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第4部 第2章「天使くんと悪魔くん」
第4話『閉鎖悪夢〈人形邸〉』⑶
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聞き間違いかと思った。
「二人は私の自慢の生徒よ」と、褒めてくれたのだと。
だが、日野兄弟の耳は正常だった。
たちまち、遊魔の目が虚ろになる。席を立ち、邸にうやうやしくお辞儀をした。
「先生、なんなりとご命令を」
「そうねぇ……」
邸は遊魔のアゴをつかみ、邪悪に微笑む。
「いくつか聞きたいんだけど、『天使様と悪魔様』って、貴方達?」
「はい、そうです」
遊魔はなんのためらいもなく答えた。
「どうやって悪夢を見せてきたの?」
「僕達はアクムツカイなんです。標的に二人同時に殺意を抱くと、悪夢を見せられるんです」
「二人同時じゃなきゃダメなの?」
「はい。一人では悪夢は見せられません」
「……じゃあ、聖夜君も必要ね」
邸は黙りこくっていた聖夜に視線を移す。
聖夜はチッと舌打ち、遊魔の手を引いた。
「遊魔、逃げるぞ!」
「……」
「どうした?! しっかりしろ!」
「……」
遊魔はその場から動こうとしない。それどころか聖夜の腕をぐいっと引き、後ろから羽交締めにした。
「ッ! お前ら、見てないで助けろ! 長内! 倉洲!」
聖夜は教室に残っていたクラスメイトに助けを求めるが、誰もこちらを見ようともしない。
皆、遊魔と同じ虚ろな目で、要領を得ない会話を続けていた。
「ライターってすごいのよぉ! 人もポスターも明るく燃やせるの! 前衛的な証拠隠滅モンスターだと思わない?」
長内は輪ゴムで束にした百円ライターを握りしめ、友人達に熱弁する。友人達もおのおのガソリンやら着火剤やらを握りしめ、「すごいよ! すごいよ!」と称賛していた。
倉洲は大人しく席につき、自分のスマホの画面をベロベロ舐め回している。スマホには長内が勝手に配信した、レオの動画が流れていた。
そのレオが、血だらけで教室のドアを開け放った。
「やぁしきせんせぇッ!!! 言われたとおり、半径百キロ以内にある全部の校舎の屋上から飛び降りましたよぉーッ! 次は何すれば付き合ってくれますかぁー?」
「じゃあ、次は直径千キロ以内にあるプールで泳いできて。得意でしょ? 水泳」
「はァい! 生まれつきカナヅチです! 制服は最良のスイミングウェアです! 行ってきます!」
レオは人や壁にぶつかりながら、バタバタと廊下を走り去っていく。
他のクラスメイトも、教室の外にいる生徒や教師も、皆イカれていた。狂気的な笑い声がそこかしこから聞こえる。今、学校に残っている人間でまともなのは聖夜だけだった。
「お前、館操江だろ?! ババァのくせに、堂々と二十代名乗りやがって! 俺達も父さんや母さんみたいに殺す気か?!」
「えぇ。でも、勘違いしないでね? 私が整形したのは貴方達に近づくためじゃない、自分のためよ」
邸は勝利を確信したのか、今の姿を手に入れるまでの経緯を朗々と語った。
邸改め、館はアクムツカイの力を使って大幅に刑期を縮め、刑務所を出た。
出所後は「もう結婚はこりごりだ」と、自分が満足できる若さと美貌を求め、美容整形に明け暮れた。金と人はなんとかなるが、技術だけはすぐにとはいかない。アクムツカイの力をもってしても、現在の整形技術では限界があった。
ある日、館は見知らぬ女に声をかけてきた。女は館がアクムツカイだと知った上で、取引を持ちかけてきた。
「研究中の最先端美容整形手術をタダで受けさせてやる。その代わり、お前の力で日野歩夢と日野夢花を殺せ」
標的の名を聞き、館はすぐに承諾した。
彼女はかつて、日野歩夢と日野夢花……すなわち聖夜と遊魔の両親に悪夢を見せられ、破滅した。その二人に復讐できるなど、願ったり叶ったりだった。
館は言われた通り二人を始末し、事情聴取をすませると、海外へ飛んだ。研究所の場所が分からないよういくつかの国を経由し、手術を受けた。新たな戸籍も用意し、中学生教師「邸アヤコ」として生まれ変わった。
これで幸せな人生を送れる……そう思っていた矢先、再び女から連絡が来た。
「日野歩夢と日野夢花の子供を見張れ。もし、アクムツカイとして目覚めたら始末しろ。もし約束を違えたら、お前が抱えている秘密を全て暴露する」
館は仕方なく、日野兄弟が通う予定の中学校の教師になった。周りに怪しまれないよう、反抗的な生徒や教師には館に従順になる悪夢を見せた。
「でも、安心して。私は貴方達を始末する気なんてないから。私と同じアクムツカイなんて、利用しがいがあるじゃない?」
館は聖夜の耳に指を突っ込み、耳栓を取り出す。
聖夜が改造した特殊な耳栓で、聞こえた声を別の声に変換する機能を搭載していた。万が一、館に話しかけられてもいいよう、外出時は常に身につけていた。館の命令が効かなかったのも、この耳栓のおかげだった。
「遊魔、目を覚ませ! お前は館のしもべなんかじゃ……」
ない、と否定する前に、館にさえぎられた。
「いいえ。聖夜君も遊魔君も、私の従順なしもべよ」
途端に、聖夜の視界がぐにゃりと歪む。狂っていた教室が、当たり前の風景へと塗り替えられていく。
やがて遊魔と同じように、聖夜の目は虚ろに沈んでいった。
「……先生、なんなりとご命令を」
「二人は私の自慢の生徒よ」と、褒めてくれたのだと。
だが、日野兄弟の耳は正常だった。
たちまち、遊魔の目が虚ろになる。席を立ち、邸にうやうやしくお辞儀をした。
「先生、なんなりとご命令を」
「そうねぇ……」
邸は遊魔のアゴをつかみ、邪悪に微笑む。
「いくつか聞きたいんだけど、『天使様と悪魔様』って、貴方達?」
「はい、そうです」
遊魔はなんのためらいもなく答えた。
「どうやって悪夢を見せてきたの?」
「僕達はアクムツカイなんです。標的に二人同時に殺意を抱くと、悪夢を見せられるんです」
「二人同時じゃなきゃダメなの?」
「はい。一人では悪夢は見せられません」
「……じゃあ、聖夜君も必要ね」
邸は黙りこくっていた聖夜に視線を移す。
聖夜はチッと舌打ち、遊魔の手を引いた。
「遊魔、逃げるぞ!」
「……」
「どうした?! しっかりしろ!」
「……」
遊魔はその場から動こうとしない。それどころか聖夜の腕をぐいっと引き、後ろから羽交締めにした。
「ッ! お前ら、見てないで助けろ! 長内! 倉洲!」
聖夜は教室に残っていたクラスメイトに助けを求めるが、誰もこちらを見ようともしない。
皆、遊魔と同じ虚ろな目で、要領を得ない会話を続けていた。
「ライターってすごいのよぉ! 人もポスターも明るく燃やせるの! 前衛的な証拠隠滅モンスターだと思わない?」
長内は輪ゴムで束にした百円ライターを握りしめ、友人達に熱弁する。友人達もおのおのガソリンやら着火剤やらを握りしめ、「すごいよ! すごいよ!」と称賛していた。
倉洲は大人しく席につき、自分のスマホの画面をベロベロ舐め回している。スマホには長内が勝手に配信した、レオの動画が流れていた。
そのレオが、血だらけで教室のドアを開け放った。
「やぁしきせんせぇッ!!! 言われたとおり、半径百キロ以内にある全部の校舎の屋上から飛び降りましたよぉーッ! 次は何すれば付き合ってくれますかぁー?」
「じゃあ、次は直径千キロ以内にあるプールで泳いできて。得意でしょ? 水泳」
「はァい! 生まれつきカナヅチです! 制服は最良のスイミングウェアです! 行ってきます!」
レオは人や壁にぶつかりながら、バタバタと廊下を走り去っていく。
他のクラスメイトも、教室の外にいる生徒や教師も、皆イカれていた。狂気的な笑い声がそこかしこから聞こえる。今、学校に残っている人間でまともなのは聖夜だけだった。
「お前、館操江だろ?! ババァのくせに、堂々と二十代名乗りやがって! 俺達も父さんや母さんみたいに殺す気か?!」
「えぇ。でも、勘違いしないでね? 私が整形したのは貴方達に近づくためじゃない、自分のためよ」
邸は勝利を確信したのか、今の姿を手に入れるまでの経緯を朗々と語った。
邸改め、館はアクムツカイの力を使って大幅に刑期を縮め、刑務所を出た。
出所後は「もう結婚はこりごりだ」と、自分が満足できる若さと美貌を求め、美容整形に明け暮れた。金と人はなんとかなるが、技術だけはすぐにとはいかない。アクムツカイの力をもってしても、現在の整形技術では限界があった。
ある日、館は見知らぬ女に声をかけてきた。女は館がアクムツカイだと知った上で、取引を持ちかけてきた。
「研究中の最先端美容整形手術をタダで受けさせてやる。その代わり、お前の力で日野歩夢と日野夢花を殺せ」
標的の名を聞き、館はすぐに承諾した。
彼女はかつて、日野歩夢と日野夢花……すなわち聖夜と遊魔の両親に悪夢を見せられ、破滅した。その二人に復讐できるなど、願ったり叶ったりだった。
館は言われた通り二人を始末し、事情聴取をすませると、海外へ飛んだ。研究所の場所が分からないよういくつかの国を経由し、手術を受けた。新たな戸籍も用意し、中学生教師「邸アヤコ」として生まれ変わった。
これで幸せな人生を送れる……そう思っていた矢先、再び女から連絡が来た。
「日野歩夢と日野夢花の子供を見張れ。もし、アクムツカイとして目覚めたら始末しろ。もし約束を違えたら、お前が抱えている秘密を全て暴露する」
館は仕方なく、日野兄弟が通う予定の中学校の教師になった。周りに怪しまれないよう、反抗的な生徒や教師には館に従順になる悪夢を見せた。
「でも、安心して。私は貴方達を始末する気なんてないから。私と同じアクムツカイなんて、利用しがいがあるじゃない?」
館は聖夜の耳に指を突っ込み、耳栓を取り出す。
聖夜が改造した特殊な耳栓で、聞こえた声を別の声に変換する機能を搭載していた。万が一、館に話しかけられてもいいよう、外出時は常に身につけていた。館の命令が効かなかったのも、この耳栓のおかげだった。
「遊魔、目を覚ませ! お前は館のしもべなんかじゃ……」
ない、と否定する前に、館にさえぎられた。
「いいえ。聖夜君も遊魔君も、私の従順なしもべよ」
途端に、聖夜の視界がぐにゃりと歪む。狂っていた教室が、当たり前の風景へと塗り替えられていく。
やがて遊魔と同じように、聖夜の目は虚ろに沈んでいった。
「……先生、なんなりとご命令を」
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