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第4部 第3章『天使神様と悪魔神様』
第4話『偽りの使徒』⑷
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「……というわけです」
「はぁ。あの子はノバラ様の分身で、ノバラ様は私の分身。だから神父様とシスター様は私とノバラ様を恨んでいる……と」
間宮はノバラから聞いた話を、野々原にも伝えた。
野々原は現実を受け止めきれていないのか、ポカンとしている。無理もない。教祖と崇めていた人物が自分の分身で、その部下だった神父とシスターに道具として悪用されていたなど、とても信じられないだろう。
「俺達の脱出を手助けしてくれる協力者が、下で待っています。野々原さんは先に行って待っていてください」
間宮は自分がつけていたハーネスを差し出した。野々原は戸惑いながらも受け取った。
「間宮さんはどうされるんですか?」
「俺は寄るところがあるので、後から合流します。そこのボタンを押せば、ヒモが伸びて降りられるんで。あと、途中で誰かに見つかってもいいよう、このマスクも被ってくださいね。鬼のやつ」
ハーネスと一緒に、ゴム製の鬼のマスクも渡す。
かなりリアルで、今にも動き出しそうな剣幕だ。野々原はそれも受け取ろうとして、反射的に手を引っ込めた。
「ひッ! 間宮さん、これ被って降りてきたんですか?!」
「あ、はい」
「怖すぎますよ! もし見つかったら、大騒ぎになっちゃいますって!」
「大丈夫ですよ。見つかっても近づいてはこないですから」
「うぅ……付けたら呪われそう……」
野々原はハーネスと鬼のマスクを嫌々身につけ、ゆっくり降下していく。ノバラは間宮と一緒に、その様子を見届けた。
「貴方はどうやって降りるつもり?」
「警備員から服を剥ぐ……もとい、拝借する。警備員なら堂々と大聖堂まで行けるだろ?」
「大聖堂? 逃げるんじゃなかったの?」
「逃げるさ。お前の本体と一緒にな」
ノバラはキョトンとした。
つまり間宮は、これからノバラを助け出すつもりなのだ。
「私を? どうして?」
「ついでだ。神父とシスターが動けない、今がチャンスなんだろ?」
「私を助けたって、なんの得にもならないわよ。あの二人だって追ってくるだろうし」
「置いていったら、またあいつらの道具にされるんだろ? そっちのほうが気分悪くなる」
「貴方が道具にされるわけじゃない」
「いいから来い。後輩がお前を見たがってるんだよ」
「……変な人間」
ノバラは苦笑すると、マンションにいる警備員に殺意を向けた。
直後、全ての警備員が足を止めた。口から大量の赤い薔薇の花びらを滝のように吐き、虚空を見つめる。
間宮も廊下から絶えず聞こえていた足音がぴたりと止んだので、変化に気づいた。
「何をした?」
「警備の人間に悪夢を見せた。これで追い剥ぎする必要はなくなったでしょう? 私は先に行って待ってるから、早く来なさいね」
ノバラの姿がスゥーッと消える。大聖堂にいる本体へ戻ったのだろう。
「……俺も悪夢が見られたら、一瞬で移動できたのかね?」
間宮はノバラを少しうらやましく思いつつも、部屋から廊下へ出た。
「悪夢使いを買わなきゃ……悪夢使いを買わなきゃ……」
「姉さん、麻闇姉さん。早く起きて。そこは夢の中なんだよ。僕はここにいるよ。だから起きて」
同じ頃、神父はシスターの目を覚まさせようと、ベッドに寝かせ、必死に呼びかけていた。
焦る神父をあざ笑うように、壁に隙間なく貼られた「天使様と悪魔様」布教用ポスターのキャラクターが微笑んでいる。双子の男子中学生をモチーフにしたキャラクターで、爽やかイメージに好感が持てると評判だった。
「悪夢使いを買わなきゃ……悪夢使いを買わなきゃ……」
「姉さん、もうすぐ僕らの復讐が果たされるんだよ。ノバラと野々原を始末すれば、やっと自由になれるんだ。こんなところで終わらせるわけにはいかないんだ」
「悪夢使いを買わなきゃ……悪夢使いを買わなきゃ……」
「だから……目を覚ましてよ、姉さん。その本を書いたのは誰?」
「……」
瞬間、シスターがハッと正気に戻った。
「光司! ノバラと野々原は?!」
「あぁ、姉さん。悪夢から覚めたんだね。良かった」
神父は涙を浮かべ、ホッと安堵する。
「集会は中止したよ。ノバラは姉さんに悪夢を見せた後、気絶した。今日は一日外出禁止にしたし、野々原は自分の部屋にいるはず」
すると、シスターはベッドから跳ね起きた。
「確かめに行きましょう」
「待って! もう少し休んでたほうがいいよ! 寮を巡回させてる警備員も、特に報告してきてないしさ!」
「それはおかしいわ。いくら貴方の命令だからって、信者がひとりも抜け出さないなんて変よ。必ず、野々原を励ましに行こうとする信者がひとりはいるはずだわ」
エレベーターで最上階から五階へ降りる。
巡回しているはずの警備員はノバラに悪夢を見せられ、呆然と立ち尽くしていた。
「ほらね」
「な……ッ! お前ら、しっかりしろ!」
神父は警備員のひとりの肩をつかみ、揺する。
シスターは警備員を放置し、野々原の部屋に入った。鍵は開いており、中は無人だった。
「逃げたみたいね」
神父も部屋を覗き、絶句する。
幸い、間宮が部屋を出る前にベランダの鍵とカーテンは閉めておいたので、ベランダから外に出たとは思われなかった。
「バカな……あの女にはアクムツカイの力は残っていなかったはず!」
「ノバラが手を貸したんでしょう。支配に抗い、私に悪夢を見せてきたくらいだもの。よほどあの女が大事なのね」
シスターと神父は寮にいる警備員と信者に殺意を向けた。
警備員が正気に戻り、部屋で寝ていた信者が次々に起きてくる。皆、何かしらの武器や鈍器を手にしていた。
「野々原はどこだ?」
「野々原を探せ」
「裏切り者を殺せ!」
目を血走らせ、野々原を探しに散っていく。
シスターと神父は野々原を捕まえるため、彼らに「野々原が裏切った悪夢」を見せていた。野々原に同情しないよう、「野々原はノバラを独り占めにしている」という設定を足してある。
「ついでに、間宮とかいうクサカゲの回し者も捕まえておきましょう」
「そうだね。僕達の力が利かないなんて厄介だし」
二人はエレベーターで間宮の部屋へ向かった。
「はぁ。あの子はノバラ様の分身で、ノバラ様は私の分身。だから神父様とシスター様は私とノバラ様を恨んでいる……と」
間宮はノバラから聞いた話を、野々原にも伝えた。
野々原は現実を受け止めきれていないのか、ポカンとしている。無理もない。教祖と崇めていた人物が自分の分身で、その部下だった神父とシスターに道具として悪用されていたなど、とても信じられないだろう。
「俺達の脱出を手助けしてくれる協力者が、下で待っています。野々原さんは先に行って待っていてください」
間宮は自分がつけていたハーネスを差し出した。野々原は戸惑いながらも受け取った。
「間宮さんはどうされるんですか?」
「俺は寄るところがあるので、後から合流します。そこのボタンを押せば、ヒモが伸びて降りられるんで。あと、途中で誰かに見つかってもいいよう、このマスクも被ってくださいね。鬼のやつ」
ハーネスと一緒に、ゴム製の鬼のマスクも渡す。
かなりリアルで、今にも動き出しそうな剣幕だ。野々原はそれも受け取ろうとして、反射的に手を引っ込めた。
「ひッ! 間宮さん、これ被って降りてきたんですか?!」
「あ、はい」
「怖すぎますよ! もし見つかったら、大騒ぎになっちゃいますって!」
「大丈夫ですよ。見つかっても近づいてはこないですから」
「うぅ……付けたら呪われそう……」
野々原はハーネスと鬼のマスクを嫌々身につけ、ゆっくり降下していく。ノバラは間宮と一緒に、その様子を見届けた。
「貴方はどうやって降りるつもり?」
「警備員から服を剥ぐ……もとい、拝借する。警備員なら堂々と大聖堂まで行けるだろ?」
「大聖堂? 逃げるんじゃなかったの?」
「逃げるさ。お前の本体と一緒にな」
ノバラはキョトンとした。
つまり間宮は、これからノバラを助け出すつもりなのだ。
「私を? どうして?」
「ついでだ。神父とシスターが動けない、今がチャンスなんだろ?」
「私を助けたって、なんの得にもならないわよ。あの二人だって追ってくるだろうし」
「置いていったら、またあいつらの道具にされるんだろ? そっちのほうが気分悪くなる」
「貴方が道具にされるわけじゃない」
「いいから来い。後輩がお前を見たがってるんだよ」
「……変な人間」
ノバラは苦笑すると、マンションにいる警備員に殺意を向けた。
直後、全ての警備員が足を止めた。口から大量の赤い薔薇の花びらを滝のように吐き、虚空を見つめる。
間宮も廊下から絶えず聞こえていた足音がぴたりと止んだので、変化に気づいた。
「何をした?」
「警備の人間に悪夢を見せた。これで追い剥ぎする必要はなくなったでしょう? 私は先に行って待ってるから、早く来なさいね」
ノバラの姿がスゥーッと消える。大聖堂にいる本体へ戻ったのだろう。
「……俺も悪夢が見られたら、一瞬で移動できたのかね?」
間宮はノバラを少しうらやましく思いつつも、部屋から廊下へ出た。
「悪夢使いを買わなきゃ……悪夢使いを買わなきゃ……」
「姉さん、麻闇姉さん。早く起きて。そこは夢の中なんだよ。僕はここにいるよ。だから起きて」
同じ頃、神父はシスターの目を覚まさせようと、ベッドに寝かせ、必死に呼びかけていた。
焦る神父をあざ笑うように、壁に隙間なく貼られた「天使様と悪魔様」布教用ポスターのキャラクターが微笑んでいる。双子の男子中学生をモチーフにしたキャラクターで、爽やかイメージに好感が持てると評判だった。
「悪夢使いを買わなきゃ……悪夢使いを買わなきゃ……」
「姉さん、もうすぐ僕らの復讐が果たされるんだよ。ノバラと野々原を始末すれば、やっと自由になれるんだ。こんなところで終わらせるわけにはいかないんだ」
「悪夢使いを買わなきゃ……悪夢使いを買わなきゃ……」
「だから……目を覚ましてよ、姉さん。その本を書いたのは誰?」
「……」
瞬間、シスターがハッと正気に戻った。
「光司! ノバラと野々原は?!」
「あぁ、姉さん。悪夢から覚めたんだね。良かった」
神父は涙を浮かべ、ホッと安堵する。
「集会は中止したよ。ノバラは姉さんに悪夢を見せた後、気絶した。今日は一日外出禁止にしたし、野々原は自分の部屋にいるはず」
すると、シスターはベッドから跳ね起きた。
「確かめに行きましょう」
「待って! もう少し休んでたほうがいいよ! 寮を巡回させてる警備員も、特に報告してきてないしさ!」
「それはおかしいわ。いくら貴方の命令だからって、信者がひとりも抜け出さないなんて変よ。必ず、野々原を励ましに行こうとする信者がひとりはいるはずだわ」
エレベーターで最上階から五階へ降りる。
巡回しているはずの警備員はノバラに悪夢を見せられ、呆然と立ち尽くしていた。
「ほらね」
「な……ッ! お前ら、しっかりしろ!」
神父は警備員のひとりの肩をつかみ、揺する。
シスターは警備員を放置し、野々原の部屋に入った。鍵は開いており、中は無人だった。
「逃げたみたいね」
神父も部屋を覗き、絶句する。
幸い、間宮が部屋を出る前にベランダの鍵とカーテンは閉めておいたので、ベランダから外に出たとは思われなかった。
「バカな……あの女にはアクムツカイの力は残っていなかったはず!」
「ノバラが手を貸したんでしょう。支配に抗い、私に悪夢を見せてきたくらいだもの。よほどあの女が大事なのね」
シスターと神父は寮にいる警備員と信者に殺意を向けた。
警備員が正気に戻り、部屋で寝ていた信者が次々に起きてくる。皆、何かしらの武器や鈍器を手にしていた。
「野々原はどこだ?」
「野々原を探せ」
「裏切り者を殺せ!」
目を血走らせ、野々原を探しに散っていく。
シスターと神父は野々原を捕まえるため、彼らに「野々原が裏切った悪夢」を見せていた。野々原に同情しないよう、「野々原はノバラを独り占めにしている」という設定を足してある。
「ついでに、間宮とかいうクサカゲの回し者も捕まえておきましょう」
「そうだね。僕達の力が利かないなんて厄介だし」
二人はエレベーターで間宮の部屋へ向かった。
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