美術部俺達

緋色刹那

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第一話「美術部、廃部の危機! それでも俺達はレクリエーションをやめない……」

おまけ:絵しりとりの行方(前編)

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 後日、成宮達は新しく美術部に入部した女子生徒に
「そういえば、絵しりとりリレーってどんな感じになったの?」
 と尋ねられ、あの日のスケッチブックを見せることになった。
「なかなかシュールだぞ」
「興味深い結果になったよね」
「俺のヘッドホンが、色んな知らない奴に使われた……」
「ありがとね、音来くん。このゲームが成り立ったのは、君のヘッドホンのおかげだよ」
 女子生徒はしりとりの絵を最初から最後まで通して確認し、首を傾げた。
「これ、しりとりになってるの?」
「いや?」
「なってないね」
 描いた生徒から答えを聞いていた成宮達も首を振る。
「黒のサインペンしか用意してなかったせいか、みんな勘違いしちゃったみたい」
「まぁ、これぞ絵しりとりの醍醐味だけどな」
 成宮は女子生徒からスケッチブックを引き受け、大城と共にそれぞれの絵について説明した。
「まず、最初の絵だ」
 成宮が表紙をめくると、りんごの絵が現れた。

「俺達は最初のお題をしりとりの"り"から始まる絵にしてもらった」
「これはりんごよね。分かりやすいわ」
「ただ……問題は次だ」
 そう言うと成宮は紙をめくり、二枚目の絵を開いた。

「……何なの、これは?」
「ゴリラだそうだ」
「ゴリラ?!」
 女子生徒は絵をマジマジと観察し、ゴリラの要素を探す。
「確かに、鼻はゴリラっぽいけど……全体的見ると、びっくりしてる人間みたいに見えるわね」
 彼女の言葉に、大城も「そうなんだよね」と頷いた。
「このゴリラよりも人間寄りなゴリラの絵によって、次の絵が生まれてしまうんだよ」
 大城は紙をめくり、三枚目の絵を見せた。

「……さっきの絵って、ゴリラだったはずよね?」
 女子生徒は動揺を隠せず、大城に確認した。
「そうだね」
 成宮も大城も女子生徒の気持ちがよく分かるらしく、複雑そうな表情を浮かべる。
「でも……これは魚よね?」
 三枚目の紙に描かれていたのは、魚にしか見えないほど細身のイルカだった。
「魚だね」
「本当はイルカだけどな」
 成宮と大城も頷き、同意する。
「……どうしてゴリラからイルカが?」
 すると大城はポケットからスマホを取り出し、一枚の写真を女子生徒に見せた。そこには黒板の前に立ち、授業を行なっているジャージ姿の大柄な男が映っていた。
「この人、誰か知ってる?」
「体育教師の剛田ごうだ先生でしょう? ……って、まさか!」
 女子生徒は先程のゴリラを思い出し、ハッとした。
 大城も「そのまさかだよ」と頷いた。
「三番目の人は、このゴリラの絵を剛田先生だと思っちゃったんだよ。まぁ実際、剛田先生は驚くと、こういう顔になっちゃうんだけどね」
「それでイルカになったのね」
「うん。でも、勘違いはこれだけじゃ終わらなかったんだ……」
 大城は次の絵を見せた。

 四枚目はシカの絵だった。ツノが線で描かれており、木の枝のようにも見える。
「この人も僕達と同じように、イルカを魚だと思ったんだ。何の魚かまでは分からなかったから、二枚目の絵を確認してイワシだって考えたみたい」
「……最初が"イ"ってことは、またゴリラを剛田先生だと思われてるじゃない」
 女子生徒は「びっくりしているゴリラ=剛田先生」という認識が生徒共通だという事実に呆れた。
「でもこれならシカだって分かるから、大丈夫ね」
 しかし成宮と大城は「いやいや」と首を振った。
「ここからが本当の恐怖の始まりだよ」
「ともかく、次に絵を見てくれ」

 五枚目の絵を見て、女子生徒は状況が理解出来ず、ポカンとした。
「これは石よね?」
 成宮と大城は黙って頷く。
「でも……さっきの絵はシカだったわよね?」
「この絵を描いたやつは盆栽だと思ってたけどな」
「ぼっ?!」
 女子生徒は再度、シカの絵を確認した。ツノこそ貧弱だが、どう見ても可愛らしいシカにしか見えない。
「何処が盆栽なのよ?! 大体、盆栽に顔なんてついてないでしょ?!」
「これ描いたの、盆栽部の人だったんだよ」
「"枝がついているから、盆栽だ!"って言ってたな」
「どんな理論よ。でも、これなら石だって分かりやすいわね」

 六枚目の絵が出てきた途端、女子生徒の眉と眉の間のシワが深くなった。
「何処から出てきたの、このチーズは?」
「六枚目のやつは五枚目の絵だけを見て判断したんだが、あらゆる物が食べ物に見える変わり者でな、"点がたくさんついている楕円形のものと言えば、みかんだ! でもみかんじゃ終わるから、柑橘系のどれかだ!"と言って、その時一番食べたかったすだちを選んだ。結果、すだちの"ち"から始まるチーズになったというわけだ」
「お願いだから、他の絵も見て欲しかった……」

 七枚目の絵は女子生徒にも分からなかった。険しい眼差しでジッと目を凝らすが、絵がシンプル過ぎて、分かりにくいようだった。
 しばし考え込んでいたが、やがて諦め、成宮と大城に尋ねた。
「ごめんなさい、分からないわ。答えは?」
 その時、吹奏楽部の演奏が階下から聞こえてきた。成宮はちょうどトランペットのソロパートになったところで床を指差し、答えた。
「ラッパ」
「シンプル過ぎる」
「でも昔のラッパってこんな感じじゃない?」
「それはそうだけど……で、どうしてチーズからラッパに?」
 成宮と大城は当時のことを思い出し「この時は大変だったよ」と肩をすくめた。
「この絵を描いた子にチーズの絵を見せたら、悲鳴上げられちゃってさー。たまたま通りかかった剛田先生に見つかって、すごい剣幕で怒られちゃった」
「もう剛田先生はいいわよ。それにしても、どうしてその人はチーズの絵を見て、悲鳴を上げたのかしら?」
 すると成宮はチーズの絵を開き、女子生徒の目の前に突き出した。女子生徒は思わず、身を引く。
「この絵……ジッと見ていると、ムズムズしてこないか?」
 女子生徒は成宮に言われるまま、チーズの絵を見つめようとした。しかしだんだんと体がゾワゾワとする感覚に襲われ、視線を背けた。
「ウッ……なるほど、集合体恐怖症だったのね、その子」
「そう。俗に言う、ハスコラというやつだ。俺達は剛田先生になんとか企画を説明し、相手の生徒にも続きの絵を描いてもらった。彼女はチーズの絵をまともに見ることが出来ず"穴だらけの絵は全部ハスコラよ! この絵を描いた馬鹿をしばいてくる!"と言って、ハスコラの"ラ"から始まるラッパを描いて、チーズの絵を描いた生徒をしばきに去っていった」
「チーズの絵を描いてしばかれるなんて、不条理だわ……ご愁傷様」
 女子生徒はチーズに絵を描いた誰かを憂い、紙をめくった。
(後編に続く)
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