悪夢症候群

緋色刹那

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第4部 第2章「天使くんと悪魔くん」

第2話『仮想現実のトライアングル』⑵

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「…………え?」
 倉洲は頭の中が真っ白になった。
 あの目障りな女を排除し、やっと平穏が戻ったと思ったのに。
「なんで?! レオも長内のこと、うっとうしいって言ってたじゃん!」
「ナミコから聞いたんだ。お前にいじめられてるって。俺とはただの幼馴染だって何回も言ったけど、信じてくれなかったって」
「そんな……そんなわけ……!」
 言葉が出てこない。自覚こそなかったものの、レオの話は全て事実だった。
 倉洲はもともと独占欲が強く、大好きなレオも独り占めしたいと思っていた。そのため、レオと幼馴染という特別な関係にある長内ナミコに嫉妬し、排除しようと目論んだのだ。
 「ナミコが私の彼氏を取った」……そう、学校中に言い触らして回り、自分は被害者だと主張した。
 同じクラスの女子にも泣きつき、ナミコをいじめるよう仕向けた。レオに嫌われないよう、決まって彼のいない時を狙った。
「ナミコのやつ、屋上から飛び降りようとしたんだ。何もかもが台無しになる悪夢を見て、全てが嫌になったらしい。俺、もうアイツのこと放っておけねぇよ」
 そんで、とレオは倉洲を冷たく睨んだ。
「お前のことは一生許さねぇ。先生とお前の親に言いつけてやる」
「まッ、待って! それだけはやめて!」
 レオは足早に職員室へ向かう。
 倉洲も後を追ったが、職員室の前の掲示板を見て、ハッと立ち止まった。
 そこには倉洲が長内をいじめていたと告発する、大量のポスターが隙間なく貼り出されていた。倉洲がクラスメイトの女子と長内をいじめている瞬間を隠し撮りした写真と共に、
『倉洲メイは嘘つきクズ女(笑)』
『彼ピしゅき過ぎて、ジェラってるなう』
『(倉洲の顔写真に対し)落書きおk』
 など、罵詈雑言に近い文言が添えられている。
 通りかかった生徒達は興味深そうに、ポスターを鑑賞していた。倉洲本人を見つけ、爆笑している。
「ひどい! 私、こんなことしてないのに!」
 倉洲は被害者の演技をしながら、ポスターを剥がす。内心ははらわたが煮えくり返るほど、いら立っていた。
(誰よ、こんなポスター貼ったの! 探し出して、先生達に突き出してやる!)
 職員室のドアが開き、レオが担任と数名の先生を連れて戻ってきた。
 倉洲は彼らに泣きつこうとして、はたとポスターの一枚に目を留めた。そのポスターには、怒る長内の顔と一緒に
『天使様と悪魔様の依頼主一号は、コイツです』
 と書かれていた。
(何で私が依頼したって知ってるの? 聖夜と遊魔? それとも、「天使様と悪魔様」がこれを? でも私、あの子達に恨まれるようなことなんてしてないし……)
 考え、ひらめいた。
 倉洲が依頼したと知る人物が、もう一人いた。悪夢を見せられた、長内だ。彼女が「天使様と悪魔様」の配信を見れば、依頼内容から倉洲が依頼主だと分かるはずだ。
(なーにが屋上から飛び降りようとした、だ! 趣味の悪いポスター貼りに来ただけじゃん!)
 倉洲はレオと先生達に背を向け、下駄箱へ走った。
 靴に履き替え、長内の家へ急ぐ。レオや先生達は追ってはこなかった。
 しばらく街を走って、気づいた。先ほど職員室の前に貼ってあったポスターが、建物の壁や車、地面など、街の至るところに貼られている。きっと長内のしわざだろう。
「アイツ、頭おかしいんじゃないの?」
 倉洲は自分のことは棚に上げ、長内に恐怖を覚えた。



 長内の家のインターホンを押したが、誰も出なかった。
 玄関のドアは開いている。スリッパの数から、家にいるのは長内一人だけだと分かった。
「長内さーん。どこにいるのー?」
 倉洲はニヤニヤ笑いながら、家中をくまなく探す。ついでに、納戸からキャンプ用のライターとガソリンのタンクを持ち出した。
 二階に上がると、ドアに「ナミコ」とプレートが貼ってある部屋を見つけた。
「長内さん、ここー?」
 倉洲が声をかけると、中から「ひッ!」と小さく悲鳴が聞こえた。鍵を閉めるつもりか、慌ててドアへ駆け寄ってくる。
 倉洲は足音がドアの前まで来たタイミングで、勢いよくドアを開いた。長内はドアで突き飛ばされ、床へ倒れた。
「あっ、ごっめーん。いるとは思ってなかったのー」
 長内の部屋は、倉洲を告発する大量のポスターで埋め尽くされていた。
 倉洲は部屋を見回し、「やっぱりね」と勝ち誇ったように笑った。
「あの趣味の悪いポスター、長内が作ってたんだ? レオがこのこと知ったら、どう思うかなー?」
「やめて! レオ君には言わないで!」
 倉洲の目がスッと冷たくなる。長内がレオの名を呼ぶだけで怒りが増した。
 倉洲は納戸からくすねたガソリンを長内の頭にぶっかけ、言った。
「……いいよ。レオには秘密にしておいてあげる。その代わり、長内さんはここで死んでくれる?」
 ライターを点け、長内の頬へ近づける。
 長内は悲鳴を上げそうになるのをグッとこらえ、小さく頷いた。
「分かった。レオ君にバレるくらいなら、ここで死んだほうがマシ」
 目を閉じ、静かにその時を待つ。
 倉洲は長内をさらに苦しめようと、こっそりスマホで撮影を始めた。
(後で、こいつのリスナー達に見せてやろうっと)
 火が点いているライターの先を、長内の頬へグッと押し込む。
 直後、
「あっついッ!」
 反射的に、ライターを離す。
 落ちたライターは火を保ったまま、長内の太ももへ落ちる。すると、今度は倉洲の太ももが燃え上がった。
「嫌ッ! 嫌ァーッ!」
 倉洲は床をゴロゴロと転がり回る。火は全身に燃え広がり、倉洲を包んだ。
 奇妙なことに、長内の体は全く燃えていなかった。呆気に取られた様子で、転がる倉洲を眺めている。
「倉洲さんどうしたの? 大丈夫?」
「何で……何で私だけ、こんな目に! 依頼をしたのは私なのに! 何でコイツは無傷なのッ?! おかしいじゃん!」
 倉洲は最期に叫び、息絶えた。
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