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第1部 第2章「深夜悪夢」
第4話『いすとりげぇむ』⑴
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きずな小学校四年二組は、校内一の仲良しクラスでした。
いじめもなく、いつも和気あいあいと過ごし、行事の時にはどのクラスよりも協力し合い、楽しみました。
ですが……そう思っているのは、大人だけだったのです。
「みんな! 今日は椅子取りゲームしようぜ!」
昼休みになり、ガキ大将のケンジがクラスメイト達に呼びかけた。
皆、「さんせーい!」と手を上げる。誰からともなく、机と椅子を移動させた。
先生は微笑ましそうに、教室から出ていく。「今日も平和ね」と安心していた。
先生が出て行った後、ケンジは思い出したように「あ、そうだ」と一人の女子を指を差した。
「ユメカ、お前は邪魔だから入るなよ」
すると、他のクラスメイトもそれまでの態度を一変させ、ユメカに冷たい視線を送った。
「あの子、まだいたの?」
「もうとっくに出ていったと思ってたのに」
「空気読めよな」
直接は言わないが、わざとユメカに聞こえるくらいの声のボリュームで話す。
ユメカはこの状況に慣れているらしく、にこやかに微笑んだ。
「大丈夫。私もそのつもりだったから」
ユメカはスケッチブックと色鉛筆を手に、教室から出ていく。
彼女がいなくなった途端、クラスメイト達は堰を切ったように、ユメカの悪口で盛り上がった。
「何あれ、嫌味?」
「柄にもなく強がっちゃってさぁ。バカじゃないの?」
「あいつが入れないように、ドアに鍵かけとこうぜ」
教室中がユメカの悪口で持ちきりの中、学級委員長のリオだけはユメカが出ていったドアを心配そうに見つめていた。
ついには居てもたってもいられなくなり、ユメカを追って、教室を出て行った。
「みんな、ごめん! 私、ちょっと見に行ってくるね! 椅子取りゲーム、先に始めてていいから!」
「あっ、ちょっと!」
リオの行動に、クラスメイト達は呆然とする。
ややあって、打って変わったようにリオの行動を褒め称えた。
「リオちゃんは優しいなぁ」
「ユメカにも気を配るなんて、さすが学級委員長って感じ!」
「オレだったら、絶対ムリ! アイツなんかに話しかけるより、ゲームしてた方が楽しいもん!」
数人がリオの椅子を慎重に抱え、教壇に移動させる。リオが戻ってきたら、途中からでも参加してもらうつもりだった。
残ったクラスメイト達は準備を整えると、何事もなかったかのように椅子取りゲームを始めた。
きずな小学校四年二組はクラスぐるみでユメカをいじめる、偽りの仲良しクラスでした。
もちろん、大人には内緒です。と言っても、いじめが始まったキッカケは大人である子供達の親でした。
ユメカの母親はシングルマザーでした。仕事が忙しく、なかなか学校行事や保護者の集まりに顔を出せません。
他の親達は「得体の知れない人」「子供に無頓着で、非協力的な人」とユメカの母親を煙たがり、根も葉もないウワサを流すようになりました。
その影響は子供達の間にも広がっていきました。クラスのリーダー的存在であるケンジと、男女共に人気のある美少女、アイナを筆頭に、ユメカ一人をターゲットにしたいじめが始まったのです。最初は抵抗を見せていた他のクラスメイトも、徐々にユメカへのいじめを楽しむようになりました。
当のユメカも、いじめられ役を自然と引き受けてくれました。何をしても、何を言っても、微笑むばかりで全く動じません。親や教師にもチクりません。
クラスメイト達は安心して、いじめを続けました。ユメカが本当は心の中でどう思っているかなんて、考えもしませんでした。
リオは四年二組の学級委員長だった。優しく、誰に対しても分け隔てなく接し、クラスメイトからは姉や母のように慕われていた。成績も優秀で、中学は私立を受験する予定だった。
そして、クラスで孤立しているユメカを気にかける、唯一の生徒でもあった。
「何を描いてるの?」
リオは校庭の隅で絵を描いているユメカを見つけ、声をかけた。ユメカは花壇の前にベンチに腰かけ、一心不乱に色鉛筆を動かしていた。
「これ」
ユメカは手を止め、描きかけの絵をリオに見せる。
可愛らしいタッチの絵だったが、描かれていたのは巨大なワニが何人もの棒人間を食べているという、おぞましい光景だった。小学生が描いた絵とは思えないほど生々しく、不気味だ。特にワニの口は異常なほど真っ赤で、口の周りや棒人間まで赤色がはみ出していた。
あまりの気迫に、リオは気分が悪くなった。
「うっ……!」
「どう? 上手?」
ユメカは小首を傾げる。リオの心を見透かしているように、ニヤッと笑った。
リオもこみ上げる不快感を押し殺そうと、つばを飲み込んだ。
「う、うん。すごく上手だね。私はユメカちゃんみたいに絵が上手じゃないから羨ましいよ」
「嘘」
途端に、ユメカの顔から笑みが消えた。いじめられている時ですら見せたことのない、冷たい眼差しでリオを睨んだ。
「嘘よ。本当は羨ましいなんて、微塵も思ってないくせに。私、知ってるんだから。あなたがクラスで一番、性悪だってこと」
ユメカはスケッチブックを閉じると、手早く色鉛筆を片付け、校舎の方へ走り去っていった。
「……」
リオは無表情で、ユメカの小さな背中を見送る。彼女は母親から買ってもらったという、ピンクのダッフルコートを着ていた。
いじめもなく、いつも和気あいあいと過ごし、行事の時にはどのクラスよりも協力し合い、楽しみました。
ですが……そう思っているのは、大人だけだったのです。
「みんな! 今日は椅子取りゲームしようぜ!」
昼休みになり、ガキ大将のケンジがクラスメイト達に呼びかけた。
皆、「さんせーい!」と手を上げる。誰からともなく、机と椅子を移動させた。
先生は微笑ましそうに、教室から出ていく。「今日も平和ね」と安心していた。
先生が出て行った後、ケンジは思い出したように「あ、そうだ」と一人の女子を指を差した。
「ユメカ、お前は邪魔だから入るなよ」
すると、他のクラスメイトもそれまでの態度を一変させ、ユメカに冷たい視線を送った。
「あの子、まだいたの?」
「もうとっくに出ていったと思ってたのに」
「空気読めよな」
直接は言わないが、わざとユメカに聞こえるくらいの声のボリュームで話す。
ユメカはこの状況に慣れているらしく、にこやかに微笑んだ。
「大丈夫。私もそのつもりだったから」
ユメカはスケッチブックと色鉛筆を手に、教室から出ていく。
彼女がいなくなった途端、クラスメイト達は堰を切ったように、ユメカの悪口で盛り上がった。
「何あれ、嫌味?」
「柄にもなく強がっちゃってさぁ。バカじゃないの?」
「あいつが入れないように、ドアに鍵かけとこうぜ」
教室中がユメカの悪口で持ちきりの中、学級委員長のリオだけはユメカが出ていったドアを心配そうに見つめていた。
ついには居てもたってもいられなくなり、ユメカを追って、教室を出て行った。
「みんな、ごめん! 私、ちょっと見に行ってくるね! 椅子取りゲーム、先に始めてていいから!」
「あっ、ちょっと!」
リオの行動に、クラスメイト達は呆然とする。
ややあって、打って変わったようにリオの行動を褒め称えた。
「リオちゃんは優しいなぁ」
「ユメカにも気を配るなんて、さすが学級委員長って感じ!」
「オレだったら、絶対ムリ! アイツなんかに話しかけるより、ゲームしてた方が楽しいもん!」
数人がリオの椅子を慎重に抱え、教壇に移動させる。リオが戻ってきたら、途中からでも参加してもらうつもりだった。
残ったクラスメイト達は準備を整えると、何事もなかったかのように椅子取りゲームを始めた。
きずな小学校四年二組はクラスぐるみでユメカをいじめる、偽りの仲良しクラスでした。
もちろん、大人には内緒です。と言っても、いじめが始まったキッカケは大人である子供達の親でした。
ユメカの母親はシングルマザーでした。仕事が忙しく、なかなか学校行事や保護者の集まりに顔を出せません。
他の親達は「得体の知れない人」「子供に無頓着で、非協力的な人」とユメカの母親を煙たがり、根も葉もないウワサを流すようになりました。
その影響は子供達の間にも広がっていきました。クラスのリーダー的存在であるケンジと、男女共に人気のある美少女、アイナを筆頭に、ユメカ一人をターゲットにしたいじめが始まったのです。最初は抵抗を見せていた他のクラスメイトも、徐々にユメカへのいじめを楽しむようになりました。
当のユメカも、いじめられ役を自然と引き受けてくれました。何をしても、何を言っても、微笑むばかりで全く動じません。親や教師にもチクりません。
クラスメイト達は安心して、いじめを続けました。ユメカが本当は心の中でどう思っているかなんて、考えもしませんでした。
リオは四年二組の学級委員長だった。優しく、誰に対しても分け隔てなく接し、クラスメイトからは姉や母のように慕われていた。成績も優秀で、中学は私立を受験する予定だった。
そして、クラスで孤立しているユメカを気にかける、唯一の生徒でもあった。
「何を描いてるの?」
リオは校庭の隅で絵を描いているユメカを見つけ、声をかけた。ユメカは花壇の前にベンチに腰かけ、一心不乱に色鉛筆を動かしていた。
「これ」
ユメカは手を止め、描きかけの絵をリオに見せる。
可愛らしいタッチの絵だったが、描かれていたのは巨大なワニが何人もの棒人間を食べているという、おぞましい光景だった。小学生が描いた絵とは思えないほど生々しく、不気味だ。特にワニの口は異常なほど真っ赤で、口の周りや棒人間まで赤色がはみ出していた。
あまりの気迫に、リオは気分が悪くなった。
「うっ……!」
「どう? 上手?」
ユメカは小首を傾げる。リオの心を見透かしているように、ニヤッと笑った。
リオもこみ上げる不快感を押し殺そうと、つばを飲み込んだ。
「う、うん。すごく上手だね。私はユメカちゃんみたいに絵が上手じゃないから羨ましいよ」
「嘘」
途端に、ユメカの顔から笑みが消えた。いじめられている時ですら見せたことのない、冷たい眼差しでリオを睨んだ。
「嘘よ。本当は羨ましいなんて、微塵も思ってないくせに。私、知ってるんだから。あなたがクラスで一番、性悪だってこと」
ユメカはスケッチブックを閉じると、手早く色鉛筆を片付け、校舎の方へ走り去っていった。
「……」
リオは無表情で、ユメカの小さな背中を見送る。彼女は母親から買ってもらったという、ピンクのダッフルコートを着ていた。
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