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第4部 エピローグ『2051』
⑴
しおりを挟む電車がホームにやって来る。
扉が閉まる寸前、高岡利緒は階段を駆け降りた勢いのまま飛び乗った。
「駆け込み乗車はご遠慮願いますよう……」
「うるさい」
扉が閉まり、電車はゆっくりと走り出す。
利緒の他に客はいない。アナウンスは明らかに利緒を注意していた。
利緒も自分の行動が危険だとは分かっている。非常事態なのだから仕方ない。
(……追ってはきていないみたいね)
座席の後ろに隠れ、過ぎ去っていくホームを見届ける。
利緒は逃げていた……「天使様と悪魔様」の元教祖・ノバラと、うさんくさい芸能雑誌記者・間宮を振り切るために。
利緒は某大学病院を辞めさせられた後、ノバラの後継者を名乗り、宗教団体「悪夢で人類を救う会」を立ち上げた。自称後継者として「天使様と悪魔様」を乗っ取ることで、団体を設立した憎っくき夢花の子供達に復讐しようとした。
利緒はかつて二度、得体の知れない悪夢によって、人生を破綻させられそうになったことがある。
一度目は小学生の時、二度目は高校の受験会場。二度目は「精神的に病んでいる」と入院させられ、進学先の高校も大学も大幅にランクを落とす羽目になった。
原因は、呪いでもストレスでもない……利緒がいじめていた同級生、夜宵夢花の仕業だった。
夢花は悪夢を現実にする、恐ろしい力を持っていた。彼女の夫で作家の日野歩夢は、著書「悪夢使い」の中で夢花のような能力者を「アクムツカイ」と呼んでいる。日野も夢花と同じ「アクムツカイ」で、実体験をもとに「悪夢使い」を書き上げていた。
利緒は夢花に復讐するべく、「アクムツカイ」について徹底的に調べた。日本で最も権威のある某大学病院の精神科医になり、無償でカウンセリングを実施。全国でアクムツカイを探し回った。
その結果、強い殺意を抱いた人間が、稀にアクムツカイとして特異な能力に目覚めると分かった。能力のタイプは人それぞれで、相手に悪夢を見せるだけでなく、悪夢で相手を操ったり、自らを傷つけたりする者もいた。
利緒はアクムツカイにかかわる全ての症例を「悪夢症候群」という"病気"として発表した。アクムツカイの存在を明るみにすれば、夢花の過去の悪行も裁けるかもしれないと期待したが、学会では「ただの妄想だ」と笑われた。
「それ、昼中歩夢の『悪夢使い』じゃん」
「高岡君、知らないの? あれはフィクションだよー?」
「悪夢見るたび死んでたら、命がいくつあっても足りないって」
侮辱され、利緒はまっとうな手段で復讐するのをやめた。
(殺してやる……夜宵夢花もこいつらも、アクムツカイに殺させてやる!)
アクムツカイの患者の中には夢花を恨んでいる者もいた。どうやら夢花は日野と手を組み、気に入らない人間を片っ端から排除してきたらしい。
だが、よほど二人が恐ろしいようで、利緒が「復讐を手伝ってあげる」と持ちかけても、誰も乗ってはこなかった。最後の候補、野々原夢雲にいたっては、復讐しようとする利緒を止めようとすらした。
「夜宵さんはそんなひどい人じゃありません! 高岡先生も夜宵さんのクラスメイトだったなら分かるでしょう?」
「彼女は貴方を何度も悪夢の中で見殺しにしたのよ? 復讐したくないの?」
「それって先生の夢の中の話ですよね? 私だって、さすがに夢と現実の区別くらいつきますよ」
「……じゃあ、区別できないようにしてあげる」
「え?」
利緒は野々原に催眠術をかけた。本来は治療に使う技術で、悪用すれば処分されるのは分かっていた。
「思い出しなさい。貴方はアクムツカイで、ノバラの主人だったはずよ。彼女を操り、夜宵夢花と日野歩夢を殺し合わせなさい」
「……はい」
野々原は利緒の催眠術で記憶を取り戻し、ノバラを操った。ノバラは野々原のアクムツカイの力と記憶から生まれた悪魔で、かつては野々原の代わりに彼女がうとましいと思った相手に悪夢を見せて回っていた。
計画は成功。夢花と日野はノバラに悪夢を見せられ、互いに殺し合った。アクムツカイが遺伝するかどうか調べるため、二人の子供はわざと生かしておいた。
子供の監視はノバラに任せた。万が一、子供がアクムツカイに目覚めた場合は、即刻「処分」するよう命じた。
計画は順調に終わったはずだった。
にもかかわらず、利緒は十数年の時が経った今になって追われている。
「あっけないものね。まさか、設立して一ヶ月で信者が全員いなくなるなんて。あの悪魔……てっきり、夢花の子供と相打ちになったと思っていたのに、生きているとは思わなかったわ」
ノバラと間宮は集会中の大聖堂へ乱入し、大聖堂に集まっていた信者全員に悪夢を見せた。
「信者の願いを全て叶える」というとんでもない悪夢で、信者は「やっと悪夢が見れた」と満足し、それぞれの家へ帰ってしまった。幸い、利緒は自らに「悪夢を見ない」という催眠をかけていたおかげで逃げられた。
(さて……どうすれば無事に生き延びられるかしら? いずれは追いつかれるし、対策を取らないといけないわね)
終点に着くまでの三十分、利緒はノバラから逃げのびる方法を考えた。
(野々原をもう一度催眠術で操るのは無理ね。彼女は常に記者達が見張られているから、うかつに近づけない。あの間宮とかいう記者の関係者を人質に取る? 家族か、仕事仲間か……夢花の子供もとんだヘマをしでかしてくれたわね。どうせ死ぬなら、ノバラも道連れにして欲しかったわ)
ふと、利緒は首を傾げた。
先日、不審死を遂げた夢花の二人の子供は男だっただろうか? それとも、女だっただろうか?
(確か、シスターと神父をやっていたんだったわよね? あれ? 二人ともシスターだったかしら? あるいは神父だったかしら?)
分からないことは他にもある。
二人は今年、何歳だっただろうか?
どちらが兄もしくは姉で、どちらが弟もしくは妹だった?
職業は? 最終学歴は?
……思い出そうとすればするほど、記憶にモヤがかかり見えなくなった。
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