36 / 97
第六話「腐女子会(BL注意)」
4,部長VSマネージャー
しおりを挟む
漫画研究部の部室は、パソコン室と同じ匂いがした。かつては紙とインクで原稿を描くことが多かったようだが、今はパソコンのソフトを使って描く方が主流だった。
成宮達が聞いていた通り、漫研の部室は普通の教室の半分ほどの広さしかなく、十人余りの部員と人数分のパソコンでスペースが完全に埋まっていた。姉小路がいたのは部室の最も奥にある席で、高級そうな椅子に腰掛け、高級そうなティーカップを使って、高級そうな紅茶を優雅にたしなんでいた。
「……いた」
マネージャーはノックもせず部室のドアを開け、姉小路を見つけると、彼女の元へずかずかと歩いて行った。
一方、成宮達は漫研の緊張感に萎縮し、ドアの前から動けなかった。
「マネージャー、よく行くなぁ」
「こんな女子しかいない空間、怖くて入れないよ……」
「作業に集中してる今なら、奴らを仕留められるんじゃないか?」
「音来、ハウス」
ドアの隙間から顔を覗かせ、マネージャーの動向を見守る。
マネージャーは一人、姉小路の元へたどり着くと、彼女の机を力任せに「バンッ!」と叩いた。
「部室を賭けて、勝負しましょう」
姉小路はマネージャーを無視し、ティータイムを続ける。他の部員も何人か視線を向けただけで、大半は作業に没頭していた。
マネージャーも姉小路の返事を待たず、一方的に勝負の詳細を話した。
「文化祭でより多くの部数の自作同人誌を売った方が勝ちよ。ジャンルや冊数は制限しない。うちが勝ったら、部室は渡してもらうわ」
「負けたらどうするの?」
姉小路はティーカップから視線をそらすことなく、マネージャーに尋ねた。
「我が漫画研究部の大事な部室を賭けるんですもの。相応の報酬がないと、受ける気にはならないわね」
「万が一、美術部が負けたら……部費の半額を漫研に渡すわ」
マネージャーの衝撃的な一言に、成宮達はざわついた。
「ちょっ?!」
「何ですと?!」
「ただでさえ少ないのに、正気か?!」
以前までの美術部の部費は専ら、ボードゲームやレクリエーションの素材を購入するのに使われていた。一度買えば半永久的に遊べるものも多く、余り気味だったのだが、最近は定期的に画材を買うようになったため、毎月苦しかった。
報酬を聞いた姉小路は「半額?」とマネージャーを見上げ,ニヤリと笑った。
「それじゃ、釣り合わないわ。全額よ。どうせ毎日遊んでばかりいるんだから、部費なんて無くてもやっていけるでしょ?」
「チッ……分かったわ」
マネージャーは渋々、条件を受け入れた。ここで話がこじれて、勝負が出来なくなるよりはいいと考えたのだろう。
「それじゃ、次は文化祭で」
「えぇ。自称美術部がどんな同人誌を作ってくるのか……楽しみだわ」
一瞬、姉小路はドアの隙間から覗いていた大城に視線を向け、冷ややかに笑った。その笑みを見た瞬間、大城は「ヒッ!」と悲鳴を上げ、ドアから跳びのいた。
外からでは、部室の中の様子は窺い知れない。しかし大城には姉小路と漫研の部員達が自分に向かって嫌悪の眼差しを送り、コソコソと陰口を囁き合っているように思えてならなかった。
「う、うぅ……僕は女の子が描ければそれでいいんだ……同人誌なんて、同人誌なんて……」
「大城?」
成宮は大城の異変に気づき、心配そうに顔を覗き込んだ。
大城の顔はショックで顔を色を失い、全身に大粒の汗をかいていた。
「大丈夫か? 何か様子が変だぞ」
「ひ、ひぃぃ……!」
直後、大城は廊下をボテボテと走り、逃げて行った。
成宮ならば追いつけない速度ではなかったが、大城の気持ちを汲み、あえて引き止めなかった。
「大城くん、どうしたの?」
「腹でも壊したんじゃないか?」
ちょうど部室から出て来たマネージャーと、大城の心に全く興味のない音来も、不思議そうに大城を見送った。
◯●◯●◯
作業を終え、帰り支度を始めた漫研の部室は盛り上がっていた。美術室にいた部員も加わり、姦しく話している。
「美術部と同人誌対決、楽しみ!」
「毎年同人誌作って売るだけの、ワンパターンだったもんねぇ」
「どんな同人誌を作ってくるんだろう? この前賞を取った絵の雰囲気だったら、かなりクオリティ高いんじゃない?」
「いっそ、BL本作ってくんないかなぁ。男子だけで作るとか、萌えるじゃん」
「そのままリアルでも恋に発展したりして……うほっ、これは見逃せませんわ」
彼女達は大城の不安とは裏腹に、美術部がどんな同人誌を作るのか楽しみにしていた。
姉小路にはそれが面白くなかったのか、「おしゃべりはほどほどにして、早く帰りなさい」と部員達を部室から追い出した。部員達は部室を出た後も美術部との対決について話しながら、去って行った。
やがて部室に誰もいなくなると、姉小路は深くため息をついた。
「はぁ……馬鹿な子達。いかに美術部が下等で汚らわしいか、知らないのね。今のうちに手を打っておかないと」
胸ポケットからスマホを取り出し、複数の連絡先へメールを送信する。
さらにそれとは別に、何処かへ電話をかけた。
「もしもし、福太郎兄さん? ちょっと相談なんだけど……」
こうして美術部と漫画研究部による、仁義なき同人誌即売会対決が幕を開いたのだった。
(第七話へ続く)
成宮達が聞いていた通り、漫研の部室は普通の教室の半分ほどの広さしかなく、十人余りの部員と人数分のパソコンでスペースが完全に埋まっていた。姉小路がいたのは部室の最も奥にある席で、高級そうな椅子に腰掛け、高級そうなティーカップを使って、高級そうな紅茶を優雅にたしなんでいた。
「……いた」
マネージャーはノックもせず部室のドアを開け、姉小路を見つけると、彼女の元へずかずかと歩いて行った。
一方、成宮達は漫研の緊張感に萎縮し、ドアの前から動けなかった。
「マネージャー、よく行くなぁ」
「こんな女子しかいない空間、怖くて入れないよ……」
「作業に集中してる今なら、奴らを仕留められるんじゃないか?」
「音来、ハウス」
ドアの隙間から顔を覗かせ、マネージャーの動向を見守る。
マネージャーは一人、姉小路の元へたどり着くと、彼女の机を力任せに「バンッ!」と叩いた。
「部室を賭けて、勝負しましょう」
姉小路はマネージャーを無視し、ティータイムを続ける。他の部員も何人か視線を向けただけで、大半は作業に没頭していた。
マネージャーも姉小路の返事を待たず、一方的に勝負の詳細を話した。
「文化祭でより多くの部数の自作同人誌を売った方が勝ちよ。ジャンルや冊数は制限しない。うちが勝ったら、部室は渡してもらうわ」
「負けたらどうするの?」
姉小路はティーカップから視線をそらすことなく、マネージャーに尋ねた。
「我が漫画研究部の大事な部室を賭けるんですもの。相応の報酬がないと、受ける気にはならないわね」
「万が一、美術部が負けたら……部費の半額を漫研に渡すわ」
マネージャーの衝撃的な一言に、成宮達はざわついた。
「ちょっ?!」
「何ですと?!」
「ただでさえ少ないのに、正気か?!」
以前までの美術部の部費は専ら、ボードゲームやレクリエーションの素材を購入するのに使われていた。一度買えば半永久的に遊べるものも多く、余り気味だったのだが、最近は定期的に画材を買うようになったため、毎月苦しかった。
報酬を聞いた姉小路は「半額?」とマネージャーを見上げ,ニヤリと笑った。
「それじゃ、釣り合わないわ。全額よ。どうせ毎日遊んでばかりいるんだから、部費なんて無くてもやっていけるでしょ?」
「チッ……分かったわ」
マネージャーは渋々、条件を受け入れた。ここで話がこじれて、勝負が出来なくなるよりはいいと考えたのだろう。
「それじゃ、次は文化祭で」
「えぇ。自称美術部がどんな同人誌を作ってくるのか……楽しみだわ」
一瞬、姉小路はドアの隙間から覗いていた大城に視線を向け、冷ややかに笑った。その笑みを見た瞬間、大城は「ヒッ!」と悲鳴を上げ、ドアから跳びのいた。
外からでは、部室の中の様子は窺い知れない。しかし大城には姉小路と漫研の部員達が自分に向かって嫌悪の眼差しを送り、コソコソと陰口を囁き合っているように思えてならなかった。
「う、うぅ……僕は女の子が描ければそれでいいんだ……同人誌なんて、同人誌なんて……」
「大城?」
成宮は大城の異変に気づき、心配そうに顔を覗き込んだ。
大城の顔はショックで顔を色を失い、全身に大粒の汗をかいていた。
「大丈夫か? 何か様子が変だぞ」
「ひ、ひぃぃ……!」
直後、大城は廊下をボテボテと走り、逃げて行った。
成宮ならば追いつけない速度ではなかったが、大城の気持ちを汲み、あえて引き止めなかった。
「大城くん、どうしたの?」
「腹でも壊したんじゃないか?」
ちょうど部室から出て来たマネージャーと、大城の心に全く興味のない音来も、不思議そうに大城を見送った。
◯●◯●◯
作業を終え、帰り支度を始めた漫研の部室は盛り上がっていた。美術室にいた部員も加わり、姦しく話している。
「美術部と同人誌対決、楽しみ!」
「毎年同人誌作って売るだけの、ワンパターンだったもんねぇ」
「どんな同人誌を作ってくるんだろう? この前賞を取った絵の雰囲気だったら、かなりクオリティ高いんじゃない?」
「いっそ、BL本作ってくんないかなぁ。男子だけで作るとか、萌えるじゃん」
「そのままリアルでも恋に発展したりして……うほっ、これは見逃せませんわ」
彼女達は大城の不安とは裏腹に、美術部がどんな同人誌を作るのか楽しみにしていた。
姉小路にはそれが面白くなかったのか、「おしゃべりはほどほどにして、早く帰りなさい」と部員達を部室から追い出した。部員達は部室を出た後も美術部との対決について話しながら、去って行った。
やがて部室に誰もいなくなると、姉小路は深くため息をついた。
「はぁ……馬鹿な子達。いかに美術部が下等で汚らわしいか、知らないのね。今のうちに手を打っておかないと」
胸ポケットからスマホを取り出し、複数の連絡先へメールを送信する。
さらにそれとは別に、何処かへ電話をかけた。
「もしもし、福太郎兄さん? ちょっと相談なんだけど……」
こうして美術部と漫画研究部による、仁義なき同人誌即売会対決が幕を開いたのだった。
(第七話へ続く)
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
深海の星空
柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」
ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。
少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。
やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。
世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
僕は 彼女の彼氏のはずなんだ
すんのはじめ
青春
昔、つぶれていった父のレストランを復活させるために その娘は
僕等4人の仲好しグループは同じ小学校を出て、中学校も同じで、地域では有名な進学高校を目指していた。中でも、中道美鈴には特別な想いがあったが、中学を卒業する時、彼女の消息が突然消えてしまった。僕は、彼女のことを忘れることが出来なくて、大学3年になって、ようやく探し出せた。それからの彼女は、高校進学を犠牲にしてまでも、昔、つぶされた様な形になった父のレストランを復活させるため、その思いを秘め、色々と奮闘してゆく
四条雪乃は結ばれたい。〜深窓令嬢な学園で一番の美少女生徒会長様は、不良な彼に恋してる。〜
八木崎(やぎさき)
青春
「どうしようもないくらいに、私は貴方に惹かれているんですよ?」
「こんなにも私は貴方の事を愛しているのですから。貴方もきっと、私の事を愛してくれるのでしょう?」
「だからこそ、私は貴方と結ばれるべきなんです」
「貴方にとっても、そして私にとっても、お互いが傍にいてこそ、意味のある人生になりますもの」
「……なら、私がこうして行動するのは、当然の事なんですよね」
「だって、貴方を愛しているのですから」
四条雪乃は大企業のご令嬢であり、学園の生徒会長を務める才色兼備の美少女である。
華麗なる美貌と、卓越した才能を持ち、学園中の生徒達から尊敬され、また憧れの人物でもある。
一方、彼女と同じクラスの山田次郎は、彼女とは正反対の存在であり、不良生徒として周囲から浮いた存在である。
彼は学園の象徴とも言える四条雪乃の事を苦手としており、自分が不良だという自己認識と彼女の高嶺の花な存在感によって、彼女とは距離を置くようにしていた。
しかし、ある事件を切っ掛けに彼と彼女は関わりを深める様になっていく。
だが、彼女が見せる積極性、価値観の違いに次郎は呆れ、困り、怒り、そして苦悩する事になる。
「ねぇ、次郎さん。私は貴方の事、大好きですわ」
「そうか。四条、俺はお前の事が嫌いだよ」
一方的な感情を向けてくる雪乃に対して、次郎は拒絶をしたくても彼女は絶対に諦め様とはしない。
彼女の深過ぎる愛情に困惑しながら、彼は今日も身の振り方に苦悩するのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる