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第4部 第3章『天使神様と悪魔神様』
第4話『偽りの使徒』⑶
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間宮が集会から部屋に戻り、ソファでうたた寝していると、白い丸襟の赤いワンピースを着た見知らぬ女性が顔を覗き込んでいた。
「うぉッ! 誰だ、お前!」
「私、あー子……じゃなくて、ノバラ」
「ノバラ? 教祖の?」
女性は頷いた。
「そう。正確には分身だけど」
「へぇ、もっと年増だと思ってたぜ。写真撮っていいか?」
「勝手にすれば」
カメラをノバラに向け、シャッターを切る。目に見えるだけでなく、ちゃんと写真にも写っていた。
「よっし! これで帰れる!」
直後、ノバラの目に殺意が宿った。
「帰さない。私はお前の望みを叶えたのだから、今度はお前が私の頼みを聞く番よ」
「は?」
その時、隣の部屋からうめき声が聞こえた。反対の部屋からも、向かいの部屋からも聞こえてくる。信者の声だ。
「悪夢使いが読みたい……早く買いに行かないと……」
「悪夢使いを買いに行かなきゃ、悪夢使いを買いに行かなきゃ……」
「仕事なんてしてる場合じゃない。悪夢使いを読まないと」
声は徐々に増え、ざわめきと化す。シスターと同じ症状だ。
廊下を巡回していた警備員も同じようにうめきながら、部屋の前を通り過ぎていった。
「な、なんだ?」
「この階にいる全ての人間に悪夢を見せた。私の頼みを聞いてくれないなら、全員ここから飛び降りさせる。犯人は貴方」
「俺は何もやってないぞ」
「関係ないわ。悪夢の中なら、どんな無茶だって叶うんだもの」
だけど、とノバラは悔しそうに目を伏せた。
「あの子を……夢雲をここから救い出せるのは、夢を見ない貴方にしかできないのよ。聖職者のフリをした悪魔達が、あの子を狙っているから」
「それって、神父とシスターのことか? お前の部下じゃないのか?」
「逆よ」
ノバラは忌々しそうに唇を噛んだ。
「従わされているのは、私のほう。あの二人のせいで、私は悪夢を見せる道具に戻ってしまったのよ」
かつて、ノバラは野々原夢雲の一部だった。
野々原は高校生の頃、ひどいイジメに遭っていた。そのストレスから「アクムツカイ」の力を手にした。
アクムツカイとは、当時流行していたホラー小説「悪夢使い」に登場する能力者のことだ。殺意を抱いた相手に悪夢を見せ、破滅させる力を持っているらしい。現在は発売禁止になっており、ホラー好きの間宮も読んだことはない。
だが、野々原は他人を憎まず、自分を憎んだ。やがて自分にアクムツカイの力があると分かると、力とアクムツカイだった頃の記憶ごと手放した。
それらは人の形を成し、悪魔「ノバラ」として生まれ変わった。ノバラは野々原の代わりに、野々原を傷つけた人間に悪夢を見せ、始末した。次第にノバラは自我を持ち、野々原とのつながりを完全に断ち切り、自由になった。
「それなのに、妙な女が私とあの子のつながりを戻してしまったの」
「妙な女? シスターじゃなく?」
「あいつはまだ小娘だったわ。その妙な女はアクムツカイとは別の、怪しい術で夢雲を操っていた。私は夢雲を通して妙な女に命じられ、夢雲の同級生だった女とその夫を殺し合わせた」
「ころッ……?!」
間宮は青ざめた。
……むごいことをする。ただ殺すよりひどい。野々原もそれを知っていたからこそ、自分の行いを責め続けていたのかもしれない。
「夫婦は死に、子供が二人生き残った。妙な女は子供の監視と、子供がアクムツカイとして目覚めたら始末するよう、私に命じてきた。殺し合わせた夫婦もアクムツカイで、その子供もアクムツカイになる可能性が高かったから。私は夢雲とのつながりを再び断つことを条件に、命令を受け入れた」
「優しいんだな」
ノバラはひどく驚き、目を丸くした。
「優しい? 私が?」
「だって、野々原さんのためにそんな条件をつけたんだろ? 今も野々原さんを助けようと動いているじゃねぇか」
「……あの子のためじゃない、私のためよ。あの子には幸せでいてもらわないと困るのよ。じゃなきゃ、何のために道具に戻ったのか分からなくなる」
ノバラは話を戻した。
「子供はそれぞれ、父方の祖母と母方の祖父に引き取られた。手紙だけのやり取りで、二人が直接会うことはなかったし、私も油断していたんだと思う。二人は大学の入学式で再会し、私に悪夢を見せた」
「アクムツカイになっていたってことか?」
「そう。私が監視していたことも、とっくに気づいてた。二人は私にバレないよう、ネットでやり取りしていたの。両親の死の真相とアクムツカイについて調べ上げ、私と夢雲の仕業だと突き止めた。二人は『天使様と悪魔様』を設立し、私を信者の悪夢を叶える道具として使い始めた。教祖なんて呼ばれているけど、本体は今も捕まっている」
「その二人って、まさか神父とシスターのことか?」
「そうよ」
驚いた。望月は「神父とシスターが負けた」と話していたが、現実はまるっきり逆だったのだ。
もしかしたら神父とシスターが真実を隠すために、わざと流行らせたのかもしれない。
「あいつらもアクムツカイなら、どうしてわざわざお前に悪夢を見せさせるんだ?」
「それが私に対する復讐だから。私を信者の悪夢に登場させて苦しめているのよ。信者に殺されたり、私ではない人間を演じさせられたり、散々な目に遭ったわ。そしていずれは夢雲を『天使様と悪魔様』に入信させ、私にあの子を破滅させようとした。幸せなあの子ならここへ来ることもなかったんでしょうけど、私が命令を守れなくなったせいで、夢雲はあの妙な女にアクムツカイの力と記憶を取り戻させられた。私が神父とシスターの支配下にあったから、一部の力と記憶だけで済んだけど、それまで幸せだった夢雲には相当応えたみたい。結局、入信してしまったわ」
「野々原さんが施しを受けなかったのは、アンタが拒んでいたからだったんだな。神父はアンタが怒ったからだと言っていたが、それも逆だったってことか」
「えぇ。でも、それも長くは保たない。シスターが目を覚ましたら、今度こそ夢雲は殺される。あの二人は、二人同時に殺意を抱かないと力を使えない。本当は二人とも悪夢に閉じ込めたかったけど、そこまで余裕はなかった。だから、今のうちに夢雲をここから逃がさないと……」
ノバラの焦りが伝わってくる。間宮も貴重な情報源を失いたくはない。
間宮は「分かった」と、ケータイを取り出した。
「そういう事情があるなら仕方ねぇ。俺も今夜中にここを出るつもりだったんだ、連れがひとりや二人増えたって構いやしねぇよ」
「うぉッ! 誰だ、お前!」
「私、あー子……じゃなくて、ノバラ」
「ノバラ? 教祖の?」
女性は頷いた。
「そう。正確には分身だけど」
「へぇ、もっと年増だと思ってたぜ。写真撮っていいか?」
「勝手にすれば」
カメラをノバラに向け、シャッターを切る。目に見えるだけでなく、ちゃんと写真にも写っていた。
「よっし! これで帰れる!」
直後、ノバラの目に殺意が宿った。
「帰さない。私はお前の望みを叶えたのだから、今度はお前が私の頼みを聞く番よ」
「は?」
その時、隣の部屋からうめき声が聞こえた。反対の部屋からも、向かいの部屋からも聞こえてくる。信者の声だ。
「悪夢使いが読みたい……早く買いに行かないと……」
「悪夢使いを買いに行かなきゃ、悪夢使いを買いに行かなきゃ……」
「仕事なんてしてる場合じゃない。悪夢使いを読まないと」
声は徐々に増え、ざわめきと化す。シスターと同じ症状だ。
廊下を巡回していた警備員も同じようにうめきながら、部屋の前を通り過ぎていった。
「な、なんだ?」
「この階にいる全ての人間に悪夢を見せた。私の頼みを聞いてくれないなら、全員ここから飛び降りさせる。犯人は貴方」
「俺は何もやってないぞ」
「関係ないわ。悪夢の中なら、どんな無茶だって叶うんだもの」
だけど、とノバラは悔しそうに目を伏せた。
「あの子を……夢雲をここから救い出せるのは、夢を見ない貴方にしかできないのよ。聖職者のフリをした悪魔達が、あの子を狙っているから」
「それって、神父とシスターのことか? お前の部下じゃないのか?」
「逆よ」
ノバラは忌々しそうに唇を噛んだ。
「従わされているのは、私のほう。あの二人のせいで、私は悪夢を見せる道具に戻ってしまったのよ」
かつて、ノバラは野々原夢雲の一部だった。
野々原は高校生の頃、ひどいイジメに遭っていた。そのストレスから「アクムツカイ」の力を手にした。
アクムツカイとは、当時流行していたホラー小説「悪夢使い」に登場する能力者のことだ。殺意を抱いた相手に悪夢を見せ、破滅させる力を持っているらしい。現在は発売禁止になっており、ホラー好きの間宮も読んだことはない。
だが、野々原は他人を憎まず、自分を憎んだ。やがて自分にアクムツカイの力があると分かると、力とアクムツカイだった頃の記憶ごと手放した。
それらは人の形を成し、悪魔「ノバラ」として生まれ変わった。ノバラは野々原の代わりに、野々原を傷つけた人間に悪夢を見せ、始末した。次第にノバラは自我を持ち、野々原とのつながりを完全に断ち切り、自由になった。
「それなのに、妙な女が私とあの子のつながりを戻してしまったの」
「妙な女? シスターじゃなく?」
「あいつはまだ小娘だったわ。その妙な女はアクムツカイとは別の、怪しい術で夢雲を操っていた。私は夢雲を通して妙な女に命じられ、夢雲の同級生だった女とその夫を殺し合わせた」
「ころッ……?!」
間宮は青ざめた。
……むごいことをする。ただ殺すよりひどい。野々原もそれを知っていたからこそ、自分の行いを責め続けていたのかもしれない。
「夫婦は死に、子供が二人生き残った。妙な女は子供の監視と、子供がアクムツカイとして目覚めたら始末するよう、私に命じてきた。殺し合わせた夫婦もアクムツカイで、その子供もアクムツカイになる可能性が高かったから。私は夢雲とのつながりを再び断つことを条件に、命令を受け入れた」
「優しいんだな」
ノバラはひどく驚き、目を丸くした。
「優しい? 私が?」
「だって、野々原さんのためにそんな条件をつけたんだろ? 今も野々原さんを助けようと動いているじゃねぇか」
「……あの子のためじゃない、私のためよ。あの子には幸せでいてもらわないと困るのよ。じゃなきゃ、何のために道具に戻ったのか分からなくなる」
ノバラは話を戻した。
「子供はそれぞれ、父方の祖母と母方の祖父に引き取られた。手紙だけのやり取りで、二人が直接会うことはなかったし、私も油断していたんだと思う。二人は大学の入学式で再会し、私に悪夢を見せた」
「アクムツカイになっていたってことか?」
「そう。私が監視していたことも、とっくに気づいてた。二人は私にバレないよう、ネットでやり取りしていたの。両親の死の真相とアクムツカイについて調べ上げ、私と夢雲の仕業だと突き止めた。二人は『天使様と悪魔様』を設立し、私を信者の悪夢を叶える道具として使い始めた。教祖なんて呼ばれているけど、本体は今も捕まっている」
「その二人って、まさか神父とシスターのことか?」
「そうよ」
驚いた。望月は「神父とシスターが負けた」と話していたが、現実はまるっきり逆だったのだ。
もしかしたら神父とシスターが真実を隠すために、わざと流行らせたのかもしれない。
「あいつらもアクムツカイなら、どうしてわざわざお前に悪夢を見せさせるんだ?」
「それが私に対する復讐だから。私を信者の悪夢に登場させて苦しめているのよ。信者に殺されたり、私ではない人間を演じさせられたり、散々な目に遭ったわ。そしていずれは夢雲を『天使様と悪魔様』に入信させ、私にあの子を破滅させようとした。幸せなあの子ならここへ来ることもなかったんでしょうけど、私が命令を守れなくなったせいで、夢雲はあの妙な女にアクムツカイの力と記憶を取り戻させられた。私が神父とシスターの支配下にあったから、一部の力と記憶だけで済んだけど、それまで幸せだった夢雲には相当応えたみたい。結局、入信してしまったわ」
「野々原さんが施しを受けなかったのは、アンタが拒んでいたからだったんだな。神父はアンタが怒ったからだと言っていたが、それも逆だったってことか」
「えぇ。でも、それも長くは保たない。シスターが目を覚ましたら、今度こそ夢雲は殺される。あの二人は、二人同時に殺意を抱かないと力を使えない。本当は二人とも悪夢に閉じ込めたかったけど、そこまで余裕はなかった。だから、今のうちに夢雲をここから逃がさないと……」
ノバラの焦りが伝わってくる。間宮も貴重な情報源を失いたくはない。
間宮は「分かった」と、ケータイを取り出した。
「そういう事情があるなら仕方ねぇ。俺も今夜中にここを出るつもりだったんだ、連れがひとりや二人増えたって構いやしねぇよ」
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