美術部俺達

緋色刹那

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第十話「オペレーションM2改(GL注意)」

2,漫研の惨状

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「これだけの才能を燻らせておくなんて、もったいないと思いませんか?」
 柄本が成宮の絵のコピーを鑑賞していると、黒づくめの若い女性が話しかけてきた。都会的で、芸能人のようなオーラがある。
 絵が飾られているのは屋上の踊り場で、窓からはグラウンドが一望できる。ちょうど、成宮の絵のモデルである恩田と、大城の兄の友人である陸上の強化選手が競走していた。
「部活は楽しむ場所だからね。彼がその気じゃないなら、僕も無理には教えられないよ」
「ご自身がそうだったから、ですか?」
 柄本は曖昧に微笑む。
 答えようとしない彼に、女性は淡々と忠告した。
「彼らの貴重な青春を無駄にしないでください。貴方だって、本当だったら今頃は……」
「昔の話だよ。あの頃は後悔してたけど、僕は教師になって良かったと思ってる。こうして君や彼らと出会えたしね」
「……」
 女性は複雑そうに、眉をひそめる。キツい言い回しをしていたものの、それなりに柄本を慕っているらしい。
 「ところで、」と柄本は、ふいに思い出したかのように尋ねた。
「君のところの姉小路さん、うちの生徒にちょっかいかけてるみたいなんだけど……知ってる?」

     ◯●◯●◯

 姉小路が学校に到着したのは、ランチタイムを過ぎた午後だった。
 マネージャーの結婚式へ出席するため、空港で待機していたのだ。報告を受けてすぐに自家用車へ乗り込んだが、途中で何度か渋滞に巻き込まれ、無駄に時間を食ってしまった。
 学校に潜入している部下からは「麻根路屋乙女が放送で呼び出された」という連絡を最後に、応答がない。姉小路自ら学校中を探し回ったが、一人も見つからなかった。
「ったく、なんで誰もいないのよ! まさか帰ったんじゃないでしょうね?!」
 姉小路は怒りをあらわにしながらも、頭の中では冷静にマネージャーの居場所を推理していた。
(あの女が頼れるのは美術部の連中しかいない。美術室は私達が管理してるし、隠れられるとしたら、柄本先生がいる美術準備室か?)
 美術準備室を目指し、階段を駆け上がる。
 体育館はあえて探さなかった。姉小路の手足である文化祭実行委員が大勢いるため、「マネージャーが体育館にいれば、すぐに連絡が来るはず」と安心していた。
 実際は、
「マネージャーさァァァん!!!」
「可愛いよおぉぉぉ!!!」
「キャーッ! こっち向いたぁぁぁ!!!」
 と本来の職務を忘れ、全力で応援していたのだが。
 階段を上るうちに、姉小路は違和感を抱いた。美術準備室が近づくにつれ、客が減っていくのだ。
 美術準備室の前にたどり着く頃には、全く客がいなくなっていた。
「……妙ね。毎年、漫研うちの同人誌目当てのお客でごった返すのに」
 嫌な予感がした。
 姉小路は美術準備室へ乗り込む前に、漫研の同人誌売り場である美術室を覗き見た。
「あっ! ぶちょー、お疲れ様でーす!」
「……」
 反射的にドアを閉めていた。
 今しがた目にした光景が信じられなかった。
「ふ、ふふふふ……おかしいわね。ストレスで幻覚が見えているのかしら?」
 再度、ドアを開く。残念なことに、幻覚ではなかった。
 ピンクのセロファンで覆われた蛍光灯が怪しい光を放ち、どこの部族とも知らぬ民謡が爆音で流れている。同人誌やイラストに混じって、その部族のものと思われるグッズがそこかしこに飾られており、近づけば呪われそうな不気味な雰囲気を漂わせていた。
 売られている同人誌も、姉小路が「過激すぎる」とボツにしたネームを製本したものに変えられている。壁には原稿のコピーが隙間なく掲示され、美術室全体がトンチキモザイク空間へと変貌していた。
「ちょっと、ぶちょー! 無視しないでくださいよー!」
 呆然と立ち尽くす姉小路のもとへ、部族の格好をした阿久津が近づいてくる。
 美術室にいるのは阿久津と数人の部員だけで、客は一人もいない。その上、阿久津以外の部員は姉小路に気づかず、部屋のすみで乙女談義(意味深)に花を咲かせていた。
「阿久津! これはどういうこと?! 何で美術室がこんなことになってるのよ?!」
 姉小路が問い詰めると、阿久津は得意げに胸を張った。
「えへへー、すごいでしょ? おーしろにアドバイスされて、改装したの! これで美術部に圧勝、間違いなしだよ!」
「惨敗するわ! こんな(規制音)で(モザイク)な同人誌、誰も買わないから!」
「ところがどっこい、買ってくれたお客さんもいたんだなぁ。同人誌の間に超リアルなムカデのオモチャを仕込んでおいたから、二度喜んでたよ。びっくりして、同人誌置いて行っちゃったけど」
「それ、嫌がられてんのよ! もう、どいつこいつも余計なことしやがってぇ……ッ!」
 姉小路は怒りで震える。
 敵である大城のアドバイスを鵜呑みにした阿久津にも、素知らぬ顔で乙女談義に花(ラフレシア)を咲かせている部員達にも、腹が立った。
「……ぶちょー、私また何かやらかしちゃった?」
 阿久津はなぜ姉小路が怒っているのか分からず、戸惑う。
 姉小路は「いいのよ」と引きつった笑みを見せた。
「阿久津さんは素直な子だもの、仕方ないわ。問題は……」
 キッと、(朝から)乙女談義に花を咲かせている部員達を睨む。
 ズカズカと歩み寄り、彼女達を叱責した。
「貴方達! 何で阿久津さんを止めなかったの?! この子がやろうとしていることがおかしいって気づいていたでしょう?!」
 すると部員達は話を中断し、冷めた目で姉小路を睨み返してきた。
 今まで他人から向けられたことのない視線に、姉小路は思わず後ずさった。
「おかしくなんかないですよ。姉小路部長にボツにされた原稿を、わざわざ製本して売ってくれるんですよ? 最高じゃないですか。内装も個性的で、面白いし」
「接客も阿久津ちゃんがやってくれるって言うから、他の子みんな文化祭巡りに行っちゃいましたよ。ここのところ部長にダメ出しされまくってたから、ストレス溜まってたんじゃないですかね?」
「そもそも部長、今までどこにいたんです? 今日は大事な文化祭二日目ですよね? 生徒会や文化祭実行委員の子達が探してましたよ」
「まさか今日から海外旅行に行くってウワサ、本当だったんですか?! 面倒な仕事は全部、私達に全部押しつけて?! それで手柄は全部持っていくとか……マジあり得ないんですけど!」
 溜まりに溜まった姉小路への不平不満が、次々に飛び出す。
 彼女達は乙女談義をするためだけに、美術室に残っていたのではない。いつか来るであろう、姉小路を待っていたのだ。
「そ、それには事情が……」
 姉小路は柄にもなく、しどころもどろになる。
 親戚の結婚式とはいえ、海外旅行へ行く予定だったのは本当なのだ。嘘のつきようがなかった。
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