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第1部 第2章「深夜悪夢」
第4話『いすとりげぇむ』⑸
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「……は?」
たちまち、リオの顔から笑みが消える。
リオに追い討ちをかけるように、スピーカーから音楽が流れてきた。飽きるほど聞いた、調子外れの不気味なメロディだ。
ユメカは手を叩き、リオを椅子から落とす。リオが座っていなかった方の椅子が机の上へ移動し、椅子は一脚になった。
「ゲームは終わらないよ。リオちゃんが目を覚ますまでは、ね」
「何、言ってるの? 一人じゃゲームにならないよ? 椅子は一つ、私も一人なんだから。それとも、ユメカちゃんも参加したくなったの?」
ユメカは首を振った。
「んーん、やんない。私はリオちゃんがゲームしてるのを見るのが楽しいの」
やがて音楽が止まる。
リオは椅子に座ろうとして、尻もちをついた。
「あ、あれっ?」
振り返ると、あったはずの椅子が消えている。目を離した一瞬で、教室の隅へ移動していた。
「ちょっと、元の位置から動かすなんて反則でしょ?!」
リオは慌てて椅子へ駆け寄る。
すると椅子は床を滑り、リオから遠ざかっていった。普段動けないストレスを解消するかのように、俊敏な動きでリオを翻弄する。
次第に、リオは全身がゾワゾワしてきた。小さな何かが這い回っているような感覚がする。
「何なのよ、もう!」
袖をまくってみると、大量のアリがリオの腕を這い回っていた。
椅子を追うのに夢中で気づかなかったが、教室の床は無数のアリで覆い尽くされていた。どこから湧いてきたのか、床一面真っ黒だ。
体はアリだが顔は人間で、今までリオが蹴落としてきたクラスメイト達と同じ顔をしていた。ケンジ、ケンジの取り巻き、アイナ、エミ、ボールをぶつけた三人、ワニやカバに踏み潰されたクラスメイト達……。
「来ないで! 来ないでったら!」
リオは片っ端からアリを払い落とすが、キリがない。それもそのはず、アリはリオの足を伝い、際限なく増えていた。
アリは気まぐれに皮膚へ噛みつき、リオを攻撃する。一匹の痛みはそれほどでもなかったが、絶えず何箇所も噛まれるので苦痛だった。
アリはリオの口の中にも入り、舌や歯肉、頬の裏、のどなどに噛みつく。リオの口の中は腫れあがり、悲鳴もまともに上げられなくなった。
(嫌だ……絶対、生きてここから出るのよ! この子が私にしたことを、世の中に公表しなくちゃ!)
リオは痛みに耐え、椅子を追いかける。
その様子を、ユメカは楽しそうに眺めていた。
「はぁ、はぁ……!」
翌朝、リオは全身汗だくで目を覚ました。
教室ではない、リオの自室だ。服もパジャマに着替えている。
「夢……だったの?」
まるで、現実のような悪夢だった。未だに全身がゾワゾワする。
あの後、リオは全身アリだらけになりながらも、なんとか椅子に座ることができた。ユメカはゲームを続けたがっていたが、
「これ以上やると、寝坊しちゃうから」
と、よく分からない理由で中断された。
「……ユメカちゃんは知ってたんだ。あれが夢の中の出来事だって」
リオは安堵し、食卓へ向かった。
夢ならば、死んだクラスメイト達も生きているはずだ。今まで通り、平和な四年二組生活を送ればいい。
「リオ、おはよう」
「おはよう。お父さん、お母さん」
「なんだか顔色が悪くないかい?」
「うん。ちょっと怖い夢見ちゃって」
その時、家の電話が鳴った。母親が席を立ち、受話器を取る。
リオは紅茶に砂糖を入れようと、シュガーポットのフタを開けた。すると、一匹のアリが砂糖の中でうごめいていた。
「ひッ!」
「リオ、どうした?」
リオは昨夜の悪夢が蘇り、悲鳴を上げる。
「な、中にアリが……!」
「アリ? さっきはいなかったけどなぁ」
父親が不思議そうにシュガーポットを覗き込む。アリは砂糖の中へ身を隠したのか、父親には見つけられなかった。
そこへ電話を終えた母親が、神妙な面持ちで戻ってきた。
「リオちゃん、同じクラスの子達がいなくなっちゃったんですって。うちとユメカちゃん以外、全員だそうよ。何か知らない?」
「……え?」
四年二組は解散した。
リオが悪夢を見た日以来、リオとユメカ以外の生徒が全員、行方不明になったのだ。警察が懸命に探し回ったが、誰一人として帰ってこなかった。
……リオには分かっていた。彼らがいなくなったのは、悪夢の中で殺されたからだと。
(あの夢は本当だったんだ。私も夢の中で死んでたら、帰ってこれなかったかもしれない)
リオは大人達に夢の中の出来事を話した。
しかし誰もまともに相手にしてくれず、それどころか「不謹慎だ」と叱られた。ユメカにも問い詰めたかったが、あの悪夢が頭をよぎり、近づくことすら叶わなかった。
現在、リオとユメカは別々のクラスに所属している。二人ともすぐに新しいクラスに打ち解け、平穏な学校生活を送っていた。
四年二組が解散してから一ヶ月ほど経った、ある日。
リオは廊下でユメカを見かけた。新しいクラスでできた友人と、親しげに話している。
その頃には、リオも「あの夢はただの夢だったんじゃないか」と思うようになっていた。
「夢の中で殺されるわけがない」
「現実とは関係のない幻だったんだ」
そう自分に言い聞かせなければ、正気を保っていられなかった。
ふと、ユメカと目が合った。リオの全身が緊張でこわばる。
ユメカは友人にバレないよう、声を出さずに口を動かし、リオに告げた。
「また一緒に椅子取りゲームやろうね」
(深夜悪夢 第5話へ続く)
たちまち、リオの顔から笑みが消える。
リオに追い討ちをかけるように、スピーカーから音楽が流れてきた。飽きるほど聞いた、調子外れの不気味なメロディだ。
ユメカは手を叩き、リオを椅子から落とす。リオが座っていなかった方の椅子が机の上へ移動し、椅子は一脚になった。
「ゲームは終わらないよ。リオちゃんが目を覚ますまでは、ね」
「何、言ってるの? 一人じゃゲームにならないよ? 椅子は一つ、私も一人なんだから。それとも、ユメカちゃんも参加したくなったの?」
ユメカは首を振った。
「んーん、やんない。私はリオちゃんがゲームしてるのを見るのが楽しいの」
やがて音楽が止まる。
リオは椅子に座ろうとして、尻もちをついた。
「あ、あれっ?」
振り返ると、あったはずの椅子が消えている。目を離した一瞬で、教室の隅へ移動していた。
「ちょっと、元の位置から動かすなんて反則でしょ?!」
リオは慌てて椅子へ駆け寄る。
すると椅子は床を滑り、リオから遠ざかっていった。普段動けないストレスを解消するかのように、俊敏な動きでリオを翻弄する。
次第に、リオは全身がゾワゾワしてきた。小さな何かが這い回っているような感覚がする。
「何なのよ、もう!」
袖をまくってみると、大量のアリがリオの腕を這い回っていた。
椅子を追うのに夢中で気づかなかったが、教室の床は無数のアリで覆い尽くされていた。どこから湧いてきたのか、床一面真っ黒だ。
体はアリだが顔は人間で、今までリオが蹴落としてきたクラスメイト達と同じ顔をしていた。ケンジ、ケンジの取り巻き、アイナ、エミ、ボールをぶつけた三人、ワニやカバに踏み潰されたクラスメイト達……。
「来ないで! 来ないでったら!」
リオは片っ端からアリを払い落とすが、キリがない。それもそのはず、アリはリオの足を伝い、際限なく増えていた。
アリは気まぐれに皮膚へ噛みつき、リオを攻撃する。一匹の痛みはそれほどでもなかったが、絶えず何箇所も噛まれるので苦痛だった。
アリはリオの口の中にも入り、舌や歯肉、頬の裏、のどなどに噛みつく。リオの口の中は腫れあがり、悲鳴もまともに上げられなくなった。
(嫌だ……絶対、生きてここから出るのよ! この子が私にしたことを、世の中に公表しなくちゃ!)
リオは痛みに耐え、椅子を追いかける。
その様子を、ユメカは楽しそうに眺めていた。
「はぁ、はぁ……!」
翌朝、リオは全身汗だくで目を覚ました。
教室ではない、リオの自室だ。服もパジャマに着替えている。
「夢……だったの?」
まるで、現実のような悪夢だった。未だに全身がゾワゾワする。
あの後、リオは全身アリだらけになりながらも、なんとか椅子に座ることができた。ユメカはゲームを続けたがっていたが、
「これ以上やると、寝坊しちゃうから」
と、よく分からない理由で中断された。
「……ユメカちゃんは知ってたんだ。あれが夢の中の出来事だって」
リオは安堵し、食卓へ向かった。
夢ならば、死んだクラスメイト達も生きているはずだ。今まで通り、平和な四年二組生活を送ればいい。
「リオ、おはよう」
「おはよう。お父さん、お母さん」
「なんだか顔色が悪くないかい?」
「うん。ちょっと怖い夢見ちゃって」
その時、家の電話が鳴った。母親が席を立ち、受話器を取る。
リオは紅茶に砂糖を入れようと、シュガーポットのフタを開けた。すると、一匹のアリが砂糖の中でうごめいていた。
「ひッ!」
「リオ、どうした?」
リオは昨夜の悪夢が蘇り、悲鳴を上げる。
「な、中にアリが……!」
「アリ? さっきはいなかったけどなぁ」
父親が不思議そうにシュガーポットを覗き込む。アリは砂糖の中へ身を隠したのか、父親には見つけられなかった。
そこへ電話を終えた母親が、神妙な面持ちで戻ってきた。
「リオちゃん、同じクラスの子達がいなくなっちゃったんですって。うちとユメカちゃん以外、全員だそうよ。何か知らない?」
「……え?」
四年二組は解散した。
リオが悪夢を見た日以来、リオとユメカ以外の生徒が全員、行方不明になったのだ。警察が懸命に探し回ったが、誰一人として帰ってこなかった。
……リオには分かっていた。彼らがいなくなったのは、悪夢の中で殺されたからだと。
(あの夢は本当だったんだ。私も夢の中で死んでたら、帰ってこれなかったかもしれない)
リオは大人達に夢の中の出来事を話した。
しかし誰もまともに相手にしてくれず、それどころか「不謹慎だ」と叱られた。ユメカにも問い詰めたかったが、あの悪夢が頭をよぎり、近づくことすら叶わなかった。
現在、リオとユメカは別々のクラスに所属している。二人ともすぐに新しいクラスに打ち解け、平穏な学校生活を送っていた。
四年二組が解散してから一ヶ月ほど経った、ある日。
リオは廊下でユメカを見かけた。新しいクラスでできた友人と、親しげに話している。
その頃には、リオも「あの夢はただの夢だったんじゃないか」と思うようになっていた。
「夢の中で殺されるわけがない」
「現実とは関係のない幻だったんだ」
そう自分に言い聞かせなければ、正気を保っていられなかった。
ふと、ユメカと目が合った。リオの全身が緊張でこわばる。
ユメカは友人にバレないよう、声を出さずに口を動かし、リオに告げた。
「また一緒に椅子取りゲームやろうね」
(深夜悪夢 第5話へ続く)
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