悪夢症候群

緋色刹那

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第1部 第3章「蓄積悪夢」

第5話『待合室』⑶

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 待合室で一日粘ったが、少女は来なかった。
「くそッ。また明日来るか」
 諦めて席を立つ。
 すると、別の科の待合室から懐かしい名前が聞こえてきた。
高富たかとみさーん、高富マリさーん」
「高富マリ……?」
 思わず足を止め、目を向ける。
 マリは全身に包帯を巻き、車椅子に乗っていた。母親らしき老女に車椅子を押してもらい、診察室へと入っていく。
 高富マリは以前、ツネトキが貢いでいた同僚だった。ツネトキが殺意を向けたことで、原因不明の病に罹り、全身穴だらけになったらしい。
 マリと母親が診察室に消えると、受付にいる職員がヒソヒソと小声でウワサし始めた。
「あの人でしょ? 全身の毛穴からダイヤモンドが出てきた患者さん」
「そうそう。体中穴だらけになっちゃって、婚約者にも逃げられちゃったらしいわよ。気の毒よねぇ」
(ダイヤモンド? 本気で言ってるのか?)
 ツネトキは耳を疑う。二人は大真面目に話し込んでいた。
「でも、ダイヤモンドでしょ? 売ったら、すごい額になるんじゃない?」
「それが、研究資料として全部没収されちゃったらしいわ。しかも、無償で」
「全部?! いくら研究のためだからって、横暴過ぎじゃない? 私だったら隠しちゃうかも」
 毛穴からダイヤモンド。
 全身穴だらけ。
 昨夜ツネトキが見た夢と、完全に一致している。これは偶然なのだろうか?
(たまたま……だよな? アイツらが俺を脅したから、夢見が悪くなったんだ)
 その時、フロア中に不気味な少女の笑い声が響き渡った。
『キャハハハッ!』
「ひぃっ!」
 反射的に耳を押さえる。
 声はテレビから聞こえていた。どうやら、昔のドラマの再放送をやっているらしい。
「ったく、まぎらわしいテレビだな。もっと音量落とせよ」
 ツネトキは恨めしそうに、テレビを睨む。
 だが、テレビは正常に映り続けた。力はまだ戻っていないらしい。



 ツネトキは重い足取りで帰宅した。
 また夜まで寝てしまい、目が覚めると部屋は真っ暗になっていた。
「電気、電気……」
 ツネトキはよろよろと立ち上がる。壁伝いに歩き、部屋の照明のスイッチを探し当てた。
 部屋の照明を点け、振り返ると、例の少女が笑顔で立っていた。
「どわぁっ!」
「キャハハハッ! びっくりした? ねぇ、びっくりしたでしょ?」
「してない! 勝手に入ってくるなって言っただろ!」
「今日も追いかけっこしに来てあげたよ。今度こそ、私を捕まえてね?」
 そう言うと少女は走り出し、ツネトキの部屋を出ていく。昨晩と同じ展開だった。
「おい、待て!」
 ツネトキは少女を追いかけた。少女を捕まえなければ、またあの過酷な罰ゲームを受けさせられてしまう。
 どこを走っているのか分からないほど暗かったが、不思議と少女の姿ははっきり見えていた。
 やがて、古びた雑居ビルに到着した。少女はビルの中へ入ると、軽やかな足取りで階段を上っていった。
「ここって……俺が前にいたクソ職場じゃないか。どうしてこんな近場に?」
 ツネトキも少女を追って、階段を上る。
 そこはツネトキがマリに復讐した後に左遷させられた、末端部署のオフィスだった。職場環境と人間関係が劣悪で、何度も力を使ったのを覚えている。
 ウワサでは、ツネトキが退社した後に部署は解体されたそうだが、オフィスの窓には会社のシールが貼られたままになっていた。
 ツネトキが階段を上りきったところで、「ゴール!」と少女の声が聞こえた。少女は閑散としたオフィスで、勝ち誇ったようにガッツポーズしていた。
「アンド、罰ゲーム決定ー! 起きたらびっくり、地獄のはじまりはじまり~。キャハハッ!」
「ま、待て!」
 少女はツネトキに手を振り、オフィスの窓から飛び降りる。窓に駆け寄り、下を見たが、暗くて何も見えなかった。
 次第に、意識が遠のく。ドアから外へ出ようとしたが、ドアは消え、ただの壁になっていた。


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