美術部俺達

緋色刹那

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第九話「マネージャー救出作戦!」

2,カゴの中のマネージャー

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 成宮と音来は駐輪場から自転車を押し、校門を抜けた瞬間にまたがった。
 校門の前には既に、生徒の保護者や来客が集まっている。剛田も車を駐車場へ誘導するために立っていた。
「おい! お前達、どこへ行くつもりだ?! そろそろ開場の時間だぞ?!」
「マネージャーが寝坊したので、迎えに行ってきまーす」
「文化祭が終わる前には戻ってくるんで見逃してくださーい」
「嘘つけ! あの麻根路屋が遅刻なんてするわけないだろう! 今度は何をしでかすつもりだー?!」
 剛田は校門の前で誘導灯を振り回す。車を誘導しなくてはならないので追っては来ない。
 それをいいことに、成宮と音来は剛田を無視して走り去った。
 途中、音来の家に寄って、ハシゴと大型スピーカーを外へ運んだ。成宮はハシゴ、音来はスピーカーを自転車の荷台にくくる。どちらもそれなりに重量があり、助走しなければ進まないほどだった。
「重っ。この状態でマネージャーの家まで走るの、キツくないか?」
「フッ。神☆メイの歌声を聴くためなら造作もないさ」
 音来は格好つけていたが、彼の自転車もほとんど進んではいなかった。

     ◯●◯●◯

 その頃、マネージャーはポールハンガーを手に、自室のベッドの上でうずくまっていた。
 成宮達が助けに来ると信じ、私服から制服に着替えてある。
「乙女! いい加減、ここを開けなさい!」
「福太郎さんに迷惑をかける気か?!」
 部屋の外ではマネージャーの両親がドアを叩いている。本棚やクローゼットなど、ありったけの家具をドアの前に積んでおいたので、外から開けられる心配はない。
 窓にも鍵をかけておいた。万が一入ってこようものなら、ポールハンガーを使って突き倒すつもりだ。
(成宮君達、無茶しないといいけど……)
 その時、電話がかかってきた。
 表示された名前に、顔をしかめる。ろくな用でないことは分かっていたが、念のため出た。
「……もしもし」
『カゴの中の小鳥に戻った気分はどう?』
 電話の相手は姉小路だった。愉快でたまらないとばかりに、せせら笑う。
 マネージャーの眉間のシワがさらに深くなった。
「何かご用ですか? 私、貴方の相手をしているほど暇じゃないんですけど」
『でしょうね。福太郎兄さんから結婚の催促をされたのでしょう? ごめんなさいね、学校まで辞めることになっちゃって』
「兄さん?」
 姉小路の妙に親しげな口ぶりに、違和感を覚えた。マネージャーの婚約者の名前も「福太郎」だが、彼に妹がいるというのは初耳だった。
 姉小路は『あら、知らなかったの?』と嗤いながら答えた。
『彼、私の従兄弟なの。最近、貴方と会えなくて寂しいっておっしゃってたから、貴方が学校でどんな風に過ごしているのか教えて差し上げたのよ』
「余計なことを……」
 マネージャーは忌々しそうに舌打ちした。
(妙にタイミングが悪いとは思っていたけど、全部姉小路の差し金だったのね……!)
 彼女の手の上で踊らされていたと知り、怒りがこみ上げてくる。
 と同時に、「たかが美術部のために、なぜそこまでするのか?」と不思議に思った。姉小路の行動は、とっくに嫌がらせの限度を超えている。よほどの恨みがない限り、ここまでするとは考えられなかった。
「どうして、そうまでして私達に勝ちたいの? 生徒会長である貴方の権限をもってすれば、部室も部費も好きなだけ手に入れられるじゃない。それとも、美術部を廃部にすること自体が目的なの? 私達、貴方に恨みを買うようなことした?」
 矢継ぎ早に問いかける。
 少なくとも、マネージャーにはその自覚がなかった。
『……えぇ、したわ。貴方達じゃなくて、貴方達の先代が、だけど』

     ◯●◯●◯

 姉小路は美術部を恨むに至った経緯を語った。
『中学生の頃、私はとある芸術家にのめり込んでいた。画集や複製原画は全て手に入れたし、小さな作品ならお小遣いを貯めて買った。やがて志望校を選ぶ段階になった時、私はその人が自由ノ星高校美術部の出身だと知ったの』
「……」
『私は周囲の反対を押しきり、数多の難関校からの推薦を蹴って、自由ノ星高校へ入学したわ。何でもいい……その人が残した痕跡を見つけたかった。私は期待に胸を弾ませ、美術室のドアを開いたわ』
 なのに、と姉小路は怒りで声が震えた。
『入った瞬間、全てを裏切られた! 憧れのあの人が過ごした場所は美術部とは名ばかりの、下等なレクリエーション部へ成り下がっていたのよ! あの人の痕跡どころか、芸術性のカケラもなかったわ! あまつさえ、"君もレクリエーションに興味があるの?"なんて勧誘してきたのよ?! 冗談じゃない! 私はあんなもののために全てを投げ出したんじゃないのに!』
「……」
 ハァハァ、と姉小路の荒い息づかいがスピーカー越しに聞こえてくる。
 完全に逆恨みだったものの、マネージャーも初めて美術部を訪れた時の衝撃を思い出し、
(まぁ、分からなくもないか)
 と同情した。
『だから私は漫研に入ったの。真面目に絵を描いている漫研が本気を出せば、美術部なんて簡単に乗っ取れるはずだって思ったから。想定よりも手こずったけど、ようやく美術部の負の歴史を終えられそうだわ。他の三人が望むのなら、うちの部に入れてあげてもいいわよ? 貴方は何も悩まず、福太郎兄さんの元へ嫁げばいい』
 それじゃ、と姉小路はクスクス笑いながら、電話を切った。
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