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第1部 第3章「蓄積悪夢」
第5話『待合室』⑺
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ツネトキは一旦目覚め、再度眠りについた。
早朝のオフィスへ戻ってくると、今度は屋上へ向かうのではなく、オフィスの窓を開け放った。窓枠に腰掛け、身を乗り出す。ツネトキの不安とは裏腹に、爽やかな風が彼を吹きつけた。
やがて奇声と共に、土田が屋上から落ちてきた。ツネトキは自らの体をクッションにし、土田を両手で抱き留めた。
「うぐっ!」
反動で、体が後ろへ反る。支えていた下半身が浮き上がり、土田もろとも落下した。
(やばいやばいやばい!!! 俺が死んだら、どうなるんだ? またループできるのか? でも、土田が助かったら、悪夢は終わるんだよな? 終わったら、俺は生き返らないんじゃないのか?!)
地面が近づき、ツネトキは焦る。
ふと、己の腕の中にいる土田を見た。意識を失い、静かに寝息を立てている。生きている彼女を目にし、全てがどうでも良くなった。
(……まぁいいか。どのみち彼女は死んでるし、俺もそれに続くだけだ)
恐ろしくて、地面は見なかった。
しばし不気味な浮遊感を味わったのち、突然地面に叩きつけられた。全身の骨が粉々に砕けるような、猛烈な痛みがツネトキを襲う。ツネトキがクッションになったおかげで、土田は無傷だった。
「いてて。土田、大丈夫か?」
「……」
「土田?」
土田は顔を上げる。その顔は大量のピンクのツツジの花を集めて出来ていた。
「うわぁっ!」
ツネトキは反射的に、土田を両手で押し退ける。
すると土田の体は服もろともピンクのツツジの花へと変わり、崩れた。花は風で舞い上がり、ツネトキの視界を埋め尽くす。ツネトキは花を払いのけようと、必死にもがいた。
「何なんだよ、この花は! 何で土田が花に変わるんだよ! アイツを助けたら、悪夢は終わるんじゃなかったのか?!」
その時、花と花の隙間から例の少女と青年が立っているのが見えた。二人はもがいているツネトキを見て、笑っていた。
「あはははは!」
「うふふふふ!」
「お前ら、グルだったのか! 笑ってないで助けろよ!」
花はどんどん増えていく。
仕舞いにはツネトキの鼻と口に詰まり、彼を窒息させた。
「もがもが……」
ツネトキの視界が暗転する。
目が覚めると、自宅の布団の上でもがいていた。念のためもう一度眠ったが、夢を見ないまま一時間ほどで目が覚めた。
定期検診のため精神科を訪れると、あれだけ待っても現れなかったピンクのコートの少女が待合室に来ていた。
最初に会った時と同じように、父親はおらず、病弱そうな青年と仲良く談笑している。
「……」
ツネトキは無言で、彼らの後ろの席に座った。聞きたいことは山ほどあったが、また会話をさえぎって恨まれたらと困る。
二人は夢で見たものの話をしていたが、ツネトキが後ろに座った途端、話題を変えた。
「そういえば知ってる? ジェーオー株式会社のビルの屋上から、"土田カオリ"って女の人が飛び降りた事件」
少女が尋ねると、青年は「知ってるよ」と頷いた。
「二ヶ月くらい前にニュースで見たなぁ。自殺するつもりだったけど、奇跡的に軽傷で済んだんだよね?」
「……は?!」
ツネトキは思わず立ち上がった。
ジェーオー株式会社はツネトキと土田が働いている会社だ。同姓同名の社員が同じ日に飛び降りたとも考えにくい。二人が話している女性は、間違いなく土田のことだった。
突然立ち上がったツネトキに、青年と少女は怪訝な顔をする。
ツネトキは「す、すまん」と驚かせたことを謝ったのち、二人に尋ねた。
「その話、本当か? 飛び降りた社員はどうなった?」
どうにか機嫌を損ねずに済んだらしい。
青年と少女はツネトキに微笑み、答えた。
「怪我の方はすぐに治ったみたいですよ。でも、ひどく混乱しているらしくて、今もこの病院で治療を受けているそうです」
「私のお家ね、ジェーオー株式会社の向かいにあるんだよ! だから、お姉さんが飛び降りるところ見てたんだー。助かって良かったよね!」
(どういうことだ……? 土田が生きてるだと? しかも、同じ病院にかよってる? 俺は一度も彼女と会っていないぞ?)
狐につままれたような気分だった。土田の死すらも幻だったというのか?
(俺はいつから夢を見ていたんだ? それとも、こいつらが嘘をついているのか? だとしても、どうやって土田のことを知った?)
一つだけ、確かめる方法があった。
ツネトキは動揺を隠し、二人に尋ねた。
「その人がいつ頃に受診しに来るか、知らないか? 俺はどうしてもその人に会わなくちゃならないんだ」
「……おじさん、もしかしてそのお姉さんが飛び降りたの、自分のせいだって思い込んでない?」
少女はツネトキの質問には答えずに、意味深に聞き返した。
「な、何で知ってるんだ?」
「やっぱり」
少女はにっこりと笑った。
「だっておじさん……お姉さんのことが見えてないんだもん」
早朝のオフィスへ戻ってくると、今度は屋上へ向かうのではなく、オフィスの窓を開け放った。窓枠に腰掛け、身を乗り出す。ツネトキの不安とは裏腹に、爽やかな風が彼を吹きつけた。
やがて奇声と共に、土田が屋上から落ちてきた。ツネトキは自らの体をクッションにし、土田を両手で抱き留めた。
「うぐっ!」
反動で、体が後ろへ反る。支えていた下半身が浮き上がり、土田もろとも落下した。
(やばいやばいやばい!!! 俺が死んだら、どうなるんだ? またループできるのか? でも、土田が助かったら、悪夢は終わるんだよな? 終わったら、俺は生き返らないんじゃないのか?!)
地面が近づき、ツネトキは焦る。
ふと、己の腕の中にいる土田を見た。意識を失い、静かに寝息を立てている。生きている彼女を目にし、全てがどうでも良くなった。
(……まぁいいか。どのみち彼女は死んでるし、俺もそれに続くだけだ)
恐ろしくて、地面は見なかった。
しばし不気味な浮遊感を味わったのち、突然地面に叩きつけられた。全身の骨が粉々に砕けるような、猛烈な痛みがツネトキを襲う。ツネトキがクッションになったおかげで、土田は無傷だった。
「いてて。土田、大丈夫か?」
「……」
「土田?」
土田は顔を上げる。その顔は大量のピンクのツツジの花を集めて出来ていた。
「うわぁっ!」
ツネトキは反射的に、土田を両手で押し退ける。
すると土田の体は服もろともピンクのツツジの花へと変わり、崩れた。花は風で舞い上がり、ツネトキの視界を埋め尽くす。ツネトキは花を払いのけようと、必死にもがいた。
「何なんだよ、この花は! 何で土田が花に変わるんだよ! アイツを助けたら、悪夢は終わるんじゃなかったのか?!」
その時、花と花の隙間から例の少女と青年が立っているのが見えた。二人はもがいているツネトキを見て、笑っていた。
「あはははは!」
「うふふふふ!」
「お前ら、グルだったのか! 笑ってないで助けろよ!」
花はどんどん増えていく。
仕舞いにはツネトキの鼻と口に詰まり、彼を窒息させた。
「もがもが……」
ツネトキの視界が暗転する。
目が覚めると、自宅の布団の上でもがいていた。念のためもう一度眠ったが、夢を見ないまま一時間ほどで目が覚めた。
定期検診のため精神科を訪れると、あれだけ待っても現れなかったピンクのコートの少女が待合室に来ていた。
最初に会った時と同じように、父親はおらず、病弱そうな青年と仲良く談笑している。
「……」
ツネトキは無言で、彼らの後ろの席に座った。聞きたいことは山ほどあったが、また会話をさえぎって恨まれたらと困る。
二人は夢で見たものの話をしていたが、ツネトキが後ろに座った途端、話題を変えた。
「そういえば知ってる? ジェーオー株式会社のビルの屋上から、"土田カオリ"って女の人が飛び降りた事件」
少女が尋ねると、青年は「知ってるよ」と頷いた。
「二ヶ月くらい前にニュースで見たなぁ。自殺するつもりだったけど、奇跡的に軽傷で済んだんだよね?」
「……は?!」
ツネトキは思わず立ち上がった。
ジェーオー株式会社はツネトキと土田が働いている会社だ。同姓同名の社員が同じ日に飛び降りたとも考えにくい。二人が話している女性は、間違いなく土田のことだった。
突然立ち上がったツネトキに、青年と少女は怪訝な顔をする。
ツネトキは「す、すまん」と驚かせたことを謝ったのち、二人に尋ねた。
「その話、本当か? 飛び降りた社員はどうなった?」
どうにか機嫌を損ねずに済んだらしい。
青年と少女はツネトキに微笑み、答えた。
「怪我の方はすぐに治ったみたいですよ。でも、ひどく混乱しているらしくて、今もこの病院で治療を受けているそうです」
「私のお家ね、ジェーオー株式会社の向かいにあるんだよ! だから、お姉さんが飛び降りるところ見てたんだー。助かって良かったよね!」
(どういうことだ……? 土田が生きてるだと? しかも、同じ病院にかよってる? 俺は一度も彼女と会っていないぞ?)
狐につままれたような気分だった。土田の死すらも幻だったというのか?
(俺はいつから夢を見ていたんだ? それとも、こいつらが嘘をついているのか? だとしても、どうやって土田のことを知った?)
一つだけ、確かめる方法があった。
ツネトキは動揺を隠し、二人に尋ねた。
「その人がいつ頃に受診しに来るか、知らないか? 俺はどうしてもその人に会わなくちゃならないんだ」
「……おじさん、もしかしてそのお姉さんが飛び降りたの、自分のせいだって思い込んでない?」
少女はツネトキの質問には答えずに、意味深に聞き返した。
「な、何で知ってるんだ?」
「やっぱり」
少女はにっこりと笑った。
「だっておじさん……お姉さんのことが見えてないんだもん」
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