談した方がいいって」
道尾が真面目に忠告しても、恩田はのほほんとしたままだった。
「平気、平気。また買えばいいんだから」
「買い直せないものまで盗まれたら、どうする? ギリギリで相談しても、黙っていたお前の責任になるんだぞ?」
「大丈夫だって。そのうち収まるよ」
「恩田……」
恩田は頼りにならない。道尾は「自分がなんとかする」と決めた。
(盗まれているとしたら、陸上部の練習中だな。俺が更衣室を見張りたいが、さすがに練習を抜けるわけにはいかねぇし。他のヤツに頼むとしても、信頼できる人間じゃないとウワサが広まりそうだな……)
その時、道尾の頭の中にある人物の顔が浮かび上がった。
「頑張ってぇー!」
グラウンドの外に集まったギャラリーが、恩田に黄色い声援を送る。ほとんどが女子だった。
恩田はグラウンドを走りながら手を振り、声援に応える。ギャラリーのボリュームがさらに上がった。
「うっさいわねぇ」
「さっさと帰るか、自分の部活に戻りなさいよ」
マネージャー達はギャラリーを疎ましそうに睨む。
彼女達も恩田目当てで、陸上部のマネージャーになった。あわよくば恩田の彼女になろうと狙っているが、誰ひとりとしてうまく行っていない。
あまりに過激な行動を起こしたマネージャーは、みんな辞めさせられた。顧問も恩田を特別扱いしている。
誰もが恩田ばかりに注目する中、丘野は淡々とマネージャーの仕事をこなしていった。ラップタイムを計測しつつ、前を走っていく部員ひとりひとりに声をかける。
「佐藤君、ペース落ちてるよ!」
「はい!」
「高橋君、フォーム崩れてる! 先生に言われたこと、意識して!」
「あざす!」
部員達は丘野のアドバイスを聞き、修正する。大切な仕事だが、誰も彼らのやりとりには見向きもしなかった。
そこへ、道尾がグラウンドを一周して戻ってきた。
「丘野ちゃん、今何分?!」
「えっと…… 分!」
「ありがと!」
「うん、頑張って!」
道尾は軽く手を挙げ、二周目に向かう。
それまで平静を保っていた、丘野の心臓が高鳴る。
(このまま……道尾君の走りだけを見ていられたらいいのに)
丘野はグッとこらえ、仕事に戻った。
丘野は道尾が好きだった。チャラそうに見えて、意外と真面目なところも、女の子に優しいところも、「永遠の二番手」「恩田のスペア」など、陰口を言われても腐らず、恩田の親友で居続けるところも、彼の全てが大好きだった。
しかしマネージャーである以上、どの部員にも公平に接しなければならない。丘野は新たに戻ってきた部員達のラップタイムを記録し、声援を送った。
◯●◯●◯
部活を終え、恩田は他の部員と共に服を着替えに更衣室に入った。
ロッカーを開け、すぐに違和感に気づいた。
「あれ?」
「恩田、どうした?」
後ろで着替えていた道尾が振り向く。
恩田は困った様子で首を傾げた。
「僕のパンツがない」
「パンツぅ?!」
道尾の叫びに、他の部員も一斉に振り返った。
「パンツだぁ?!」
「恩田のか?!」
「うん。スペアだけど」
「どっかに落ちてるんじゃないか?」
「カバンの中は見たのか?」
「いや、恩田のことだから、二枚履いてる線もあるぞ」
その後、陸上部全員で一枚のパンツを探したが、パンツはどこにも見当たらなかった。
「恩田さぁ、この前もロッカーに入れたハンカチ無くしてなかったか?」
「あぁ。飲みかけのペットボトルも無くしてたよな」
「ったく、これで何個目だよ」
恩田の荷物が無くなったのは、今回が初めてではない。
始まったのは、彼が陸上部に入部してひと月が経ったくらいからだった。
最初は落ちていた髪の毛や使用済みのティッシュなど、無くなったことにも気づかない小さなものが多かった。次第に、落とし物は大きく、鈍感な恩田でもすぐ気づくような、目立った荷物が無くなるようになった。
今のところは恩田のうっかりが原因ということになっているが、何者かが恩田の荷物を盗んでいるのは明らかだった。
「恩田、さすがにパンツはヤバいだろ。顧問に相談した方がいいって」
道尾が真面目に忠告しても、恩田はのほほんとしたままだった。
「平気、平気。また買えばいいんだから」
「買い直せないものまで盗まれたら、どうする? ギリギリで相談しても、黙っていたお前の責任になるんだぞ?」
「大丈夫だって。そのうち収まるよ」
「恩田……」
恩田は頼りにならない。道尾は「自分がなんとかする」と決めた。
(盗まれているとしたら、陸上部の練習中だな。俺が更衣室を見張りたいが、さすがに練習を抜けるわけにはいかねぇし。他のヤツに頼むとしても、信頼できる人間じゃないとウワサが広まりそうだな……)
その時、道尾の頭の中にある人物の顔が浮かび上がった。
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