67 / 97
番外編「なぜ、美術部は絵を描かなくなったのか?」
中編
しおりを挟む
成宮達の疑問の答えは、日誌が終わりに近づくにつれて明かされていった。
◯●◯●◯
十二月□日。
学校が火事で燃えてしまった。
僕達の作品も、先輩方の作品も、画材も、全て燃えてしまった。
この日誌はたまたま家に持ち帰っていたので、燃えずに済んだ。けれど、日誌だけあってもしょうがない。
肝心の絵と画材を「家に持ち帰るのが面倒だから」と持ち帰らなかった自分に腹が立つ。
◯●◯●◯
一同は先程とは別の意味で、言葉を失った。
今までの丁寧な文章とは違う。作品と画材を失った怒りと悲しみを込めるかのように書き殴っていた。
「……燃えちゃったんだ、絵」
「あんな素敵な絵だったのにな」
「そういえばこの頃だったわね、自由ノ星高校の旧校舎が燃えたの。当時はよくある木造の校舎でね、消し忘れたストーブの火が燃え移って全焼したらしいわ」
「ご存じだったんですか?」
「これでも一応、生徒会の元役員だったもの。ひと通りの学校史は覚えたわ」
「……展覧会の二週間前だよな? この後、どうなるんだ?」
マネージャーは沈痛な面持ちで、次のページをめくった。
◯●◯●◯
十二月☆日。
展覧会まで、残り一週間を切った。
幸い、部室は他の教室を借り、画材はよその学校から寄付してもらった。
けれど、描く気になれなかった。
絵を描こうとすると、あの凄惨な光景が頭に浮かぶ。画材を握ると、手の震えが止まらなくなる。絵を見ると、全身から汗が吹き出し、動悸が止まらない。
僕以外の皆もそうだ。中には泣き出す子や、トイレに駆け込む人までいた。己の分身とも言える作品と画材を一度に失った傷は、そう簡単に癒えるものじゃない。
誰も絵を描けないので、先生は焦っていらっしゃる。
「火事に負けるな」
「今は作品を作るんだ」
「一度作ったのだから、もう一度作れるはずだ」
と応援してくださるけれど、かえって不安が募るばかりだった。
次第に部室へ来る者は減っていき、展覧会前日には、僕と前田と熊谷しか来なくなってしまった。
前田と熊谷は「お前が良からぬことをしでかさないよう見張っているのだよ」と言っていたけれど、その実、彼らも絵を描きたい気持ちがあって来ているのだろう。僕がそうであるように、「何かの拍子に、描けるようになるかもしれない」と期待しているのかもしれない。
◯●◯●◯
「うッ」
「成宮君、しっかり!」
成宮は絵が描けなくなったトラウマが脳裏をよぎり、青ざめた。
絵を描きたいのに描けない彼らの気持ちが、痛いほど分かった。
「もう読むのやめておきましょうか?」
「いや……最後まで読ませてくれ。美術部は今でも存在しているんだ。彼らがどうやってピンチを乗り切ったのか知りたい」
「……分かったわ」
マネージャーは成宮を心配しながらも、次のページをめくった。
◯●◯●◯
一月●日
展覧会が終わった。結局、誰も出品できないまま終わってしまった。
展覧会が終わると、先生までいらっしゃらなくなった。本当は誰よりも責任を感じていらっしゃったのかもしれない。校内でたまたまお見かけした時は、別人のようにやつれていらっしゃった。
◯●◯●◯
間を置かず、ページをめくる。
展覧会が終わった後も光太郎と部員達は絵を描けず、来る日も来る日も後悔と自責の念が綴られていた。
一年最後の日には顧問の先生が部員を集め、
「辞めたいやつは辞めていい。残りの高校生活を棒に振る必要はない」
と涙ながらに告げた。
四十人いた部員は大半がやめ、光太郎と二人の友人の三人だけが残った。顧問の教師も学校を去っていった。
「……ずいぶん少なくなっちゃったね」
「ですね。顧問の先生もいなくなってしまいましたし、美術部はこれからどうなっちゃうんでしょう?」
成宮は未だ、気分がすぐれない。
一同は不安をあらわに、続きを読んだ。
◯●◯●◯
四月◯日。
今日から二年生になりました。
前田も熊谷も書きたがらないので、引き続き(かすれて読めない)光太郎が日誌を担当します。
顧問の先生は新任の篠田先生が担当されることになりました。篠田先生は美術の先生ですが、面倒くさがってめったに部室には来ません。僕らも絵を描ける気はしなかったので、むしろ篠田先生が顧問で良かったと思います。
新入生の何人かは新しく部員として入部しましたが、やる気のある部員は篠田先生が来られないので
張り合いがないのか、三日も経たず辞めてしまいました。
僕達が辞めれば、篠田先生も部室へいらっしゃって、元の美術部に戻れるのではないかと悩みました。けれど、辞めたらもう二度絵と関わりが持てなくなってしまうような気がして、踏ん切りがつきませんでした。
◯●◯●◯
「顧問の先生がサボりってどうなのよ?」
「うちの柄本先生なんて、毎日隣の準備室にいるのにねぇ」
学年が上がっても、美術部の状況は変わらなかったらしい。
しかしそれから一週間後、転機が訪れた。
◯●◯●◯
四月×日。
前田が部室に花札を持ってきました。
前田は、
「絵を見ると辛くなるはずなのに、花札の絵は平気なんだ! 花札で遊ぶうちに、普通の絵も平気になるかもしれない!」
と、興奮気味に話していました。
僕と熊谷は半信半疑で花札をやりました。すると、確かに花札の絵を見ても体調に支障は出ませんでした。花札に熱中していたせいなのかもしれません。
僕はこういった類いの遊びは苦手なので、二人には全く歯が立ちませんでしたが、とても楽しかったです。あの出来事以来、久しぶりに部室で笑いました。
◯●◯●◯
十二月□日。
学校が火事で燃えてしまった。
僕達の作品も、先輩方の作品も、画材も、全て燃えてしまった。
この日誌はたまたま家に持ち帰っていたので、燃えずに済んだ。けれど、日誌だけあってもしょうがない。
肝心の絵と画材を「家に持ち帰るのが面倒だから」と持ち帰らなかった自分に腹が立つ。
◯●◯●◯
一同は先程とは別の意味で、言葉を失った。
今までの丁寧な文章とは違う。作品と画材を失った怒りと悲しみを込めるかのように書き殴っていた。
「……燃えちゃったんだ、絵」
「あんな素敵な絵だったのにな」
「そういえばこの頃だったわね、自由ノ星高校の旧校舎が燃えたの。当時はよくある木造の校舎でね、消し忘れたストーブの火が燃え移って全焼したらしいわ」
「ご存じだったんですか?」
「これでも一応、生徒会の元役員だったもの。ひと通りの学校史は覚えたわ」
「……展覧会の二週間前だよな? この後、どうなるんだ?」
マネージャーは沈痛な面持ちで、次のページをめくった。
◯●◯●◯
十二月☆日。
展覧会まで、残り一週間を切った。
幸い、部室は他の教室を借り、画材はよその学校から寄付してもらった。
けれど、描く気になれなかった。
絵を描こうとすると、あの凄惨な光景が頭に浮かぶ。画材を握ると、手の震えが止まらなくなる。絵を見ると、全身から汗が吹き出し、動悸が止まらない。
僕以外の皆もそうだ。中には泣き出す子や、トイレに駆け込む人までいた。己の分身とも言える作品と画材を一度に失った傷は、そう簡単に癒えるものじゃない。
誰も絵を描けないので、先生は焦っていらっしゃる。
「火事に負けるな」
「今は作品を作るんだ」
「一度作ったのだから、もう一度作れるはずだ」
と応援してくださるけれど、かえって不安が募るばかりだった。
次第に部室へ来る者は減っていき、展覧会前日には、僕と前田と熊谷しか来なくなってしまった。
前田と熊谷は「お前が良からぬことをしでかさないよう見張っているのだよ」と言っていたけれど、その実、彼らも絵を描きたい気持ちがあって来ているのだろう。僕がそうであるように、「何かの拍子に、描けるようになるかもしれない」と期待しているのかもしれない。
◯●◯●◯
「うッ」
「成宮君、しっかり!」
成宮は絵が描けなくなったトラウマが脳裏をよぎり、青ざめた。
絵を描きたいのに描けない彼らの気持ちが、痛いほど分かった。
「もう読むのやめておきましょうか?」
「いや……最後まで読ませてくれ。美術部は今でも存在しているんだ。彼らがどうやってピンチを乗り切ったのか知りたい」
「……分かったわ」
マネージャーは成宮を心配しながらも、次のページをめくった。
◯●◯●◯
一月●日
展覧会が終わった。結局、誰も出品できないまま終わってしまった。
展覧会が終わると、先生までいらっしゃらなくなった。本当は誰よりも責任を感じていらっしゃったのかもしれない。校内でたまたまお見かけした時は、別人のようにやつれていらっしゃった。
◯●◯●◯
間を置かず、ページをめくる。
展覧会が終わった後も光太郎と部員達は絵を描けず、来る日も来る日も後悔と自責の念が綴られていた。
一年最後の日には顧問の先生が部員を集め、
「辞めたいやつは辞めていい。残りの高校生活を棒に振る必要はない」
と涙ながらに告げた。
四十人いた部員は大半がやめ、光太郎と二人の友人の三人だけが残った。顧問の教師も学校を去っていった。
「……ずいぶん少なくなっちゃったね」
「ですね。顧問の先生もいなくなってしまいましたし、美術部はこれからどうなっちゃうんでしょう?」
成宮は未だ、気分がすぐれない。
一同は不安をあらわに、続きを読んだ。
◯●◯●◯
四月◯日。
今日から二年生になりました。
前田も熊谷も書きたがらないので、引き続き(かすれて読めない)光太郎が日誌を担当します。
顧問の先生は新任の篠田先生が担当されることになりました。篠田先生は美術の先生ですが、面倒くさがってめったに部室には来ません。僕らも絵を描ける気はしなかったので、むしろ篠田先生が顧問で良かったと思います。
新入生の何人かは新しく部員として入部しましたが、やる気のある部員は篠田先生が来られないので
張り合いがないのか、三日も経たず辞めてしまいました。
僕達が辞めれば、篠田先生も部室へいらっしゃって、元の美術部に戻れるのではないかと悩みました。けれど、辞めたらもう二度絵と関わりが持てなくなってしまうような気がして、踏ん切りがつきませんでした。
◯●◯●◯
「顧問の先生がサボりってどうなのよ?」
「うちの柄本先生なんて、毎日隣の準備室にいるのにねぇ」
学年が上がっても、美術部の状況は変わらなかったらしい。
しかしそれから一週間後、転機が訪れた。
◯●◯●◯
四月×日。
前田が部室に花札を持ってきました。
前田は、
「絵を見ると辛くなるはずなのに、花札の絵は平気なんだ! 花札で遊ぶうちに、普通の絵も平気になるかもしれない!」
と、興奮気味に話していました。
僕と熊谷は半信半疑で花札をやりました。すると、確かに花札の絵を見ても体調に支障は出ませんでした。花札に熱中していたせいなのかもしれません。
僕はこういった類いの遊びは苦手なので、二人には全く歯が立ちませんでしたが、とても楽しかったです。あの出来事以来、久しぶりに部室で笑いました。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
心の中に白くて四角い部屋がありまして。
篠原愛紀
青春
その日、私は自分の白い心の部屋に鍵をかけた。
その日、私は自分の白い心の部屋に鍵をかけた。
もう二度と、誰にも侵入させないように。
大きな音を立てて、鍵をかけた。
何色にも染めないように、二度と誰にも見せないように。
一メートルと七十センチと少し。
これ以上近づくと、他人に自分の心が読まれてしまう香澄。
病気と偽りフリースクールに通うも、高校受験でどこに行けばいいか悩んでいた。
そんなある日、いつもフリースクールをさぼるときに観に行っていたプラネタリウムで、高校生の真中に出会う。彼に心が読まれてしまう秘密を知られてしまうが、そんな香澄を描きたいと近づいてきた。
一メートル七十センチと少し。
その身長の真中は、運命だねと香澄の心に入ってきた。
けれど絵が完成する前に真中は香澄の目の前で交通事故で亡くなってしまう。
香澄を描いた絵は、どこにあるのかもわからないまま。
兄の死は香澄のせいだと、真中の妹に責められ、
真中の親友を探すうちに、大切なものが見えていく。
青春の中で渦巻く、甘酸っぱく切なく、叫びたいほどの衝動と心の痛み。
もう二度と誰にも自分の心は見せない。
真っ白で綺麗だと真中に褒められた白い心に、香澄は鍵をかけた。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
十条先輩は、 ~クールな後輩女子にだけ振り向かれたい~
神原オホカミ【書籍発売中】
青春
学校で一番モテる男、十条月日。彼には人に言えない秘密がある。
学校一モテる青年、十条月日。
どれくらいモテるかというと、朝昼放課後の告白イベントがほぼ毎日発生するレベル。
そんな彼には、誰にも言えない秘密があった。
――それは、「超乙女な性格と可愛いものが好き」という本性。
家族と幼馴染以外、ずっと秘密にしてきたのに
ひょんなことから後輩にそれを知られてしまった。
口止めをしようとする月日だったが
クールな後輩はそんな彼に興味を一切示すことがなく――。
秘密を持った完璧王子×鉄壁クール後輩の
恋心をめぐるボーイミーツガールな学園ラブコメ。
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆アルファポリスさん/エブリスタさん/カクヨムさん/なろうさんで掲載してます。
〇構想:2021年、投稿:2023年
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる