美術部俺達

緋色刹那

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第八話「文化祭スタンプラリー」

3,スタンプラリーの狙い

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 その後、姉小路は残りのスタンプを集めて回った。
 いずれも自力ではスタンプ台を見つけられず、成宮のクラスのストラックアウトのように課題をこなした。そのうち三つは全て二年生のクラスの出し物で、あきらかに成宮の手が入っていると分かるほどゲーム性が高く、妙に設定が凝っていた。
 そして、いずれのクラスのスタンプ台には成宮のクラス同様、美術部が描いた絵が飾られていた。中には夏のコンクールで受賞した成宮と音来の絵のコピーが飾られている場所もあり、絵を見た生徒の間で話題になっていた。
 姉小路はスタンプ台を回るうちに、美術部の狙いに気づいた。
「……なるほど。客にスタンプラリーをさせることで、校内に分散して掲示されている絵を観に来させているのね。同人誌製作にかまけて、美術部の活動を疎かにしていたら指摘しようと思っていたけど、あらかじめ手を打っていたなんて……麻根路屋、やはり侮れないわ」
 悔しそうに眉をしかめる。しかし彼女の口元には余裕の笑みが浮かんでいた。

     ◯●◯●◯

 姉小路が全てのスタンプを集め終え、美術部の屋台に戻ってきたのは、昼を過ぎた頃だった。
「スタンプラリークリア、おめでとうございマスッ!」
「こちら、参加賞のオリジナルしおりデスッ!」
「なお、スタンプの場所は他の方には教えないようお願いしマスッ!」
 大城、音来、マネージャーは階段下の狭い屋台に並んで座り、姉小路を迎える。一日目は学内公開なため、正門でのスタンプラリー冊子の販売は行なっていない。三人とも清々しいほどの営業スマイルを浮かべており、かえって不気味だった。
 音来がスタンプの確認し、大城が冊子の裏表紙に「クリア!」と彫られた大きなハンコを押し、マネージャーが参加賞のしおりをランダムに選んで、冊子と一緒に姉小路へ渡す。差し出したしおりは、マネージャーが描いた不気味な黒猫の絵だった。
「いらないわよ、こんな不気味なしおり!」
 姉小路はしおりを床へ叩きつけ、踏みつける。
「不気味とは何よ! 可愛い黒猫ちゃんでしょうが!」
 マネージャーは姉小路に食ってかかろうとしたが、飛んできた成宮と大城に止められた。
「マネージャー、落ち着け!」
「残念だけど、姉小路先輩が言ってることは正しい!」
「怖すぎて不評だもんな」
「貴方達、どっちの味方なのよ?!」
 文字通り手も足も出ないマネージャーを前に、姉小路は「いい気味ね」と嗤った。
「スタンプラリーの冊子を同人誌として出すなんて馬鹿げてるって抗議しようと思ったけれど、今回は同人誌のジャンルもページ数も指定してなかったし、多めに見てあげるわ。せいぜい小金を稼ぐことね」
「望むところよ!」
 姉小路は勝ち誇ったように「オホホホ」と笑いながら去っていく。
 遠ざかっていく彼女の背中を、マネージャーは憎らしそうに睨んでいた。
「……嫌な女。まだ勝負はついてないのに、もう勝った気でいるわ。ずいぶん自信があるのね」
「大丈夫。負けやしないさ」
 殺気立つマネージャーを、成宮は励ました。
「明日の一般公開には他校の学生や家族連れ、カップルが大勢来る。勝負はまだまだこれからだ」

     ◯●◯●◯

 夕方。文化祭一日目が終わり、姉小路は文化祭実行委員を通して、露店ごとの売り上げ金額を知らされた。もちろん、その中には美術部と漫研の売り上げも含まれていた。
 その結果、幸いにも漫研が美術部の売り上げを上回っていた。しかしその差は想定よりも僅差で、二日目の売り上げ次第では追い抜かれる可能性すらあった。
「な、何でよ?! 一冊あたりの単価はうちの方が高いでしょ?!」
 情報を知らせてきた文化祭実行委員に、姉小路が問い詰める。
 実行委員の男子生徒は「それはそうですけど、」とためらいながらも、答えた。
「マラソン大会での一件と絵の受賞以来、美術部の連中は密かに人気者になってますからね。みんな、何かしらの形で美術部と関わりたいと思ってるんじゃないですか?」
「関わりたい? あんな馬鹿連中と?」
「だって、ほら」
 そう言って実行委員が見せたのは、美術部が製作したスタンプラリーの冊子だった。実行委員が私的に仕入れたものらしく、裏表紙にはクリアの証である「クリア!」と彫られたスタンプが押されている。
 その三ページ目……スタンプを押す二ページ目の次のページを開き、姉小路に見せた。
「これ全部、連中のですよ?」
「……は?」
 そこには「協賛」と題し、様々な露店や部活動、クラスの名前が細かい字でびっしりと書かれていた。スタンプラリーの冊子を売っていたタピオカ屋やスタンプ台が置かれていた教室、成宮の絵のモデルとなった恩田が所属する陸上部の名前まである。
 姉小路が確認した結果、漫研と生徒会以外の組織は全て、名前が書かれていた。
「いつのまに、ここまで……」
「やっぱ、マネージャーさんの手腕じゃないですか? うちにも何度か来ましたけど、なかなかの切れ者ですよねぇ。美人だし!」
 実行委員はマネージャーに気があるのか、声高に熱弁した。どうやら彼も隠れ美術部ファンらしかった。
「明日はどんなことすんのかなぁ? 一日目にはない仕掛けをするって言ってたし、楽しみだなぁ。マネージャーさん、ミスコン出ないかなぁ」
「……させない」
 姉小路は怒りの形相で、静かに呟いた。
 浮かれている実行委員の耳には、彼女の言葉が届かなかった。
「これ以上は何もさせない……させてたまるもんですか」
 そう言って姉小路はおもむろにスマホを取り出すと、美術室で作業中の妹尾に連絡した。
『部長、お疲れ様です!』
 姉小路直々の電話とあって、電話口の妹尾は緊張している様子だった。
 姉小路は出来るだけ優しい口調で、妹尾に言った。
「妹尾さん。貴方にしか出来ない仕事があるんだけど……いい?」
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