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第4部 第3章『天使神様と悪魔神様』
第3話『アホの子あー子』⑶
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望月はあー子をタクシーに乗せ、家の合鍵を渡した。
「いいか? 家に入ったら、もう外に出ちゃダメだぞ? 分かったか?」
「うん。分かった」
あー子は素直に頷く。「分かった」と言ったからには、約束を守ってくれるだろう。
タクシーはあー子を乗せ、走り去っていった。
「……不安だ。今日は早めに帰ろう」
とは言え、すぐには帰れない。部屋の片付けや備品の補充、データの復旧にも時間がかかる。
結局、望月が帰宅したのは日付が変わる頃だった。
あー子がいるか不安だったが、家の電気は点いていた。テレビでも見ているのか、ガヤガヤと大勢の人の声がする。
望月はホッと胸を撫で下ろし、ドアを開けた。
「あー子、ただい……ま?」
玄関には見慣れぬ靴が大量に転がっていた。小汚いスニーカーやサンダル、あー子が履いていた赤いエナメルの靴も混じっている。
思わず、足を止める。部屋を間違えたかとすら疑った。
「ヒカル君、おかえり!」
廊下の先のドアが開き、あー子がリビングから走ってくる。そのまま望月に抱きついた。
「あー子、ちゃんと待っていたんだな。偉い、えら……くさっ!」
望月はあー子の頭を撫でようとして、顔を背けた。
あー子の体からは酒とタバコと妙な異臭がした。
「あー子! 冷蔵庫に入れていた酒、飲んだのか?! タバコはどこから持ってきた?!」
「ふぇ?」
あー子は赤らんだ顔で首を傾げる。目の焦点があっていない。明らかに酔っ払っている。
「んーとねぇ、友達からもらったの」
「友達?」
「そう!」
「この靴も友達のか?」
「うん! みんなでねぇ、パーティしてたんだよ!」
「なんだって?」
慌ててリビングへ入る。
そこは望月の仕事部屋以上に、ひどい有り様になっていた。
「あれぇー? もっちーじゃーん!」
「本物? ウケる」
「スーツ似合わねー!」
「こっち来て、いっしょに飲みましょうよー」
リビングには見知らぬ大勢の男女が集まり、好き放題に騒いでいた。酒を飲み、散らかし、スピーカーから大音量で曲を流し、怪しげな煙を吸っている。
彼らは望月を見つけるなり、さらにテンションを上げた。親しげに望月の肩に手を回し、酒缶を握らせる。
望月は彼らのペースについていけず、怯えていた。
「き、君達、どっから入って来たの?! ここ、僕の家なんだけど!」
「失礼な! 私達、あー子ちゃんを街からここまで送ってきてあげたのよぉ?」
「飲めるとこないって言ったら、あー子ちゃんが入れてくれたんっすよ。いい子っすよねぇ」
日焼けしたチャラい男があー子にキスをする。あー子は何のためらいもなく受け入れていた。
望月は「やめろ!」と男をあー子から引き離した。
「あー子は僕のカノジョだぞ!」
「え? あー子、俺と付き合うって言ってましたけど?」
他の男も割って入る。
「あれ? あー子、俺と付き合ってくれるって言ったじゃん」
その後も次々「あー子のカレシ」を名乗る男達が集まってくる。
あー子は不思議そうに首を傾げた。
「どうして? 『付き合う』って、ひとりじゃなきゃいけないの? レオ君、カノジョ二人いるって言ってたじゃん」
すると男達は「たしかに」と納得した。
納得できていないのは、望月だけだった。
「良くないに決まってるだろ! あー子がしているのは浮気だ! そんなことも分からないのか?!」
「だってあー子、みんなとお友達になりたかっただけだもん」
「そもそも、どうして街に行った?! 家で待っていろって言ったじゃないか!」
「言ってない! ヒカル君、『家に入ったら出ちゃいけない』って言ってた! だから、家に入らずに探検していたの!」
あー子は駄々っ子のように唇を尖らせる。常識は知らないくせに、変にずる賢い。
そこへ「ただいまー」と、玄関のドアが開いた。
振り返ると、望月と一緒に"施し"を受けた女性信者、アリシアがいた。大きく膨らんだ、黒いビニール袋を抱えている。ヤバいものでも吸ったのか、フラつきながら笑っていた。
「あ、アリシアさん?! なんで、貴方までウチに?!」
「オー! ミスター望月! ここ、ユーのハウスだったのネ! "プリン"と"ジェラート"が足りなくなったから、家から持ってきたノヨ!」
アリシアはビニール袋をリビングのテーブルへ運ぶ。
途端に、騒いでいた男女がワッと袋へ群がる。中身は「どんなにしつこく渡されても、絶対に受け取らないでください」と秘書に忠告されていた、カラフルで怪しげなクスリだった。
「こ、こんなに大量のブツ、どこから?!」
「ノバラ様に頼んだノヨー! 売人から買うより、よっぽど信用できるネ! 来週、また入信してくるヨ! 望月サンも、おひとついかがカ?」
マズい。とてもマズい。こんなところを誰かに見られたら、とんでもないことになる。
それもこれも、全てあー子のせいだ。望月はキッとあー子を睨み、激怒した。
「もう耐えられない……今すぐ出て行け!」
「えっ。ヒカル、君……?」
あー子はなぜ望月が怒っているのか分からず、戸惑う。
その態度すらも、望月をイラつかせた。
「僕も散々『バカ』だの『アホ』だの言われてきたけどさぁ、あー子はそれよりひどすぎるんだよ! 学習しようとしろよ!」
続けてスピーカーを外へ投げ捨て、騒いでいた男女を黙らせる。
「お前らもだ! 全員、ゴミといっしょに僕の家から出て行け! 僕が捕まったり議員を辞めさせられたりしたら、お前らのせいにするからな!」
男女は慌てて荷物を抱え、部屋から出て行く。
「嫌だ! ヒカル君から離れたくない!」
あー子だけは、最後まで望月に泣きすがったが、
「離せ! 僕以外にもカレシがいるんだろ?! そいつらのとこに行けばいいじゃないか! それとも、お前も僕の金と権力が目当てだったのか?! 最低だな!」
と、力づくで外へ放り出された。
外には誰もいない。あー子の「カレシ」含め、全員逃げてしまった。
「うぅ、あぁぁ……!」
あー子は声を上げ、泣き出す。望月は片付けに追われ、あー子を気にするどころではない。
あー子は泣きながら、明るい街の方へ歩いていった。
その後、望月の服から微量の薬物反応が出た。
家宅捜索の結果、家のあちこちから薬物の痕跡が見つかり、逮捕された。
「俺じゃない! この前まで付き合っていた、バカ女が勝手にやったんだ!」
と、望月は言い張ったが、彼にそのような恋人がいたことはなかった。あー子を見たことがあるという秘書も議員も、あー子を知らなかった。
望月が逮捕されて一ヶ月経っても、あー子は見つかっていない。
(第4話へ続く)
「いいか? 家に入ったら、もう外に出ちゃダメだぞ? 分かったか?」
「うん。分かった」
あー子は素直に頷く。「分かった」と言ったからには、約束を守ってくれるだろう。
タクシーはあー子を乗せ、走り去っていった。
「……不安だ。今日は早めに帰ろう」
とは言え、すぐには帰れない。部屋の片付けや備品の補充、データの復旧にも時間がかかる。
結局、望月が帰宅したのは日付が変わる頃だった。
あー子がいるか不安だったが、家の電気は点いていた。テレビでも見ているのか、ガヤガヤと大勢の人の声がする。
望月はホッと胸を撫で下ろし、ドアを開けた。
「あー子、ただい……ま?」
玄関には見慣れぬ靴が大量に転がっていた。小汚いスニーカーやサンダル、あー子が履いていた赤いエナメルの靴も混じっている。
思わず、足を止める。部屋を間違えたかとすら疑った。
「ヒカル君、おかえり!」
廊下の先のドアが開き、あー子がリビングから走ってくる。そのまま望月に抱きついた。
「あー子、ちゃんと待っていたんだな。偉い、えら……くさっ!」
望月はあー子の頭を撫でようとして、顔を背けた。
あー子の体からは酒とタバコと妙な異臭がした。
「あー子! 冷蔵庫に入れていた酒、飲んだのか?! タバコはどこから持ってきた?!」
「ふぇ?」
あー子は赤らんだ顔で首を傾げる。目の焦点があっていない。明らかに酔っ払っている。
「んーとねぇ、友達からもらったの」
「友達?」
「そう!」
「この靴も友達のか?」
「うん! みんなでねぇ、パーティしてたんだよ!」
「なんだって?」
慌ててリビングへ入る。
そこは望月の仕事部屋以上に、ひどい有り様になっていた。
「あれぇー? もっちーじゃーん!」
「本物? ウケる」
「スーツ似合わねー!」
「こっち来て、いっしょに飲みましょうよー」
リビングには見知らぬ大勢の男女が集まり、好き放題に騒いでいた。酒を飲み、散らかし、スピーカーから大音量で曲を流し、怪しげな煙を吸っている。
彼らは望月を見つけるなり、さらにテンションを上げた。親しげに望月の肩に手を回し、酒缶を握らせる。
望月は彼らのペースについていけず、怯えていた。
「き、君達、どっから入って来たの?! ここ、僕の家なんだけど!」
「失礼な! 私達、あー子ちゃんを街からここまで送ってきてあげたのよぉ?」
「飲めるとこないって言ったら、あー子ちゃんが入れてくれたんっすよ。いい子っすよねぇ」
日焼けしたチャラい男があー子にキスをする。あー子は何のためらいもなく受け入れていた。
望月は「やめろ!」と男をあー子から引き離した。
「あー子は僕のカノジョだぞ!」
「え? あー子、俺と付き合うって言ってましたけど?」
他の男も割って入る。
「あれ? あー子、俺と付き合ってくれるって言ったじゃん」
その後も次々「あー子のカレシ」を名乗る男達が集まってくる。
あー子は不思議そうに首を傾げた。
「どうして? 『付き合う』って、ひとりじゃなきゃいけないの? レオ君、カノジョ二人いるって言ってたじゃん」
すると男達は「たしかに」と納得した。
納得できていないのは、望月だけだった。
「良くないに決まってるだろ! あー子がしているのは浮気だ! そんなことも分からないのか?!」
「だってあー子、みんなとお友達になりたかっただけだもん」
「そもそも、どうして街に行った?! 家で待っていろって言ったじゃないか!」
「言ってない! ヒカル君、『家に入ったら出ちゃいけない』って言ってた! だから、家に入らずに探検していたの!」
あー子は駄々っ子のように唇を尖らせる。常識は知らないくせに、変にずる賢い。
そこへ「ただいまー」と、玄関のドアが開いた。
振り返ると、望月と一緒に"施し"を受けた女性信者、アリシアがいた。大きく膨らんだ、黒いビニール袋を抱えている。ヤバいものでも吸ったのか、フラつきながら笑っていた。
「あ、アリシアさん?! なんで、貴方までウチに?!」
「オー! ミスター望月! ここ、ユーのハウスだったのネ! "プリン"と"ジェラート"が足りなくなったから、家から持ってきたノヨ!」
アリシアはビニール袋をリビングのテーブルへ運ぶ。
途端に、騒いでいた男女がワッと袋へ群がる。中身は「どんなにしつこく渡されても、絶対に受け取らないでください」と秘書に忠告されていた、カラフルで怪しげなクスリだった。
「こ、こんなに大量のブツ、どこから?!」
「ノバラ様に頼んだノヨー! 売人から買うより、よっぽど信用できるネ! 来週、また入信してくるヨ! 望月サンも、おひとついかがカ?」
マズい。とてもマズい。こんなところを誰かに見られたら、とんでもないことになる。
それもこれも、全てあー子のせいだ。望月はキッとあー子を睨み、激怒した。
「もう耐えられない……今すぐ出て行け!」
「えっ。ヒカル、君……?」
あー子はなぜ望月が怒っているのか分からず、戸惑う。
その態度すらも、望月をイラつかせた。
「僕も散々『バカ』だの『アホ』だの言われてきたけどさぁ、あー子はそれよりひどすぎるんだよ! 学習しようとしろよ!」
続けてスピーカーを外へ投げ捨て、騒いでいた男女を黙らせる。
「お前らもだ! 全員、ゴミといっしょに僕の家から出て行け! 僕が捕まったり議員を辞めさせられたりしたら、お前らのせいにするからな!」
男女は慌てて荷物を抱え、部屋から出て行く。
「嫌だ! ヒカル君から離れたくない!」
あー子だけは、最後まで望月に泣きすがったが、
「離せ! 僕以外にもカレシがいるんだろ?! そいつらのとこに行けばいいじゃないか! それとも、お前も僕の金と権力が目当てだったのか?! 最低だな!」
と、力づくで外へ放り出された。
外には誰もいない。あー子の「カレシ」含め、全員逃げてしまった。
「うぅ、あぁぁ……!」
あー子は声を上げ、泣き出す。望月は片付けに追われ、あー子を気にするどころではない。
あー子は泣きながら、明るい街の方へ歩いていった。
その後、望月の服から微量の薬物反応が出た。
家宅捜索の結果、家のあちこちから薬物の痕跡が見つかり、逮捕された。
「俺じゃない! この前まで付き合っていた、バカ女が勝手にやったんだ!」
と、望月は言い張ったが、彼にそのような恋人がいたことはなかった。あー子を見たことがあるという秘書も議員も、あー子を知らなかった。
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