悪夢症候群

緋色刹那

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第1部 第3章「蓄積悪夢」

第5話『待合室』⑴

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 土田が死んで、一ヶ月が経った。
 ツネトキはショックで鬱になり、定期的に精神科へかよっている。処方された薬を飲んでも、カウンセリングを受けても、心は晴れない。いっそ、何もかも打ち明けてしまおうかと思ったが、
「どうせ、信じてもらない。薬を増やされるだけだ」
 と、やめた。



 ある日、病院の待合室で見慣れぬ痩身の青年とピンクのダッフルコートを着た少女が談笑していた。精神を病んでいるとは思えないほど、生き生きとしている。
 傍から見れば、微笑ましい光景。だが、ツネトキにとっては目障りで耳障りでしかなかった。
 きっと彼らは何の悩みもなく、毎日ああして楽しく過ごしているのだろう。それがツネトキには許せなかった。
(元気なら来るな! ここは病人が来るところだぞ!)
 ツネトキは椅子から立ち上がると、わざと足音を立て、二人に近づいた。逃げられないよう、目の前で仁王立ちになった。
 青年と少女は会話をやめ、怪訝な顔でツネトキを見上げる。明らかに彼を警戒していた。
 ツネトキは大きく息を吸い込むと、二人に対して溜め込んでいた殺意を怒声と共にぶつけた。
「お前ら、さっきからうるさいんだよ! ここは待合室だぞ! 静かにしろ!」
 静まり返った待合室に、ツネトキの声が響き渡る。他の患者や看護師は「何ごとか」と振り返る。
 ツネトキは心の中でニヤリと笑った。これでまた二人、邪魔な人間が消える……はずだった。
「うわぁぁん! このおじちゃん、怖いよぉ!」
 直後、少女が泣き出した。
 一緒にいた青年は少女を抱き寄せ、ツネトキを睨む。その目には強烈な殺意が宿っていた。
「ッ! な、なんだ、その目は! そんな目で、他人を睨むんじゃない!」
 ツネトキはたじろいだ。
 ……おかしい。殺意を向けたはずなのに、二人ともおかしくならない。
 周りはツネトキを白い目で見ている。ツネトキの味方は誰もいない。さらに、
「うちの娘に何をしているんですか!」
 と、トイレに行っていた少女の父親まで戻ってきた。青年同様、ツネトキを睨む。
 事情を知らないのだから仕方ない。ツネトキは父親にこれまでの経緯を懇切丁寧に説明した。ついでに、大人としてアドバイスも付け加えてやった。
「う、うるさいやつにうるさいと言って、何が悪い! ここは病院の待合室だぞ?! 耳障りなんだよ! 親ならちゃんとしつけしろ!」
 殺意をこめ、睨み返す。これで自分の非を認めるだろう。
 だが、
「親になったこともない人間が偉そうに語るな!」
 バチンッ
「うぎゃッ?!」
 父親は非を認めるどころか、ツネトキの頬を思い切りビンタした。ツネトキは豪快に床へ倒れる。誰かが「大げさ」「わざとらし」と嗤った。
 叩かれた頬がズキズキと痛む。触ると腫れていた。口の中で血の味がする。
 やり返そうにも、少女の父親はガタイが良く、ヒョロヒョロのツネトキでは太刀打ちできそうになかった。
「い、痛……」
「うちの娘は無理して明るく振る舞っているんです! これ以上、この子を傷つけないでください!」
 父親は青年と少女を守るように、ツネトキと彼らの間に割って入る。彼がいる限り、ツネトキは二人に近づけない。
 少女は青年の腕の中からこちらを見て、ニヤニヤと笑っている。どうやら嘘泣きだったらしい。
 口は笑っているが、目は少しも笑っていない。子供とは思えないほど、強烈な殺意が宿っている。目が合った瞬間、ツネトキは背筋がゾッとした。
「ひ、ひぃぃっ!」
 ツネトキは慌てて立ち上がり、待合室から逃げ出した。
 すれ違う人々は怪訝そうにツネトキを目で追う。普段ならわずらわしくて仕方がないその視線も、今は気に留められなかった。
(何で! 何でアイツら平気なんだよ! 俺の力が効かない人間なんて、今までいなかったのに! まさか、力が無くなった? 土田を殺したから? アレは事故だ! 僕は悪くない!)
 あらゆる可能性を考えたが、答えは見つからなかった。悔し涙で視界が歪んだ。
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