悪夢症候群

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
27 / 227
第1部 第2章「深夜悪夢」

第5話『娘』後編

しおりを挟む
 全てを思い出したシズカは、無防備なユメカを睨みつけた。
(……殺さなきゃ。どうしてユメカが生き返ったのかは分からないけど、殺さなきゃ。でないと、今の幸せが壊れてしまう。せっかく夫が私だけを見てくれているのに、またユメカに奪われてしまう……!)
 幸い、ユメカはシズカに気づいていない。
 シズカは音を立てないよう、ゆっくりとユメカに近づいた。夕日が沈み、周囲は次第に闇へと包まれていく。
 シズカはユメカの真後ろまで近づくと、彼女の背中を押した。
 ところが、シズカの手はユメカの体をすり抜けた。そのまま川へ落下する。川の中は濁っていて視界が悪く、異臭がした。
 急いで岸に戻ろうとするが、服が水を吸って思うように動けない。また、浅瀬のわりに深く、足がつかなかった。
 シズカは水面から顔を上げると、今しがた突き落とそうとした娘に助けを求めた。
「ユメカ、助けて! お母さん、このままじゃ溺れちゃう!」
 しかしユメカの顔を見て、ハッとした。
 ユメカには顔がなかった。のっぺらぼうのように白く、つるんとしていた。
 そこへ本物のユメカが近づいてきた。
 溺れているシズカを見て、「ふふっ」とほくそ笑む。今までシズカが見たことのない、邪悪な笑顔だった。
「私の自画像、上手でしょ? 途中で入れ替わったのに、お母さん全然気づいてなかったね」
 ユメカの豹変ぶりに、シズカはゾッとした。
(……この子、私を殺しに来たんだわ。妙な手品まで使って……正真正銘の、悪魔だわ!)
 シズカは「ガボガボ」とユメカを批難した。ほとんどは言葉にならず、泡となって消えた。
「んー、何言ってるのかよく分かんないや。けど、どうせロクなこと言ってないし、無視していいよね?」
「ガボガボガボッ!」
「アハハッ! 怒ってる、怒ってる! それじゃ、お母さんは一人で死んでね。私は新しいお父さんと平和に暮らすから。キャハハッ!」
 ユメカは笑いながら走り去っていく。のっぺらぼうのユメカも、後をついて行った。
 やがて完全に闇に閉ざされ、夜になった。一切の明かりがなく、川も、岸も、空も、漆黒に染まる。
 シズカは世界にたった一人取り残されたような気分になった。完全な孤独の中、体力も抗う気力も奪われ、ついには力尽きた。
 シズカの体はゆっくりと沈んでいく。川に底はなく、永遠に闇の中を沈み続けた。



 ある女が川で溺死した。
 現場は岸からほど近い、浅瀬だった。子供でも足がつく深さだったが、何故か女は岸へは上がらなかった。
 女には娘がいた。二人は仲良しで、よく近所のスーパーへ買い物に来ていた。
 しかし女が今の夫と再婚してからは、二人きりの外出は減り、それどころか娘に暴言を吐くようになった。娘が自分より夫と仲が良いので嫉妬していたらしい。
 事件当日、女は家出した娘を探しに川へ向かった。入れ違いに夫が帰宅し、二人を待っていると、全身ずぶ濡れになった娘が帰ってきた。
 娘は泣きながら、義父に訴えた。
「お母さんに川へ突き落とされたの。お母さんも私が落ちた後に、足を滑らせて川に落ちたんだけど、いつまで経っても浮いてこなかったよ」
 警察が川を捜索すると、確かに川底に女の溺死体が沈んでいた。
 事件性が低いことから、女の死は「足を滑らせたことによる事故」と断定。捜査は終了した。



 事件後、娘は病院でカウンセリングを受けることになった。母親の死にそれほどショックを受けてはいなかったが、念のためだ。
 父親がカウンターで受付を済ませ、戻ってくると、娘は見知らぬ青年と楽しそうに話していた。細身で肌が白く、病弱そうな青年だった。
「ユメカ、お友達かい? ずいぶん盛り上がってるみたいだけど、二人で何の話をしているのかな?」
「ナイショ!」
 娘は父親の質問をはぐらかし、青年との会話に戻る。どうやら、お互いが見た夢の話をしているらしい。
 父親は娘の元気な姿を見て、ホッとした。
(血の繋がった母親に殺されかけたと聞いた時は心配だったけど、この様子なら明日から学校に戻っても大丈夫そうだな)
 父親はユメカを青年に任せ、席を離れた。
 その間も、娘は青年と夢の話で盛り上がっていた。人はまばらで、二人の会話を気にする者はいない。
 ただ一人、神経質そうに足を揺すり、二人を睨んでいる男がいた。会社員らしき、よれよれのスーツを着た、眼鏡の男だ。
 やがて男は痺れを切らすと、席を立ち、娘と青年の前に立ちはだかった。二人も男の存在に気づき、彼を訝しげに見上げた。
 男は舌打ち、大声で怒鳴った。
「お前ら、さっきからうるさいんだよ! ここは待合室だぞ! 静かにしろ!」
 怒りと共に、溜め込んでいた殺意を二人にぶつける。そうすれば何もかもがになると、男は知っていた。
 何故なら、自分は選ばれた人間……殺意を向けるだけで人を破滅へと導く、特別な能力を与えられた存在なのだから。



(第3章「蓄積悪夢」へ続く)
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

File■■ 【厳選■ch怖い話】むしごさまをよぶ  

雨音
ホラー
むしごさま。 それは■■の■■。 蟲にくわれないように ※ちゃんねる知識は曖昧あやふやなものです。ご容赦くださいませ。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

処理中です...