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第1部 第2章「深夜悪夢」
第5話『娘』後編
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全てを思い出したシズカは、無防備なユメカを睨みつけた。
(……殺さなきゃ。どうしてユメカが生き返ったのかは分からないけど、殺さなきゃ。でないと、今の幸せが壊れてしまう。せっかく夫が私だけを見てくれているのに、またユメカに奪われてしまう……!)
幸い、ユメカはシズカに気づいていない。
シズカは音を立てないよう、ゆっくりとユメカに近づいた。夕日が沈み、周囲は次第に闇へと包まれていく。
シズカはユメカの真後ろまで近づくと、彼女の背中を押した。
ところが、シズカの手はユメカの体をすり抜けた。そのまま川へ落下する。川の中は濁っていて視界が悪く、異臭がした。
急いで岸に戻ろうとするが、服が水を吸って思うように動けない。また、浅瀬のわりに深く、足がつかなかった。
シズカは水面から顔を上げると、今しがた突き落とそうとした娘に助けを求めた。
「ユメカ、助けて! お母さん、このままじゃ溺れちゃう!」
しかしユメカの顔を見て、ハッとした。
ユメカには顔がなかった。のっぺらぼうのように白く、つるんとしていた。
そこへ本物のユメカが近づいてきた。
溺れているシズカを見て、「ふふっ」とほくそ笑む。今までシズカが見たことのない、邪悪な笑顔だった。
「私の自画像、上手でしょ? 途中で入れ替わったのに、お母さん全然気づいてなかったね」
ユメカの豹変ぶりに、シズカはゾッとした。
(……この子、私を殺しに来たんだわ。妙な手品まで使って……正真正銘の、悪魔だわ!)
シズカは「ガボガボ」とユメカを批難した。ほとんどは言葉にならず、泡となって消えた。
「んー、何言ってるのかよく分かんないや。けど、どうせロクなこと言ってないし、無視していいよね?」
「ガボガボガボッ!」
「アハハッ! 怒ってる、怒ってる! それじゃ、お母さんは一人で死んでね。私は新しいお父さんと平和に暮らすから。キャハハッ!」
ユメカは笑いながら走り去っていく。のっぺらぼうのユメカも、後をついて行った。
やがて完全に闇に閉ざされ、夜になった。一切の明かりがなく、川も、岸も、空も、漆黒に染まる。
シズカは世界にたった一人取り残されたような気分になった。完全な孤独の中、体力も抗う気力も奪われ、ついには力尽きた。
シズカの体はゆっくりと沈んでいく。川に底はなく、永遠に闇の中を沈み続けた。
ある女が川で溺死した。
現場は岸からほど近い、浅瀬だった。子供でも足がつく深さだったが、何故か女は岸へは上がらなかった。
女には娘がいた。二人は仲良しで、よく近所のスーパーへ買い物に来ていた。
しかし女が今の夫と再婚してからは、二人きりの外出は減り、それどころか娘に暴言を吐くようになった。娘が自分より夫と仲が良いので嫉妬していたらしい。
事件当日、女は家出した娘を探しに川へ向かった。入れ違いに夫が帰宅し、二人を待っていると、全身ずぶ濡れになった娘が帰ってきた。
娘は泣きながら、義父に訴えた。
「お母さんに川へ突き落とされたの。お母さんも私が落ちた後に、足を滑らせて川に落ちたんだけど、いつまで経っても浮いてこなかったよ」
警察が川を捜索すると、確かに川底に女の溺死体が沈んでいた。
事件性が低いことから、女の死は「足を滑らせたことによる事故」と断定。捜査は終了した。
事件後、娘は病院でカウンセリングを受けることになった。母親の死にそれほどショックを受けてはいなかったが、念のためだ。
父親がカウンターで受付を済ませ、戻ってくると、娘は見知らぬ青年と楽しそうに話していた。細身で肌が白く、病弱そうな青年だった。
「ユメカ、お友達かい? ずいぶん盛り上がってるみたいだけど、二人で何の話をしているのかな?」
「ナイショ!」
娘は父親の質問をはぐらかし、青年との会話に戻る。どうやら、お互いが見た夢の話をしているらしい。
父親は娘の元気な姿を見て、ホッとした。
(血の繋がった母親に殺されかけたと聞いた時は心配だったけど、この様子なら明日から学校に戻っても大丈夫そうだな)
父親はユメカを青年に任せ、席を離れた。
その間も、娘は青年と夢の話で盛り上がっていた。人はまばらで、二人の会話を気にする者はいない。
ただ一人、神経質そうに足を揺すり、二人を睨んでいる男がいた。会社員らしき、よれよれのスーツを着た、眼鏡の男だ。
やがて男は痺れを切らすと、席を立ち、娘と青年の前に立ちはだかった。二人も男の存在に気づき、彼を訝しげに見上げた。
男は舌打ち、大声で怒鳴った。
「お前ら、さっきからうるさいんだよ! ここは待合室だぞ! 静かにしろ!」
怒りと共に、溜め込んでいた殺意を二人にぶつける。そうすれば何もかもが思い通りになると、男は知っていた。
何故なら、自分は選ばれた人間……殺意を向けるだけで人を破滅へと導く、特別な能力を与えられた存在なのだから。
(第3章「蓄積悪夢」へ続く)
(……殺さなきゃ。どうしてユメカが生き返ったのかは分からないけど、殺さなきゃ。でないと、今の幸せが壊れてしまう。せっかく夫が私だけを見てくれているのに、またユメカに奪われてしまう……!)
幸い、ユメカはシズカに気づいていない。
シズカは音を立てないよう、ゆっくりとユメカに近づいた。夕日が沈み、周囲は次第に闇へと包まれていく。
シズカはユメカの真後ろまで近づくと、彼女の背中を押した。
ところが、シズカの手はユメカの体をすり抜けた。そのまま川へ落下する。川の中は濁っていて視界が悪く、異臭がした。
急いで岸に戻ろうとするが、服が水を吸って思うように動けない。また、浅瀬のわりに深く、足がつかなかった。
シズカは水面から顔を上げると、今しがた突き落とそうとした娘に助けを求めた。
「ユメカ、助けて! お母さん、このままじゃ溺れちゃう!」
しかしユメカの顔を見て、ハッとした。
ユメカには顔がなかった。のっぺらぼうのように白く、つるんとしていた。
そこへ本物のユメカが近づいてきた。
溺れているシズカを見て、「ふふっ」とほくそ笑む。今までシズカが見たことのない、邪悪な笑顔だった。
「私の自画像、上手でしょ? 途中で入れ替わったのに、お母さん全然気づいてなかったね」
ユメカの豹変ぶりに、シズカはゾッとした。
(……この子、私を殺しに来たんだわ。妙な手品まで使って……正真正銘の、悪魔だわ!)
シズカは「ガボガボ」とユメカを批難した。ほとんどは言葉にならず、泡となって消えた。
「んー、何言ってるのかよく分かんないや。けど、どうせロクなこと言ってないし、無視していいよね?」
「ガボガボガボッ!」
「アハハッ! 怒ってる、怒ってる! それじゃ、お母さんは一人で死んでね。私は新しいお父さんと平和に暮らすから。キャハハッ!」
ユメカは笑いながら走り去っていく。のっぺらぼうのユメカも、後をついて行った。
やがて完全に闇に閉ざされ、夜になった。一切の明かりがなく、川も、岸も、空も、漆黒に染まる。
シズカは世界にたった一人取り残されたような気分になった。完全な孤独の中、体力も抗う気力も奪われ、ついには力尽きた。
シズカの体はゆっくりと沈んでいく。川に底はなく、永遠に闇の中を沈み続けた。
ある女が川で溺死した。
現場は岸からほど近い、浅瀬だった。子供でも足がつく深さだったが、何故か女は岸へは上がらなかった。
女には娘がいた。二人は仲良しで、よく近所のスーパーへ買い物に来ていた。
しかし女が今の夫と再婚してからは、二人きりの外出は減り、それどころか娘に暴言を吐くようになった。娘が自分より夫と仲が良いので嫉妬していたらしい。
事件当日、女は家出した娘を探しに川へ向かった。入れ違いに夫が帰宅し、二人を待っていると、全身ずぶ濡れになった娘が帰ってきた。
娘は泣きながら、義父に訴えた。
「お母さんに川へ突き落とされたの。お母さんも私が落ちた後に、足を滑らせて川に落ちたんだけど、いつまで経っても浮いてこなかったよ」
警察が川を捜索すると、確かに川底に女の溺死体が沈んでいた。
事件性が低いことから、女の死は「足を滑らせたことによる事故」と断定。捜査は終了した。
事件後、娘は病院でカウンセリングを受けることになった。母親の死にそれほどショックを受けてはいなかったが、念のためだ。
父親がカウンターで受付を済ませ、戻ってくると、娘は見知らぬ青年と楽しそうに話していた。細身で肌が白く、病弱そうな青年だった。
「ユメカ、お友達かい? ずいぶん盛り上がってるみたいだけど、二人で何の話をしているのかな?」
「ナイショ!」
娘は父親の質問をはぐらかし、青年との会話に戻る。どうやら、お互いが見た夢の話をしているらしい。
父親は娘の元気な姿を見て、ホッとした。
(血の繋がった母親に殺されかけたと聞いた時は心配だったけど、この様子なら明日から学校に戻っても大丈夫そうだな)
父親はユメカを青年に任せ、席を離れた。
その間も、娘は青年と夢の話で盛り上がっていた。人はまばらで、二人の会話を気にする者はいない。
ただ一人、神経質そうに足を揺すり、二人を睨んでいる男がいた。会社員らしき、よれよれのスーツを着た、眼鏡の男だ。
やがて男は痺れを切らすと、席を立ち、娘と青年の前に立ちはだかった。二人も男の存在に気づき、彼を訝しげに見上げた。
男は舌打ち、大声で怒鳴った。
「お前ら、さっきからうるさいんだよ! ここは待合室だぞ! 静かにしろ!」
怒りと共に、溜め込んでいた殺意を二人にぶつける。そうすれば何もかもが思い通りになると、男は知っていた。
何故なら、自分は選ばれた人間……殺意を向けるだけで人を破滅へと導く、特別な能力を与えられた存在なのだから。
(第3章「蓄積悪夢」へ続く)
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