美術部俺達

緋色刹那

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番外編「なぜ、美術部は絵を描かなくなったのか?」

中編

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 成宮達の疑問の答えは、日誌が終わりに近づくにつれて明かされていった。

     ◯●◯●◯

 十二月□日。
 学校が火事で燃えてしまった。
 僕達の作品も、先輩方の作品も、画材も、全て燃えてしまった。
 この日誌はたまたま家に持ち帰っていたので、燃えずに済んだ。けれど、日誌だけあってもしょうがない。
 肝心の絵と画材を「家に持ち帰るのが面倒だから」と持ち帰らなかった自分に腹が立つ。

     ◯●◯●◯

 一同は先程とは別の意味で、言葉を失った。
 今までの丁寧な文章とは違う。作品と画材を失った怒りと悲しみを込めるかのように書き殴っていた。
「……燃えちゃったんだ、絵」
「あんな素敵な絵だったのにな」
「そういえばこの頃だったわね、自由ノ星高校の旧校舎が燃えたの。当時はよくある木造の校舎でね、消し忘れたストーブの火が燃え移って全焼したらしいわ」
「ご存じだったんですか?」
「これでも一応、生徒会の元役員だったもの。ひと通りの学校史は覚えたわ」
「……展覧会の二週間前だよな? この後、どうなるんだ?」
 マネージャーは沈痛な面持ちで、次のページをめくった。

     ◯●◯●◯

 十二月☆日。
 展覧会まで、残り一週間を切った。
 幸い、部室は他の教室を借り、画材はよその学校から寄付してもらった。
 けれど、描く気になれなかった。
 絵を描こうとすると、あの凄惨な光景が頭に浮かぶ。画材を握ると、手の震えが止まらなくなる。絵を見ると、全身から汗が吹き出し、動悸が止まらない。
 僕以外の皆もそうだ。中には泣き出す子や、トイレに駆け込む人までいた。己の分身とも言える作品と画材を一度に失った傷は、そう簡単に癒えるものじゃない。
 誰も絵を描けないので、先生は焦っていらっしゃる。
「火事に負けるな」
「今は作品を作るんだ」
「一度作ったのだから、もう一度作れるはずだ」
 と応援してくださるけれど、かえって不安が募るばかりだった。
 次第に部室へ来る者は減っていき、展覧会前日には、僕と前田まえだ熊谷くまがやしか来なくなってしまった。
 前田と熊谷は「お前が良からぬことをしでかさないよう見張っているのだよ」と言っていたけれど、その実、彼らも絵を描きたい気持ちがあって来ているのだろう。僕がそうであるように、「何かの拍子に、描けるようになるかもしれない」と期待しているのかもしれない。

     ◯●◯●◯

「うッ」
「成宮君、しっかり!」
 成宮は絵が描けなくなったトラウマが脳裏をよぎり、青ざめた。
 絵を描きたいのに描けない彼らの気持ちが、痛いほど分かった。
「もう読むのやめておきましょうか?」
「いや……最後まで読ませてくれ。美術部は今でも存在しているんだ。彼らがどうやってピンチを乗り切ったのか知りたい」
「……分かったわ」
 マネージャーは成宮を心配しながらも、次のページをめくった。

     ◯●◯●◯

 一月●日
 展覧会が終わった。結局、誰も出品できないまま終わってしまった。
 展覧会が終わると、先生までいらっしゃらなくなった。本当は誰よりも責任を感じていらっしゃったのかもしれない。校内でたまたまお見かけした時は、別人のようにやつれていらっしゃった。

     ◯●◯●◯

 間を置かず、ページをめくる。
 展覧会が終わった後も光太郎と部員達は絵を描けず、来る日も来る日も後悔と自責の念が綴られていた。
 一年最後の日には顧問の先生が部員を集め、
「辞めたいやつは辞めていい。残りの高校生活を棒に振る必要はない」
 と涙ながらに告げた。
 四十人いた部員は大半がやめ、光太郎と二人の友人の三人だけが残った。顧問の教師も学校を去っていった。
「……ずいぶん少なくなっちゃったね」
「ですね。顧問の先生もいなくなってしまいましたし、美術部はこれからどうなっちゃうんでしょう?」
 成宮は未だ、気分がすぐれない。
 一同は不安をあらわに、続きを読んだ。

     ◯●◯●◯

 四月◯日。
 今日から二年生になりました。
 前田も熊谷も書きたがらないので、引き続き(かすれて読めない)光太郎が日誌を担当します。
 顧問の先生は新任の篠田しのだ先生が担当されることになりました。篠田先生は美術の先生ですが、面倒くさがってめったに部室には来ません。僕らも絵を描ける気はしなかったので、むしろ篠田先生が顧問で良かったと思います。
 新入生の何人かは新しく部員として入部しましたが、やる気のある部員は篠田先生が来られないので
張り合いがないのか、三日も経たず辞めてしまいました。
 僕達が辞めれば、篠田先生も部室へいらっしゃって、元の美術部に戻れるのではないかと悩みました。けれど、辞めたらもう二度絵と関わりが持てなくなってしまうような気がして、踏ん切りがつきませんでした。

     ◯●◯●◯

「顧問の先生がサボりってどうなのよ?」
「うちの柄本先生なんて、毎日隣の準備室にいるのにねぇ」
 学年が上がっても、美術部の状況は変わらなかったらしい。
 しかしそれから一週間後、転機が訪れた。

     ◯●◯●◯

 四月×日。
 前田が部室に花札を持ってきました。
 前田は、
「絵を見ると辛くなるはずなのに、花札の絵は平気なんだ! 花札で遊ぶうちに、普通の絵も平気になるかもしれない!」
 と、興奮気味に話していました。
 僕と熊谷は半信半疑で花札をやりました。すると、確かに花札の絵を見ても体調に支障は出ませんでした。花札に熱中していたせいなのかもしれません。
 僕はこういった類いの遊びは苦手なので、二人には全く歯が立ちませんでしたが、とても楽しかったです。あの出来事以来、久しぶりに部室で笑いました。
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