悪夢症候群

緋色刹那

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悪夢極彩色 第五話『魔都』

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 二時間後、夢花のカットが終わった。
 見た目にはほとんど変わっていないが、すいてもらった分、頭が軽い。心なしか、気持ちも晴れやかだった。
「じゃあね、夜宵さん! また来てね!」
「えぇ、ぜひ」
 夢花は野々原に見送られ、「Wild Rose」を後にした。外はすっかり日が暮れ、濃紺の夜空が頭上に広がっていた。
「歩夢さん、お仕事終わったかな? 待たせちゃ悪いし、早く行こっと」
 ピンク色のコートをなびかせ、歩夢との待ち合わせ場所へ急ぐ。
 野々原も仕事に戻った。
「……不思議。夜宵さんとまともに話したの、今日が初めてのはずなのに、初めてじゃない気分。それに夜宵さんを見ていると、何かを思い出しそうになるんだよね。本当は前にも話したことがあるのかな? 私が忘れてるだけなのかな?」
 疑問は尽きなかったが、慌ただしく仕事をこなす内に、だんだん気にならなくなっていった。

 その頃、歩夢は連載の打ち合わせを終え、夢花との待ち合わせ場所であるハチ公前に来ていた。色味の薄いサングラスをかけているため、周りにいる誰も歩夢に気づいていない。左手薬指には夢花がはめているものと同じ結婚指輪をつけていた。
 有名な待ち合わせスポットなだけあって人は多く、騒がしい。スクランブル交差点からは車の走る音やクラクションが騒々しく鳴り響いていた。
(相変わらず騒がしいなぁ。街中は苦手だ)
 歩夢は眉をひそめ、イヤホンを耳に入れる。好みの音楽を聴き、気分を紛らわす。
 歩夢はうるさい場所が嫌いだった。人混みも、車道も、店も。特に街中は人が全くいない場所の方が少なく、逃げ場がなかった。
 一方で、ネタ集めには最適だった。
 家に閉じこもっていては思いつかないようなネタが、勝手に転がってくる。
「母親がウザくてさぁ」
「分かるー!」
「ねぇ、写真撮ろ!」
「俺、実は配信やってるんだよねー。知らない? 結構有名なんだけど」
「君、可愛いねぇ。うちの店で働かない?」
「今月ピンチでさぁ、金貸してよ」
「やばっ、電車乗り遅れる! どいてどいて!」
 イヤホンと音楽では防ぎきれない声が、耳に入り込んでくる。
 歩夢はサングラスを少しずらし、彼らの様子を観察した。ネタに出来そうな人、話、情報、感情が、際限なく垂れ流されている。その間、怪しまれないようスマホを操作するフリをしていた。
(誰が見聞きしているとも知らずに、大声で話すなんて愚かだなぁ) 
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