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第4部 第2章「天使くんと悪魔くん」
第3話『入れ替わった偶像』前編
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「天使様と悪魔様」がデビューし、一週間が経った。
「合法的に復讐してくれるバーチャルアイドル」は評判を呼び、チャンネル登録者数は今なお増え続けている。誰でも依頼できるだけではなく、動画内で標的に見せた悪夢をアニメーションで再現することで、動画自体も楽しめる仕組みになっていた。
注目を集める彼らだったが、それをよく思わない者もいた。
「そうそう、聞いて聞いてー! 姫ぇ、コラボ断られちゃったのー! ぴえんっ」
そのうちの一人、「ミルキーヒロインプリンセス」こと、みひろたんは「【炎上覚悟】お話したいことがあります!」というタイトルで、唐突に配信を始めた。深夜に始まった突発的な配信にもかかわらず、開始と同時にファンが押し寄せた。
みひろたんは「天使様と悪魔様」と同じ配信サイトで活動している、自称美少女バーチャルアイドルだった。ランキングは常に上位、チャンネル登録者数は天文学的な数字を誇り、投げ銭で一生遊んで暮らせるほどの額をもらっていた。
「誰だと思うー? そう! 『天使様と悪魔様』チャンネルの聖ちゃんと魅魔ちゃんだよー!」
画面に、日野兄弟が演じているバーチャルアイドルの顔が映し出される。途端に、コメント欄は二人への罵詈雑言で埋め尽くされた。
みひろたんは「もぉー! みんな、言い過ぎぃ!」と、なだめるそぶりを見せつつ、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「でもぉ、姫のコラボを断るなんてぇ、ちょっとおイタが過ぎるよねぇ? なーのーでー、今日はこぉーんな企画をやっちゃおうと思いまーす!」
ドドンッというSEと同時に、上から企画のタイトルが降ってくる。タイトルはそのまま、聖と魅魔の顔写真を押しつぶした。
「題して、『天使様と悪魔様』ガチンコアポ無し凸ぅ! 今、裏で配信してる『天使様と悪魔様』の配信にアポ無しコラボしちゃいたいと思いまーす! コラボしてくれないなら、突撃するっきゃないっしょ?! みんなも来てくれるかなー?」
リスナーは「もちろん!」「凸コラボキター!」「土下座するまで許さねぇ!」と盛り上がる。
みひろたんは今までも同様の手口で配信を乗っ取り、気に入らない配信者を潰してきた。リスナーもコメントやSNSで配信者を炎上させることで、みひろたんの悪事に協力していた。
「それじゃあ、レッツゴー!」
みひろたんが「天使様と悪魔様」が裏でやっている配信を画面に表示する。
リスナーもみひろたんを見守りつつ、「天使様と悪魔様」の配信にコメントを打つ準備を整える。中にはコメント用の機器を複数用意し、不特定多数を装ってコメントしようとしている者もいた。
「……それじゃあ、今回の悪夢はこれで決まり! 次回の配信も楽しみにしててねー!」
「あっ」
ところがタイミングの悪いことに、「天使様と悪魔様」の配信は終わる寸前だった。SNSに発表していた時間より、ずっと早い。
みひろたんは慌てて、「天使様と悪魔様」にコラボの申請をした。みひろたんのリスナーも「ちょっと待った!」「みひろたん降臨!」と引き留める。
普通なら事態を察し、無視して枠を閉じるところだが、「天使様と悪魔様」は違った。
「おっ! 早かったじゃーん」
「連絡が来てから、枠を立てるつもりだったのですよ?」
みひろたんのコラボをすんなり通し、配信を延長する。二人とも、みひろたんが来るのを予期していたかのように平然としている。
「天使様と悪魔様」のリスナーも「本人登場(笑)」「盛り上がって参りましたー」と嘲笑混じりに歓迎した。
「な、なに? 姫の話でもしてたの?」
みひろたんはコラボを断られた怒りも忘れ、動揺する。
二人は「そうだよー」と同時に答えた。
「実は、みひろたんに悪夢を見せて欲しいっていう依頼が千件以上来てたんだよ」
「私の?!」
驚いて、声が裏返る。
「変な声っ!」と聖は笑った。
「さすがに千回も悪夢を見せるのはめんどいから、一回にまとめることにしたの。リスナーのみんなも、それでいいって」
「今後依頼があっても、千回につき一回のペースで実行します。もっとも、今回の悪夢に貴方が耐えられるかは分かりませんが」
魅魔は淡々と話す。
ようやく状況を理解し、みひろたんはわなわなと怒りに震えた。
「つまり……今度のターゲットは私ってこと? この、トップバーチャルアイドルのミルキーヒロインプリンセス・みひろたんに、悪夢とかいうインチキを吹っかけようっていうの?」
「はい」
「インチキじゃないんだけど?」
「ふっざけんじゃないわよ!」
みひろたんはマイクが割れるほどの大音量で怒り狂った。
みひろたんのリスナーも「天使様と悪魔様」のリスナーも、「うるさっ!」とコメントで悲鳴を上げる。「天使様と悪魔様」の中の人である聖夜と遊魔も悲鳴を上げそうになったが、なんとか堪えた。
配信のボリュームを下げ、自分達とリスナーの耳を守る。みひろたんはなおも、割れた音声でわめき散らした。
「何なんだよ、お前ら! コラボ断るし、悪夢見せるとか言い出すし、社会人として礼儀がなってないぞ! 名誉毀損で訴えてやるからな! ネットのことだからって、何でも許されると思うなよ! これだから、最近の若者は……」
キャラを忘れ、怒り狂う。それを聞いて、聖と魅魔はクスクス笑った。
「そうだよねぇ。みひろたん、本当は十七歳じゃなくて、五十七歳だもんねぇ?」
「ミルキー王国のプリンセスじゃなくて、牛丼屋の店長をやられているんでしょう? 牛さんを殺して売るなんて、すっごく夢かわ(苦笑)なお仕事ですねぇ」
「ッ!」
ハッと、みひろたんは冷静を取り戻す。アバターの状態でも、聖と魅魔への警戒を強めたのが分かった。
「な、なんのことぉ? 姫、牛丼なんて食べたことも見たこともないよぉ?」
「おや?」「見たこともないのに、食べ物だと知ってる……?」「ペロッ! 牛丼の味がするぜ!」
みひろたんの発言に、「天使様と悪魔様」のリスナーはざわつく。
一方、みひろたんのリスナーは「勝手なこと言うな!」「みひろたんはプリンセスだぞ!」「牛丼食ってるのはおまいらだろ!」と、コメントの連投でみひろたんをかばった。
「とーにーかーく! 姫に悪夢を見せたら、処刑だから! ネットの炎で、火あぶりの刑にしてやる!」
みひろたんは「天使様と悪魔様」の配信から退出すると、自分の配信とSNSで二人の悪口を言いまくった。
リスナーは「いつもの情緒不安定」と温かく見守りつつ、コメントで「天使様と悪魔様」リスナーと激しい攻防戦を繰り広げた。
「合法的に復讐してくれるバーチャルアイドル」は評判を呼び、チャンネル登録者数は今なお増え続けている。誰でも依頼できるだけではなく、動画内で標的に見せた悪夢をアニメーションで再現することで、動画自体も楽しめる仕組みになっていた。
注目を集める彼らだったが、それをよく思わない者もいた。
「そうそう、聞いて聞いてー! 姫ぇ、コラボ断られちゃったのー! ぴえんっ」
そのうちの一人、「ミルキーヒロインプリンセス」こと、みひろたんは「【炎上覚悟】お話したいことがあります!」というタイトルで、唐突に配信を始めた。深夜に始まった突発的な配信にもかかわらず、開始と同時にファンが押し寄せた。
みひろたんは「天使様と悪魔様」と同じ配信サイトで活動している、自称美少女バーチャルアイドルだった。ランキングは常に上位、チャンネル登録者数は天文学的な数字を誇り、投げ銭で一生遊んで暮らせるほどの額をもらっていた。
「誰だと思うー? そう! 『天使様と悪魔様』チャンネルの聖ちゃんと魅魔ちゃんだよー!」
画面に、日野兄弟が演じているバーチャルアイドルの顔が映し出される。途端に、コメント欄は二人への罵詈雑言で埋め尽くされた。
みひろたんは「もぉー! みんな、言い過ぎぃ!」と、なだめるそぶりを見せつつ、ニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「でもぉ、姫のコラボを断るなんてぇ、ちょっとおイタが過ぎるよねぇ? なーのーでー、今日はこぉーんな企画をやっちゃおうと思いまーす!」
ドドンッというSEと同時に、上から企画のタイトルが降ってくる。タイトルはそのまま、聖と魅魔の顔写真を押しつぶした。
「題して、『天使様と悪魔様』ガチンコアポ無し凸ぅ! 今、裏で配信してる『天使様と悪魔様』の配信にアポ無しコラボしちゃいたいと思いまーす! コラボしてくれないなら、突撃するっきゃないっしょ?! みんなも来てくれるかなー?」
リスナーは「もちろん!」「凸コラボキター!」「土下座するまで許さねぇ!」と盛り上がる。
みひろたんは今までも同様の手口で配信を乗っ取り、気に入らない配信者を潰してきた。リスナーもコメントやSNSで配信者を炎上させることで、みひろたんの悪事に協力していた。
「それじゃあ、レッツゴー!」
みひろたんが「天使様と悪魔様」が裏でやっている配信を画面に表示する。
リスナーもみひろたんを見守りつつ、「天使様と悪魔様」の配信にコメントを打つ準備を整える。中にはコメント用の機器を複数用意し、不特定多数を装ってコメントしようとしている者もいた。
「……それじゃあ、今回の悪夢はこれで決まり! 次回の配信も楽しみにしててねー!」
「あっ」
ところがタイミングの悪いことに、「天使様と悪魔様」の配信は終わる寸前だった。SNSに発表していた時間より、ずっと早い。
みひろたんは慌てて、「天使様と悪魔様」にコラボの申請をした。みひろたんのリスナーも「ちょっと待った!」「みひろたん降臨!」と引き留める。
普通なら事態を察し、無視して枠を閉じるところだが、「天使様と悪魔様」は違った。
「おっ! 早かったじゃーん」
「連絡が来てから、枠を立てるつもりだったのですよ?」
みひろたんのコラボをすんなり通し、配信を延長する。二人とも、みひろたんが来るのを予期していたかのように平然としている。
「天使様と悪魔様」のリスナーも「本人登場(笑)」「盛り上がって参りましたー」と嘲笑混じりに歓迎した。
「な、なに? 姫の話でもしてたの?」
みひろたんはコラボを断られた怒りも忘れ、動揺する。
二人は「そうだよー」と同時に答えた。
「実は、みひろたんに悪夢を見せて欲しいっていう依頼が千件以上来てたんだよ」
「私の?!」
驚いて、声が裏返る。
「変な声っ!」と聖は笑った。
「さすがに千回も悪夢を見せるのはめんどいから、一回にまとめることにしたの。リスナーのみんなも、それでいいって」
「今後依頼があっても、千回につき一回のペースで実行します。もっとも、今回の悪夢に貴方が耐えられるかは分かりませんが」
魅魔は淡々と話す。
ようやく状況を理解し、みひろたんはわなわなと怒りに震えた。
「つまり……今度のターゲットは私ってこと? この、トップバーチャルアイドルのミルキーヒロインプリンセス・みひろたんに、悪夢とかいうインチキを吹っかけようっていうの?」
「はい」
「インチキじゃないんだけど?」
「ふっざけんじゃないわよ!」
みひろたんはマイクが割れるほどの大音量で怒り狂った。
みひろたんのリスナーも「天使様と悪魔様」のリスナーも、「うるさっ!」とコメントで悲鳴を上げる。「天使様と悪魔様」の中の人である聖夜と遊魔も悲鳴を上げそうになったが、なんとか堪えた。
配信のボリュームを下げ、自分達とリスナーの耳を守る。みひろたんはなおも、割れた音声でわめき散らした。
「何なんだよ、お前ら! コラボ断るし、悪夢見せるとか言い出すし、社会人として礼儀がなってないぞ! 名誉毀損で訴えてやるからな! ネットのことだからって、何でも許されると思うなよ! これだから、最近の若者は……」
キャラを忘れ、怒り狂う。それを聞いて、聖と魅魔はクスクス笑った。
「そうだよねぇ。みひろたん、本当は十七歳じゃなくて、五十七歳だもんねぇ?」
「ミルキー王国のプリンセスじゃなくて、牛丼屋の店長をやられているんでしょう? 牛さんを殺して売るなんて、すっごく夢かわ(苦笑)なお仕事ですねぇ」
「ッ!」
ハッと、みひろたんは冷静を取り戻す。アバターの状態でも、聖と魅魔への警戒を強めたのが分かった。
「な、なんのことぉ? 姫、牛丼なんて食べたことも見たこともないよぉ?」
「おや?」「見たこともないのに、食べ物だと知ってる……?」「ペロッ! 牛丼の味がするぜ!」
みひろたんの発言に、「天使様と悪魔様」のリスナーはざわつく。
一方、みひろたんのリスナーは「勝手なこと言うな!」「みひろたんはプリンセスだぞ!」「牛丼食ってるのはおまいらだろ!」と、コメントの連投でみひろたんをかばった。
「とーにーかーく! 姫に悪夢を見せたら、処刑だから! ネットの炎で、火あぶりの刑にしてやる!」
みひろたんは「天使様と悪魔様」の配信から退出すると、自分の配信とSNSで二人の悪口を言いまくった。
リスナーは「いつもの情緒不安定」と温かく見守りつつ、コメントで「天使様と悪魔様」リスナーと激しい攻防戦を繰り広げた。
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