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悪夢曇天色 第五話『薔薇色の悪魔』
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一年後。美容室「Wild Rose」では、今日も野々原と客の楽しげなやり取りが聞こえていた。
「でね、その人なんて言ったと思います?」
「えー! 教えて下さいよー!」
食事そっちのけで、仕事に没頭する。
見かねた後輩が「野々原先輩、ご飯食べました?」と声をかけた。
「あ、忘れてた」
「ちゃんと食べなきゃ、また倒れちゃいますよ。先輩はうちの店で一番売れっ子なんですから、体調管理しっかりしてもらわないと!」
「ごめん、ごめん。終わったら食べるから」
野々原は正面へ向き直り、手早くカットを進める。
相変わらず、鏡には野々原が憧れている野薔薇の顔が映っていた。
野々原の顔が野薔薇に見えるようになってからというものの、野々原は妙に自信を持つようになった。どんなに挫けそうになっても、鏡を見れば頑張れた。
その生き生きとした姿に、周りの店員や客は徐々に惹かれていった。彼らには野々原の顔は以前と同じに見えていたが、野々原は「野薔薇さんと同じ顔になったからだ」と考えていた。
空気を乱す存在だった美崎がいなくなったのも功を奏し、美容室「Wild Rose」は本来の活気を取り戻していった。美崎のせいで辞めざるを得なかった店員達も戻って来た。
店長は野々原の功績をたたえ、今までの扱いを詫びた。
「本当は美崎さんの考え過ぎだって分かってたんだけど、野々原さんだけを特別扱いしないように叱っていたんだ。ごめんね」
「いいんです。私にも落ち度がありましたから」
「良かったら今度、二人でご飯行かない? 奢るよ」
「いいんですか?! やった!」
野々原は無邪気に喜ぶ。
疑念も赤いドレスの女と一緒に捨ててしまったので、店長に下心があるとは全く気づいていない。
「野々原さん、予約されてたお客様が来ましたよー!」
「はーい! 今行きまーす!」
しっかりお昼を食べ、仕事場に戻る。
そこには怒号や理不尽な叱責はなく、穏やかな会話だけが聞こえていた。店内に流れているゆったりとしたBGMによく合っていた。
「お待たせ致しました。予約のヤヨイ様ですね?」
「はい」
その予約客は見覚えがあった。てっきり「弥生様」かと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
店の入口に立っていたのは高校の頃のクラスメイト、夜宵夢花だった。
悪夢曇天色 第五話『薔薇色の悪魔』終わり
「でね、その人なんて言ったと思います?」
「えー! 教えて下さいよー!」
食事そっちのけで、仕事に没頭する。
見かねた後輩が「野々原先輩、ご飯食べました?」と声をかけた。
「あ、忘れてた」
「ちゃんと食べなきゃ、また倒れちゃいますよ。先輩はうちの店で一番売れっ子なんですから、体調管理しっかりしてもらわないと!」
「ごめん、ごめん。終わったら食べるから」
野々原は正面へ向き直り、手早くカットを進める。
相変わらず、鏡には野々原が憧れている野薔薇の顔が映っていた。
野々原の顔が野薔薇に見えるようになってからというものの、野々原は妙に自信を持つようになった。どんなに挫けそうになっても、鏡を見れば頑張れた。
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空気を乱す存在だった美崎がいなくなったのも功を奏し、美容室「Wild Rose」は本来の活気を取り戻していった。美崎のせいで辞めざるを得なかった店員達も戻って来た。
店長は野々原の功績をたたえ、今までの扱いを詫びた。
「本当は美崎さんの考え過ぎだって分かってたんだけど、野々原さんだけを特別扱いしないように叱っていたんだ。ごめんね」
「いいんです。私にも落ち度がありましたから」
「良かったら今度、二人でご飯行かない? 奢るよ」
「いいんですか?! やった!」
野々原は無邪気に喜ぶ。
疑念も赤いドレスの女と一緒に捨ててしまったので、店長に下心があるとは全く気づいていない。
「野々原さん、予約されてたお客様が来ましたよー!」
「はーい! 今行きまーす!」
しっかりお昼を食べ、仕事場に戻る。
そこには怒号や理不尽な叱責はなく、穏やかな会話だけが聞こえていた。店内に流れているゆったりとしたBGMによく合っていた。
「お待たせ致しました。予約のヤヨイ様ですね?」
「はい」
その予約客は見覚えがあった。てっきり「弥生様」かと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
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悪夢曇天色 第五話『薔薇色の悪魔』終わり
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