美術部俺達

緋色刹那

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第七話「同人誌を作ろう!」

4,阿久津の誘い

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 ファミレスでの話し合いを終え、皆と解散した後、大城は一人帰路についた。
 西の空に沈みかけた太陽が、街をオレンジ色に染めている。大城と同じように帰宅途中の学生や買い物帰りの主婦と、たびたびすれ違った。
「……スタンプラリーかぁ」
 成宮の案は全会一致で可決された。
 大城も賛同した一人ではあったが、漫画を描くつもりだっただけに、内心複雑だった。
『スタンプラリーの冊子を同人誌として売るんだ。これなら絵は最小限で済むし、漫画に興味がない奴でも楽しめる。壁に掲示する絵はスタンプの目印、僻地にあてがわれた屋台はスタンプラリーのゴールにする。人通りの多い正門前で手売りする。それから屋台を借りてる連中にも、"売り上げの何割かをやる"という条件で委託販売を依頼する。景品は決めていないが、美術部らしいものがいいな。俺達が絵を描いたしおりとかトレーディングカードとか……』
『他の屋台で使える割引券でもいいわね。絵に興味ない人だと、そっちの方が喜ばれそう』
『神☆メイのグッズなら欲しいがな』
 成宮の案を聞いたマネージャーと音来の反応を思い出す。二人は大城とは違い、完全に乗り気だった。
「……確かに、同人誌は漫画同人誌だけを示しているわけじゃない。同じ趣味や志を持った人間が集まって作ったもののことを同人誌って呼ぶんだ。だから僕達が集まってる時点で、どんな本も同人誌になる……例えそれがスタンプラリーの冊子だったとしても」
 大城はなにも、成宮を批判しているわけではなかった。
 肝心な時にスランプになった自分を恥じ、悔いているのだった。「自分がスランプではなければ、漫画の同人誌を出せたのに」と。
「……人生で最初に出す同人誌は、四十四人の美少女達がほのぼの百合学園ライフを送る"白百合女学院"にするって決めてたのになぁ。現実は上手く行かないや」
「隙ありっ」
 その時、後ろから阿久津が走ってきて、大城が背負っているリュックに手を突っ込んだ。中から菓子パンを取り出し、包装を破いてパクつく。
「わーっ! 僕の夕方のオヤツがーっ!」
 大城は阿久津に気づき、慌ててパンを取り戻そうとする。
 しかし阿久津はすばしっこく、大城では捕まえられそうになかった。
「そんなに漫画が描きたいなら、うちに来ればいいじゃん。"漫研に勝てる自信がない"って部長に言えば、入れてくれると思うよ」
「言うわけないだろ! 大体、漫研が描く漫画ってBLばっかで、男しか出てこないし! 僕は可愛い女の子が描きたいんだ!」
 大城は阿久津の誘いを頑なに突っぱねる。
 すると阿久津はキョトンと目を丸くした。
「知ってるよ? おーしろ、びーえるより百合の方が好きだもんね」
「う、うん。そうだよ。何で知ってるの?」
「リュックの中に、他の漫研の子が持ってる百合の漫画がいっぱい入ってたから」
 そう言うと阿久津は菓子パンと一緒に大城のリュックから盗み出した漫画を三冊、見せびらかした。
 いずれの表紙も女の子と女の子がイチャコラしており、一眼見ただけで「こりゃ百合だな」と分かってしまう代物ばかりだった。
「うぎゃーっ! 今すぐ返して!」
 大城は人目につくのを恐れ、奪い返す。阿久津は菓子パンの時とは違い、あっさり漫画を手放した。
「確かに描いてる漫画はびーえるが多いけど、百合が好きな子もいっぱいいるよ。おーしろが描くなら、他の子達も協力してくれると思う。部長もおーしろが寝返ってさえくれれば、それ以上は何も言わないだろうし」
「……」
 大城は一瞬想像した。自分が漫研の女子達と漫画を描く光景を……。
 悔しいことに、存外悪くはなかった。美術部に入ることになった要因とはいえ、大勢の女の子達に囲まれながら大好きな絵を描けるなど、これ以上の幸せはないと思った。
 しかし、その輪に成宮達が含まれていないのは我慢ならなかった。
「……ごめん。僕はもう、美術部だから。誘うなら、僕が入学する前の文化祭で誘って欲しかったな」
 大城は漫画をリュックに戻すと、阿久津に背を向け、立ち去った。阿久津も追っては来なかった。
 おそらく阿久津は姉小路の指示で、大城を懐柔しに来たのだろう。そのような見えすいた誘いに乗るほど、大城も甘くは……
「漫研に入ったら、オヤツ食べ放題だよ!」
「なぬっ?!」
 ……甘く、は?
「ジュースも飲み放題だよ!」
「ぬあーっ!」
「取材ってことで、高級料理も食べに行けるよ! もちろん全額部費で」
「あぁもぉぉ!!! 聞こえなぁぁぁい!」
 ……甘くはなかった。
 大城は背後から聞こえてくる阿久津の誘いを大声を上げて妨害し、全速力で走って逃げて行った。
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