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第2部 第1章「ミッドナイトアパート」
第2話『ハエ族』前編
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朝、学校へ行くためにアパートを出た夢花は、ゴミ捨て場の前で歩夢に出会った。
「歩夢お兄さん、おはよう!」
「おはよう、夢花ちゃん」
元気いっぱいに挨拶する夢花に対し、歩夢は血色の悪い顔で返す。目の下には薄くクマが出来ていた。
「お兄さん、また夜更かししたの?」
「うん。公募の締め切りが近くて、つい」
「もー! 体壊したら、どうすんの?!」
「ごめん、ごめん」
歩夢は作家を志し、日夜原稿の執筆に明け暮れていた。
時には一睡もせず、徹夜で書くこともあったが、送った原稿の結果はどれも芳しくなかった。
「でも、今回は上手く行きそうなんだ。前に送った時は最終選考まで行ったし、次こそ受賞してみせるよ」
「無理しないでね。お兄さんが倒れたら、悲しくなっちゃうから。私に協力出来ることがあったら、何でも言って! 他の候補者を皆殺しにするとか、お兄さんが受賞出来るよう、選考委員の人を操るとか」
夢花は歩夢を心配する一方で、サラッと物騒なことを口にする。
夢花の申し出に、歩夢は「うーん」と暫し考え、答えた。
「今はまだいいかな。後々怪しまれると厄介だし、真っ当な手段で受賞したいんだ。だから、それとは別に頼みたいことがあるんだけど」
「頼みたいこと?」
歩夢は青白い顔で薄く笑み、「そう」と頷いた。
「五月蝿いコバエを駆除して欲しいんだ」
その夜、夢花は自室で本を読んでいた。隣りの部屋で寝ている継父にバレないよう、布団をかぶり、スマホの明かりで本を照らす。
時刻は日付けが変わった、午前零時。いつもならとっくにベッドへ入っている時間だったが、歩夢の頼みごとを遂行するため、頑張って起きていた。
読んでいるのは、幼い女の子が古びた屋敷に囚われ、様々な化け物に追われる話だった。女の子は物陰へ隠れ、化け物をやり過ごしつつ、屋敷からの脱出を試みる。
やがて物語の展開は佳境に入り、女の子は屋敷の主人である不気味な女と対峙する場面に差し掛かったところで、
「ブォーン」
「うひゃっ?!」
外から騒々しい走行音が聞こえてきた。
すっかり物語に入り込んでいた夢花は音に驚き、思わず悲鳴を上げる。幸い、継父は寝入っていたので、起きて来なかった。
窓から音のした方を見ると、三台のバイクの集団が騒々しく音を立てながら、閑散とした大通りを走り去っていくのが見えた。遠目からなので顔ははっきりとは見えないが、歩夢と同年代か、高校生くらいの若い男達だった。
「……アイツらね。お兄さんが言ってたのは」
夢花は殺意剥き出しで暴走族達を凝視し、窓ガラスに爪を立てた。
朝、夢花は歩夢から暴走族の騒音について相談を受けていた。
「せっかく筆が乗っていても,彼らの騒音が聞こえると、一気に現実に引き戻されてしまって上手く書けないんだ。昼間は他にも色んな音がするから気にならないけど、夜は静まり返っているから余計に気になるのかもね。本当は自分で対処するべきなんだけど、夜の僕はただの無力な人間だから」
「任せて、お兄さん! お兄さんの邪魔をする連中は、私が残らず消してみせるわ!」
夢花は歩夢を想い、依頼を引き受けた。
と同時に、歩夢の邪魔をする暴走族達に怒り、憎悪した。
「……頑張ってるお兄さんを困らせるなんて、許せない。五月蝿いコバエは始末しないと」
そう呟く彼女の目には、明確な殺意が宿っていた。
夜な夜な友人達とバイクで好き勝手に走るのが、ショウの唯一の楽しみだった。
高校を中退し、親戚がやっている工務店に大工見習いとして就職してからというものの、毎日退屈し、鬱屈とした日々を過ごしていた。
仕事は疲れるし、つまらないし、ヘマをすれば親方に叱られる。家に帰ったら帰ったで、父親は怒鳴り散らして暴れ、母親はヒステリックに泣き叫ぶ。友人達も同じような境遇だった。
「イェーイ!」
「サイコー!」
「このままガソスタまで競走な!」
爆音に負けじと、大声を張り上げる。何をやっても、誰にも咎められないこの時間だけは、ショウは自由の身になれた気がした。
憂さを晴らせるなら、他人に迷惑をかけてもいい……むしろ、他人に迷惑をかけることが快感だと、ショウも友人達も考えていた。
「歩夢お兄さん、おはよう!」
「おはよう、夢花ちゃん」
元気いっぱいに挨拶する夢花に対し、歩夢は血色の悪い顔で返す。目の下には薄くクマが出来ていた。
「お兄さん、また夜更かししたの?」
「うん。公募の締め切りが近くて、つい」
「もー! 体壊したら、どうすんの?!」
「ごめん、ごめん」
歩夢は作家を志し、日夜原稿の執筆に明け暮れていた。
時には一睡もせず、徹夜で書くこともあったが、送った原稿の結果はどれも芳しくなかった。
「でも、今回は上手く行きそうなんだ。前に送った時は最終選考まで行ったし、次こそ受賞してみせるよ」
「無理しないでね。お兄さんが倒れたら、悲しくなっちゃうから。私に協力出来ることがあったら、何でも言って! 他の候補者を皆殺しにするとか、お兄さんが受賞出来るよう、選考委員の人を操るとか」
夢花は歩夢を心配する一方で、サラッと物騒なことを口にする。
夢花の申し出に、歩夢は「うーん」と暫し考え、答えた。
「今はまだいいかな。後々怪しまれると厄介だし、真っ当な手段で受賞したいんだ。だから、それとは別に頼みたいことがあるんだけど」
「頼みたいこと?」
歩夢は青白い顔で薄く笑み、「そう」と頷いた。
「五月蝿いコバエを駆除して欲しいんだ」
その夜、夢花は自室で本を読んでいた。隣りの部屋で寝ている継父にバレないよう、布団をかぶり、スマホの明かりで本を照らす。
時刻は日付けが変わった、午前零時。いつもならとっくにベッドへ入っている時間だったが、歩夢の頼みごとを遂行するため、頑張って起きていた。
読んでいるのは、幼い女の子が古びた屋敷に囚われ、様々な化け物に追われる話だった。女の子は物陰へ隠れ、化け物をやり過ごしつつ、屋敷からの脱出を試みる。
やがて物語の展開は佳境に入り、女の子は屋敷の主人である不気味な女と対峙する場面に差し掛かったところで、
「ブォーン」
「うひゃっ?!」
外から騒々しい走行音が聞こえてきた。
すっかり物語に入り込んでいた夢花は音に驚き、思わず悲鳴を上げる。幸い、継父は寝入っていたので、起きて来なかった。
窓から音のした方を見ると、三台のバイクの集団が騒々しく音を立てながら、閑散とした大通りを走り去っていくのが見えた。遠目からなので顔ははっきりとは見えないが、歩夢と同年代か、高校生くらいの若い男達だった。
「……アイツらね。お兄さんが言ってたのは」
夢花は殺意剥き出しで暴走族達を凝視し、窓ガラスに爪を立てた。
朝、夢花は歩夢から暴走族の騒音について相談を受けていた。
「せっかく筆が乗っていても,彼らの騒音が聞こえると、一気に現実に引き戻されてしまって上手く書けないんだ。昼間は他にも色んな音がするから気にならないけど、夜は静まり返っているから余計に気になるのかもね。本当は自分で対処するべきなんだけど、夜の僕はただの無力な人間だから」
「任せて、お兄さん! お兄さんの邪魔をする連中は、私が残らず消してみせるわ!」
夢花は歩夢を想い、依頼を引き受けた。
と同時に、歩夢の邪魔をする暴走族達に怒り、憎悪した。
「……頑張ってるお兄さんを困らせるなんて、許せない。五月蝿いコバエは始末しないと」
そう呟く彼女の目には、明確な殺意が宿っていた。
夜な夜な友人達とバイクで好き勝手に走るのが、ショウの唯一の楽しみだった。
高校を中退し、親戚がやっている工務店に大工見習いとして就職してからというものの、毎日退屈し、鬱屈とした日々を過ごしていた。
仕事は疲れるし、つまらないし、ヘマをすれば親方に叱られる。家に帰ったら帰ったで、父親は怒鳴り散らして暴れ、母親はヒステリックに泣き叫ぶ。友人達も同じような境遇だった。
「イェーイ!」
「サイコー!」
「このままガソスタまで競走な!」
爆音に負けじと、大声を張り上げる。何をやっても、誰にも咎められないこの時間だけは、ショウは自由の身になれた気がした。
憂さを晴らせるなら、他人に迷惑をかけてもいい……むしろ、他人に迷惑をかけることが快感だと、ショウも友人達も考えていた。
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