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第四話「美術部だってマラソンしたいっ!」
6,成宮の過去
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一通り絵を見終わった後、一同は成宮の話を聞くため、展示室からホールへ移動した。
長椅子に腰を下ろし、成宮が口を開くのを待つ。
「……初めて絵を褒められたのは、幼稚園の頃だったな」
成宮は天井からぶら下がっているシャンデリアを見上げ、絵を描かなくなった経緯をぽつぽつと話し始めた。
「授業で絵を描くたびに、先生や周りの大人から褒められたんだ。うちの親は感情を表に出す方ではなかったから、あんなふうに褒められたこと自体がカルチャーショックだったよ。展覧会で賞をもらったこともあったな。特別、絵を描くことが好きだったわけじゃなかったんだが、周りの大人から褒められるのが嬉しくて、よく描いて見せていたよ」
褒められていた、と言う割には、成宮の表情は浮かなかった。
「だが小学校に上がると、徐々に褒められなくなっていった。教師は美しい絵や個性的な絵よりも、教科書通りの、年相応の絵を描くよう指導し始めた。中学校ではその方針がさらに悪化し、"もっと中学生らしい絵を描け"、"中学生に芸術が分かるはずがない"、"俺の言った通りに描け"と教師から罵倒された。提出した絵を勝手に破棄されて、何度も描き直させられたこともあったな。居残りさせられるたびに、クラスメイト達からは冷ややかな視線を浴びたよ」
「ひどい……」
「完全にパワハラじゃない!」
話を聞いた大城とマネージャーは憤慨する。
音来も黙ったまま、険しい顔をしていた。
「……だよな。俺以外のクラスメイトも泣かされてたよ。周りの大人共は"それも含めて指導"って言ってたけどな」
「その人、今も教師を続けてるのかな?」
「さぁな。だとしたら、後輩が哀れだよ。中には、絵を描くことが嫌いになったやつもいるかもしれない……俺と同じように」
成宮は顔も知らぬ後輩を憂い、顔を曇らせた。
「俺はその経験がキッカケで、絵を描くことがトラウマとなり、一切絵が描けなくなった。描こうとすると、過去の嫌な記憶がフラッシュバックして、あの教師やクラスメイト達の幻聴が聞こえるようになった。俺も最初は絵が描けなくなって戸惑ったが、他人から求められてもいないものをわざわざ描く必要はないと気づいてからは、描こうともしなくなった」
でも、と成宮は自身の絵が飾られている展示室の方へ視線を向け、穏やかに微笑んだ。
「恩田の絵を描き上げて、分かったんだ。俺は自分が思っていた以上に、絵を描くことが好きなんだって。描きたくなったが最後、絵を完成させるまでは、何があっても絵を優先させるほどに、絵を描かずにはいられないんだって」
「うん。マラソン中に走って行っちゃったもんね」
「おかげで、俺達のノドはしばらく使い物にならなくなったけどな」
成宮が列を抜けて走り去っていく様子を見ていた大城と音来は大きく頷く。
マネージャーは「それは自業自得よ」と呆れた。
「それにしても、恩田くんには感謝しないといけないわね。成宮くんのトラウマを治して、絵を描けるようにしてくれたんだから。来月には文化祭もあるし、今まで描いて来なかった分、ジャンジャン描いてもらうからね!」
マネージャーは文化祭への期待に胸を膨らませ、意気込む。
すると成宮は「あー、悪い」と、軽い調子で謝った。
「絵、まだ描けねぇんだ」
「何言ってるのよ」
「ちゃんと描けてたじゃん」
「賞までもらってたぞ」
他の三人は展示室を指差し、反論する。
しかし成宮は首を振った。
「あの絵を描いた後、他にも絵が描けるか試してみたが、手が動かなかった。幻聴やフラッシュバックこそなかったが、まだ完全には治っていないらしい。悪いが、文化祭にはお前達だけで参加してくれ」
「えーっ! あんなに上手だったのに?!」
「そんな……成宮くんの絵で、来年の新入部員を集めようと思ってたのに!」
「嫌だッ! これ以上、至福の時間を奪われたくないッ!」
三人は頭を抱え、愕然とする。
どうやら、成宮が描く絵を相当頼りにしていたらしい。
成宮は彼らの様子を見て、先ほど自分が言った言葉を思い返した。
『他人から求められてもいないものをわざわざ描く必要はない』
「いや……今は、違うな」
今は、成宮の絵を必要としてくれる人間がいる。
他人の評価など関係ない……ただ、描くだけでいいと言ってくれる仲間がいる。
成宮が絵を描けるようになるのも、そう遠くはないのかもしれない。
長椅子に腰を下ろし、成宮が口を開くのを待つ。
「……初めて絵を褒められたのは、幼稚園の頃だったな」
成宮は天井からぶら下がっているシャンデリアを見上げ、絵を描かなくなった経緯をぽつぽつと話し始めた。
「授業で絵を描くたびに、先生や周りの大人から褒められたんだ。うちの親は感情を表に出す方ではなかったから、あんなふうに褒められたこと自体がカルチャーショックだったよ。展覧会で賞をもらったこともあったな。特別、絵を描くことが好きだったわけじゃなかったんだが、周りの大人から褒められるのが嬉しくて、よく描いて見せていたよ」
褒められていた、と言う割には、成宮の表情は浮かなかった。
「だが小学校に上がると、徐々に褒められなくなっていった。教師は美しい絵や個性的な絵よりも、教科書通りの、年相応の絵を描くよう指導し始めた。中学校ではその方針がさらに悪化し、"もっと中学生らしい絵を描け"、"中学生に芸術が分かるはずがない"、"俺の言った通りに描け"と教師から罵倒された。提出した絵を勝手に破棄されて、何度も描き直させられたこともあったな。居残りさせられるたびに、クラスメイト達からは冷ややかな視線を浴びたよ」
「ひどい……」
「完全にパワハラじゃない!」
話を聞いた大城とマネージャーは憤慨する。
音来も黙ったまま、険しい顔をしていた。
「……だよな。俺以外のクラスメイトも泣かされてたよ。周りの大人共は"それも含めて指導"って言ってたけどな」
「その人、今も教師を続けてるのかな?」
「さぁな。だとしたら、後輩が哀れだよ。中には、絵を描くことが嫌いになったやつもいるかもしれない……俺と同じように」
成宮は顔も知らぬ後輩を憂い、顔を曇らせた。
「俺はその経験がキッカケで、絵を描くことがトラウマとなり、一切絵が描けなくなった。描こうとすると、過去の嫌な記憶がフラッシュバックして、あの教師やクラスメイト達の幻聴が聞こえるようになった。俺も最初は絵が描けなくなって戸惑ったが、他人から求められてもいないものをわざわざ描く必要はないと気づいてからは、描こうともしなくなった」
でも、と成宮は自身の絵が飾られている展示室の方へ視線を向け、穏やかに微笑んだ。
「恩田の絵を描き上げて、分かったんだ。俺は自分が思っていた以上に、絵を描くことが好きなんだって。描きたくなったが最後、絵を完成させるまでは、何があっても絵を優先させるほどに、絵を描かずにはいられないんだって」
「うん。マラソン中に走って行っちゃったもんね」
「おかげで、俺達のノドはしばらく使い物にならなくなったけどな」
成宮が列を抜けて走り去っていく様子を見ていた大城と音来は大きく頷く。
マネージャーは「それは自業自得よ」と呆れた。
「それにしても、恩田くんには感謝しないといけないわね。成宮くんのトラウマを治して、絵を描けるようにしてくれたんだから。来月には文化祭もあるし、今まで描いて来なかった分、ジャンジャン描いてもらうからね!」
マネージャーは文化祭への期待に胸を膨らませ、意気込む。
すると成宮は「あー、悪い」と、軽い調子で謝った。
「絵、まだ描けねぇんだ」
「何言ってるのよ」
「ちゃんと描けてたじゃん」
「賞までもらってたぞ」
他の三人は展示室を指差し、反論する。
しかし成宮は首を振った。
「あの絵を描いた後、他にも絵が描けるか試してみたが、手が動かなかった。幻聴やフラッシュバックこそなかったが、まだ完全には治っていないらしい。悪いが、文化祭にはお前達だけで参加してくれ」
「えーっ! あんなに上手だったのに?!」
「そんな……成宮くんの絵で、来年の新入部員を集めようと思ってたのに!」
「嫌だッ! これ以上、至福の時間を奪われたくないッ!」
三人は頭を抱え、愕然とする。
どうやら、成宮が描く絵を相当頼りにしていたらしい。
成宮は彼らの様子を見て、先ほど自分が言った言葉を思い返した。
『他人から求められてもいないものをわざわざ描く必要はない』
「いや……今は、違うな」
今は、成宮の絵を必要としてくれる人間がいる。
他人の評価など関係ない……ただ、描くだけでいいと言ってくれる仲間がいる。
成宮が絵を描けるようになるのも、そう遠くはないのかもしれない。
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