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番外編「First Grade」
第一話「自由ノ星高校のバンクシー」⑶
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「漫研だって?!」
「俺達みたいなことしやがって!」
「とんだ天才だな!」
「もっとよく顔を見せろ!」
漫研と聞き、音来以外の四人はざわつく。音来はヘッドホンで音楽を聴きながら、段差に横たわってスヤスヤ寝ていた。
比嘉と村上が懐中電灯で不審者の顔を照らす。
不審者は眩しそうに顔をしかめる。漫研の大半は女子だが、不審者は男子だった。
「男? 珍しいな」
「うん。唯一の男子部員の霧島優磨君。すっごい絵が上手いんだって」
「もう部員じゃねぇ。あんな部、さっさとやめてやったよ」
霧島は鼻で笑った。
「やめたって、何で?」
「あんなうるせーとこで描けるわけねぇだろ。どいつもこいつも推しだのカプだの、猿みてーに騒ぎやがって。集中できねぇっつーの」
成宮達は「あー」と納得した。
漫研はよその部から苦情が来るほどうるさく、問題になっていた。当人達は慣れっこで、うるさい中でも平気で作業をしている。
成宮達は霧島に同情し、励ました。
「分かる、分かるぞ。あの盛り上がり方は異常だよな」
「あのテンションで美術部に居座られたらと思うと、鳥肌が立つよ」
「客があれだけ盛り上がってくれたら最高なんだけどな」
「なー。俺達のライブじゃ、クスリとも笑いやしねぇ」
「けど、剛田を標的にするのはやめておきな? あいつ、一人で漫研全員分の声量持ってるから。バレたら、何させられるか分からないよ?」
「そうそう。犯人見つけられなくて、俺達のせいにするかもしれねぇし」
成宮達は切実に訴える。
予想に反して霧島を受け入れてくれたことと、彼らの真剣な眼差しに、霧島は折れた。
「……分かった、剛田はやめておく。僕はお前らを犯人にしたいわけじゃない。でも、ウォールアート自体はやめないからな。僕にはもう、ここしか絵を描ける場所が残っていないんだ」
◯●◯●◯
霧島は絵を描くことが好きだった。
しかし家では幼い弟妹が騒がしく、絵に集中できなかった。
教室も騒がしく、人の目が気になる。そこで漫研に入ったが、漫研は教室以上のうるささだった。
部長の蝶園に言っても直らず、顧問に言っても直らず、学校も対応してくれず、ついには部を辞めた。
「部活だから、仲が良いのはいいことじゃないか」
というのが、彼らの言い分だった。
霧島は絵を描けなくなった恨みから、校舎をキャンバスにウォールアートを始めた。題材はもちろん、漫研、顧問、学校にした。
霧島が描いた風刺画は思いのほか生徒の注目を集めたが、描いても描いても怒りは癒えなかった。それどころか悪化し、漫研とは直接関係のない剛田や家族まで痛烈に批判するようになった。
◯●◯●◯
「……そっか。そんな事情があったんだな」
霧島の口から落書きを描くようになった経緯を聞き、大城兄は頷いた。
「だったら、うちにおいでよ。君が描いてる間はなるべく静かにするし、画材だって映えるくらい揃ってるよ」
霧島は眉をひそめた。
「あんたら、絵を描かない美術部だろ? いいのか?」
「いいんじゃない? 描いちゃいけないって決まりはないし。そもそも、美術室って絵を描くための部屋だしさ。僕達のほうが変なんだよ」
「変って自覚はあったのか」
霧島は「気が向いたら行く」と言い残し、帰っていった。
◯●◯●◯
翌日から、霧島は美術部に入り浸るようになった。
成宮達も霧島が描いている間は、静かにレクリエーションに励む。おかげで、「無言で◯◯する」系ゲームのバリエーションがずいぶん増えた。絵を描き終わると、霧島も気まぐれにゲームに参加した。
「もうすぐ夏休みだね。夏休み中も美術室使いたかったら、遠慮なく使っていいからね」
「はい。でも……あまり使うことはないかもしれません。夏休みの間、海外の美大に短期留学しに行く予定なので」
「マジで?! 飛び級ってこと?」
「どこの国?」
「何でもいいから、お土産買ってきてくれ! そのへんの草とか石とかでもいいから!」
「夏休みが終わったら、話聞かせてくれよ!」
美術部の期待とは裏腹に、霧島は夏休みが終わると、そのまま留学先の大学に入学した。画力が見込まれ、スカウトされたらしい。
知らせを聞いた成宮達は嬉しさ半分、寂しさ半分の気持ちになった。
「おいおい、俺達には挨拶もなしかよ」
「寂しいねぇ」
「学校のどっかに作品残してるんじゃね?」
「探せー!」
霧島を信じ、学校中を駆け回る。
最後にたどり着いたのは、美術室がある校舎の屋上だった。扉を開け放つと、灰色だったコンクリートに美術室と、そこで絵を描く霧島の姿が鮮やかに描かれていた。
(第二話へ続く)
「俺達みたいなことしやがって!」
「とんだ天才だな!」
「もっとよく顔を見せろ!」
漫研と聞き、音来以外の四人はざわつく。音来はヘッドホンで音楽を聴きながら、段差に横たわってスヤスヤ寝ていた。
比嘉と村上が懐中電灯で不審者の顔を照らす。
不審者は眩しそうに顔をしかめる。漫研の大半は女子だが、不審者は男子だった。
「男? 珍しいな」
「うん。唯一の男子部員の霧島優磨君。すっごい絵が上手いんだって」
「もう部員じゃねぇ。あんな部、さっさとやめてやったよ」
霧島は鼻で笑った。
「やめたって、何で?」
「あんなうるせーとこで描けるわけねぇだろ。どいつもこいつも推しだのカプだの、猿みてーに騒ぎやがって。集中できねぇっつーの」
成宮達は「あー」と納得した。
漫研はよその部から苦情が来るほどうるさく、問題になっていた。当人達は慣れっこで、うるさい中でも平気で作業をしている。
成宮達は霧島に同情し、励ました。
「分かる、分かるぞ。あの盛り上がり方は異常だよな」
「あのテンションで美術部に居座られたらと思うと、鳥肌が立つよ」
「客があれだけ盛り上がってくれたら最高なんだけどな」
「なー。俺達のライブじゃ、クスリとも笑いやしねぇ」
「けど、剛田を標的にするのはやめておきな? あいつ、一人で漫研全員分の声量持ってるから。バレたら、何させられるか分からないよ?」
「そうそう。犯人見つけられなくて、俺達のせいにするかもしれねぇし」
成宮達は切実に訴える。
予想に反して霧島を受け入れてくれたことと、彼らの真剣な眼差しに、霧島は折れた。
「……分かった、剛田はやめておく。僕はお前らを犯人にしたいわけじゃない。でも、ウォールアート自体はやめないからな。僕にはもう、ここしか絵を描ける場所が残っていないんだ」
◯●◯●◯
霧島は絵を描くことが好きだった。
しかし家では幼い弟妹が騒がしく、絵に集中できなかった。
教室も騒がしく、人の目が気になる。そこで漫研に入ったが、漫研は教室以上のうるささだった。
部長の蝶園に言っても直らず、顧問に言っても直らず、学校も対応してくれず、ついには部を辞めた。
「部活だから、仲が良いのはいいことじゃないか」
というのが、彼らの言い分だった。
霧島は絵を描けなくなった恨みから、校舎をキャンバスにウォールアートを始めた。題材はもちろん、漫研、顧問、学校にした。
霧島が描いた風刺画は思いのほか生徒の注目を集めたが、描いても描いても怒りは癒えなかった。それどころか悪化し、漫研とは直接関係のない剛田や家族まで痛烈に批判するようになった。
◯●◯●◯
「……そっか。そんな事情があったんだな」
霧島の口から落書きを描くようになった経緯を聞き、大城兄は頷いた。
「だったら、うちにおいでよ。君が描いてる間はなるべく静かにするし、画材だって映えるくらい揃ってるよ」
霧島は眉をひそめた。
「あんたら、絵を描かない美術部だろ? いいのか?」
「いいんじゃない? 描いちゃいけないって決まりはないし。そもそも、美術室って絵を描くための部屋だしさ。僕達のほうが変なんだよ」
「変って自覚はあったのか」
霧島は「気が向いたら行く」と言い残し、帰っていった。
◯●◯●◯
翌日から、霧島は美術部に入り浸るようになった。
成宮達も霧島が描いている間は、静かにレクリエーションに励む。おかげで、「無言で◯◯する」系ゲームのバリエーションがずいぶん増えた。絵を描き終わると、霧島も気まぐれにゲームに参加した。
「もうすぐ夏休みだね。夏休み中も美術室使いたかったら、遠慮なく使っていいからね」
「はい。でも……あまり使うことはないかもしれません。夏休みの間、海外の美大に短期留学しに行く予定なので」
「マジで?! 飛び級ってこと?」
「どこの国?」
「何でもいいから、お土産買ってきてくれ! そのへんの草とか石とかでもいいから!」
「夏休みが終わったら、話聞かせてくれよ!」
美術部の期待とは裏腹に、霧島は夏休みが終わると、そのまま留学先の大学に入学した。画力が見込まれ、スカウトされたらしい。
知らせを聞いた成宮達は嬉しさ半分、寂しさ半分の気持ちになった。
「おいおい、俺達には挨拶もなしかよ」
「寂しいねぇ」
「学校のどっかに作品残してるんじゃね?」
「探せー!」
霧島を信じ、学校中を駆け回る。
最後にたどり着いたのは、美術室がある校舎の屋上だった。扉を開け放つと、灰色だったコンクリートに美術室と、そこで絵を描く霧島の姿が鮮やかに描かれていた。
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