美術部俺達

緋色刹那

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第九話「マネージャー救出作戦!」

3,成宮と音来の一手

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「……でっか。本当にここがマネージャーの家なのか?」
「俺が想像した通りの神☆メイ御殿だ……」
 マネージャーが姉小路との通話を終えた頃、成宮と音来は予定の倍の時間をかけ、彼女の自宅にたどり着いた。
 顔がバレないようお面をつけ、家の周りをゆっくり走りながら様子をうかがう。無意識のうちに口がポカンと開いていた。
 柄本から教わった住所には四階建ての豪邸が建っていた。西洋風のレンガ造りで、庭には色とりどりの花が咲き乱れている。
 警備は厳しく、建物の周りを高いコンクリート塀で囲われ、入口の門の前には屈強そうな警備員が二人立っていた。成宮と音来が屋敷の前を通ると、ジロッと睨まれた。
 彼らの他にも、サングラスをかけた怪しげな黒服達が敷地内を巡回していた。誰にも見つからず、侵入するのは不可能だった。
「建物の裏から行くしかないな。頼んだぞ、音来」
「神☆メイタイムだな。待ちくたびれたぞ」
 音来はニヤリと笑みを浮かべ、成宮と別れる。
 屋敷の横道で止まると、荷台にくくりつけたスピーカーを大音量で鳴らした。もちろん、曲は神☆メイである。閑静な住宅街に、神☆メイの歌声が響き渡った。
「何だ、この音は!」
「やめさせろ!」
 入口の警備員と、庭を巡回していた黒服達が音来のもとへ集まる。
 その隙に成宮は塀にハシゴを立てかけ、乗り越えた。
「成宮君……よね?」
「お、マネージャー」
 マネージャーが部屋の窓を開き、成宮を見下ろす。神☆メイの曲で成宮達の来訪に気づいたらしい。成宮の顔はお面で隠れていたが、声で彼だと気づき、安堵していた。
 一方、部屋の前にいたマネージャーの両親は「何の騒ぎだ!」と驚き、一階へと降りていった。
「待ってろ。今助けるからな」
「え、えぇ」
 成宮は壁の向こうからハシゴを引き上げ、建物の壁へ立てかける。
 そこで致命的なミスに気づいた。
「……悪い、マネージャー。持ってきたハシゴ、二階建て用だったわ」
「……でしょうね。見れば分かるわ」
 マネージャーも残念そうにハシゴを見下ろす。
 マネージャーがいるのは、三階。成宮がハシゴの上に立ったとしても、マネージャーの部屋には到底届きそうもなかった。
「ごめんなさい。うちの家、無駄にデカくて」
「気にすんな。俺がそこまで行くから」
 そう言って成宮はハシゴの頂上まで上ると、建物の壁の取っかかりへ手をかけた。
「まさか、壁を登ってくるつもり?」
「おう。学校の壁より登りやすいぞ」
「登ったことあるの?!」
「遅刻した時、たまにな」
 壁の表面はやすりのようにザラザラとしていた。
 少しでも手を動かすと、すれて傷つく。一段登った頃には、成宮の手のひらはボロボロになっていた。成宮が手をかけた取っかかりには、赤い血の痕が残っていた。
「いって。マネージャーの部屋に着くまでもってくれよ、俺のハンドとハンド」
「……もういいわ、成宮君。ハシゴに戻って」
 その様子を上から見守っていたマネージャーが、泣きそうな顔で言った。
「貴方は美術部なのよ。大切な手を傷つけちゃダメ」
「なら、諦めろと?」
 マネージャーは首を振った。
「私がそっちに行く」
「え」
 マネージャーはゆっくり窓枠に乗り、腰掛ける。
 そして意を決した様子で地面を睨むと、フッと成宮に微笑みかけた。
「ちゃんと受け止めてね」
「ちょ、ちょま、待ていッ?!」
 成宮は大慌てでハシゴへ戻り、手を広げる。
 直後、マネージャーが降ってきた。成宮は間一髪、受け止めた。
「重っ!」
「重いって言わない!」

     ◯●◯●◯

 成宮とマネージャーはハシゴで壁を乗り越え、自転車に乗る。
 「緊急事態だから」と、マネージャーには荷台にくくりつけたハシゴの上に乗ってもらった。お尻が痛くならないよう、畳んだ成宮のブレザーをクッション代わりに敷く。
「成宮、もういいかー?」
「バカ! こっちに来るな!」
 音来が黒服達を引き連れ、向かって来る。
 マネージャーはとっさに顔を背けたが、「乙女様!」と黒服達に気づかれてしまった。
「舞お嬢様、乙女様がお面の男子生徒と共に自転車で脱走しようとしております!」
 すかさず、無線で何者かに連絡する。
 しかし、
『なんて言ったの?! うるさくて聞こえないんだけど!』
「乙女様が! 脱走! しました!」
『はァ?! もっとハッキリ言いなさい!』
 と、音来がすぐ近くで大音量で音楽をかけているせいで、全く会話が成り立っていなかった。
 一方、成宮はジェスチャーを交え、
「お前は俺達が見えなくなるまで、そいつらを引きつけておいてくれ!」
 と、それとなく音来に伝えた。
 ジェスチャーが通じたらしく、音来は「了解」と親指を立てる。そして何を思ったか、スピーカーのボリュームを最大まで上げた。
「うるせっ」
 成宮はその爆音から逃れるように、全力でペダルを漕ぎ出した。マネージャーは振り落とされないよう、彼の背中にしっかりとしがみつく。
 警備員と黒服は爆音にひるんだのか、追ってはこなかった。マネージャーの家はみるみる遠ざかっていき、やがて見えなくなった。
「……すごい音だったわね。音来君は平気なの?」
「あいつが今つけてるのはヘッドホンじゃない、射撃用のイヤーマフだ。その上、耳栓まで付けているらしい。心配しなくても、あいつにはちょうどいい音量に聞こえているんじゃないか?」
「騒音で警察に通報されないといいけど……」
「そうなれば取り調べやらなんやらで、さらに連中を足止めできる。マネージャーの親御さんには悪いが、そっちの方が都合がいい」
 爆音の神☆メイは音来が屋敷から離脱するまで、二人の耳に届いていた。
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