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悪夢極彩色 第五話『魔都』
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夢花は彼らの反応を不審に思い、野々原本人に尋ねてみた。
「ねぇ、野々原さん。高校卒業してから、何かあったの?」
「え?」
ハサミを動かしていた野々原の手が止まる。
しかしすぐに「そうかも」とカットを再開した。
「私、一年前まではすっごく根暗な美容師だったの。意地悪な先輩にいびられて、理不尽に叱られて、他の従業員の人やお客様にも嫌われて……」
でも、と野々原は鏡に映った自分に向かって微笑んだ。
「夢の中で、昔憧れだったモデルさんにそっくりな人と会ったの。覚えてる? 野薔薇さんっていう、すっごく綺麗なモデルさん。人気だったけど、何年か前に不祥事を起こして引退しちゃったよね? 信じてもらえるか分からないけど、そのモデルさんのそっくりさんと夢の中で会ってから、私……その人と同じ顔になったの」
「同じ顔?」
夢花は鏡の中の野々原の顔を見て、眉をしかめた。
どう見ても、高校の時の野々原と同じ顔だ。野薔薇とは全く似ていない。化粧でどうこう出来るものではなく、そもそも顔のパーツや骨格が別物だった。
「私にはそうは見えないけど」
「ははっ、やっぱり? 私だけなの、そう見えてるの。他の人には前と同じ顔に見えているみたい。でも、いいんだ。私が見えていれば、それで」
野々原は満足そうに微笑んだ。
「鏡を見るとね、本当に野薔薇さんになったみたいに思えて、自信がわいてくるの。どんなに難しいことでもチャレンジできるし、どんなに嫌なことで立ち向かえる。野薔薇さんの顔になれて良かった。あの人には感謝しないとね」
「……そう」
夢花は気づいた。
野々原の夢の中に現れたというその女は、歩夢や夢花と同じ悪夢使いである、と。
どういう意図で野々原に悪夢を見せているかは知らないが、野々原が己の顔を野薔薇のそれと錯覚するよう、現在進行形で悪夢を見せているのだ、と。
(可哀想に。顔を変えるだけで自信がつくなら、いっそ整形でもすれば良かったのに)
ごくありふれた顔の女が自信満々で働く姿は、さぞ滑稽だろう。
夢花は野々原を憐れみ、彼女の悪夢を解こうとした。効果が出るのは夜だが、永遠に錯覚しているよりはマシだろう。
鏡越しに野々原へ目をやる。しかし、
(……ま、いっか。本人が幸せなら、それで)
生き生きと仕事をする野々原を見て、解くのをやめた。
忘れているようだが、野々原には野薔薇の毒牙から救ってもらった恩がある。彼女が望んだら解こうと決めた。
「ねぇ、野々原さん。高校卒業してから、何かあったの?」
「え?」
ハサミを動かしていた野々原の手が止まる。
しかしすぐに「そうかも」とカットを再開した。
「私、一年前まではすっごく根暗な美容師だったの。意地悪な先輩にいびられて、理不尽に叱られて、他の従業員の人やお客様にも嫌われて……」
でも、と野々原は鏡に映った自分に向かって微笑んだ。
「夢の中で、昔憧れだったモデルさんにそっくりな人と会ったの。覚えてる? 野薔薇さんっていう、すっごく綺麗なモデルさん。人気だったけど、何年か前に不祥事を起こして引退しちゃったよね? 信じてもらえるか分からないけど、そのモデルさんのそっくりさんと夢の中で会ってから、私……その人と同じ顔になったの」
「同じ顔?」
夢花は鏡の中の野々原の顔を見て、眉をしかめた。
どう見ても、高校の時の野々原と同じ顔だ。野薔薇とは全く似ていない。化粧でどうこう出来るものではなく、そもそも顔のパーツや骨格が別物だった。
「私にはそうは見えないけど」
「ははっ、やっぱり? 私だけなの、そう見えてるの。他の人には前と同じ顔に見えているみたい。でも、いいんだ。私が見えていれば、それで」
野々原は満足そうに微笑んだ。
「鏡を見るとね、本当に野薔薇さんになったみたいに思えて、自信がわいてくるの。どんなに難しいことでもチャレンジできるし、どんなに嫌なことで立ち向かえる。野薔薇さんの顔になれて良かった。あの人には感謝しないとね」
「……そう」
夢花は気づいた。
野々原の夢の中に現れたというその女は、歩夢や夢花と同じ悪夢使いである、と。
どういう意図で野々原に悪夢を見せているかは知らないが、野々原が己の顔を野薔薇のそれと錯覚するよう、現在進行形で悪夢を見せているのだ、と。
(可哀想に。顔を変えるだけで自信がつくなら、いっそ整形でもすれば良かったのに)
ごくありふれた顔の女が自信満々で働く姿は、さぞ滑稽だろう。
夢花は野々原を憐れみ、彼女の悪夢を解こうとした。効果が出るのは夜だが、永遠に錯覚しているよりはマシだろう。
鏡越しに野々原へ目をやる。しかし、
(……ま、いっか。本人が幸せなら、それで)
生き生きと仕事をする野々原を見て、解くのをやめた。
忘れているようだが、野々原には野薔薇の毒牙から救ってもらった恩がある。彼女が望んだら解こうと決めた。
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