悪夢症候群

緋色刹那

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第1部 第2章「深夜悪夢」

第2話『ダサい服』後編

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「ほら見て。これが今のお姉さんだよ」
 少女は福賀の意志に関係なく、彼女を姿見の前へ強制的に突き出した。顔をそらしたかったが、やはり動かなかった。
 姿見には少女が子供用のワンピースを持って立っている姿が映し出されていた。いかにも幼い子供が着ていそうなチープなデザインで、ピンクの生地に大きく花柄がプリントされている。よそから持ち込まれた品なのか、店の雰囲気と合っていなかった。
 奇妙なことに、福賀の姿は鏡の何処にも映っていなかった。
(……あれ? 何で私の体、鏡に映ってないの?)
 少女は福賀の疑問を察し、当然の事実かのように答えた。
「何処にも映ってない? そんなことないよ。だってお姉さん、お洋服になっちゃったんだもん。ほら、私が持ってる子供っぽいワンピース。 これが今のお姉さんだよ」
(何ですって?!)
 福賀は目を見張った。受け入れがたい話だが、確かに福賀とワンピースは同じ視点に映っていた。
(この安っぽいデザインのワンピースが私?! 信じられない!)
 混乱する福賀をよそに、少女は福賀を元のハンガーラックへ戻した。
「サイズが小さいから私は着てあげられないけど、きっと誰かが買ってくれるんじゃない? じゃあね!」
 少女は「バイバイ」と福賀に手を振り、店を出て行った。
「またお越しくださいね」
 店員は微笑ましそうに少女を見送る。
 福賀がワンピースになっていると気づいていないらしく、少女を「服にバイバイしている、心優しい子供」だと思っているようだった。
(ちょっと待ちなさいよ! 私を置いて行くんじゃないわよ!)
 福賀は懸命に少女に訴えたが、彼女が店に戻ってくることはなかった。



 あれから、どのくらい時間が経ったのだろう?
 福賀は他の服が売れていくのを毎日眺めながら、無為に時を過ごしていた。
 ある時は客や店員から「ダサい」と罵られ、ある時は子供に引っ張られてオモチャにされ、ある時は体中ホコリだらけのまま床に放置された。それでもまだ、店頭に並んでいる間は良かった。
 やがて福賀はアウトレットショップに回された。破格の値段で店頭に並べられたが、それでも誰にも買われなかった。
 アウトレットショップでも売れ残ると、今度はリサイクルショップの手に渡り、服とは思えない値段で売られた。リサイクルショップには福賀と似たような「ダサい」服が数多く並んでいたが、その中からも福賀は選ばれなかった。
 最終的には、福賀はリサイクルショップの倉庫にある大量の段ボール箱のひとつへと仕舞われた。
(ねぇ、お前何処から来たの? 私もお前みたいになれば、外に出られるのになぁ)
 一切光が届かない箱の中、福賀の唯一の癒しは箱の壁を這うダニに話しかけることだけだった。



 どのくらい年月が経ったか、ある時福賀が入っている段ボール箱が開いた。
 開けたのはリサイクルショップの店員で、しかも福賀の友人だった。福賀が倉庫に仕舞われてから雇われたのだろう。
(ナミ、私よ! ここから助け出して!)
 福賀は必死に友人に呼びかけた。
 友人は福賀の声が聞こえないのか、段ボール箱に入っている商品の検品をしている。見るからにやる気がなく、気だるそうだ。
 やがて友人は福賀を手に取り、鼻で笑った。
「この服、ダサっ。さすが十年間も倉庫に放置されてただけあるわー。まさに時代遅れって感じ。福賀が見たら、文句が止まらなくなるわね」
 友人は汚いものでも触るかのように福賀をつまみ、別の段ボール箱へと移す。
 他の商品も状態を確認した後、福賀の上に乱雑に放り込んだ。それらの服は全て、ダサかった。
(十年……?! そんな長い間、私はここにいたの?! あのブランドの限定品、欲しかったのに!)
 想像以上に年月が経っていたことを知り、福賀は絶句した。つい、自分のことよりも、買い損ねた商品のことを考えてしまう。
 さらに、友人の口から衝撃的な事実が飛び出した。
「そういえば、あの子がいなくなったのも十年くらい前だっけ? ほんっと、あの子がいなくなって清々したわー。自分だって大してオシャレじゃないクセに、他人の服貶しまくるんだもん。ほんと、気分悪い。隣でダサダサ聞かされる身にもなって欲しいわ。警察はまだ探してるみたいだけど、このまま消えててくれないかなぁ。みんなもあの子のこと、忘れたがってるし」
(……え?)
 福賀は頭の中が真っ白になった。
 友人は福賀をオシャレだとは思っていなかった。それどころか、一緒にいたくないとすら思っていた。福賀をオシャレだと思っていたのは、福賀だけだったのだ。
 福賀は友人に呼びかけるのをやめ、呆然と黙り込んでしまった。その間も、友人は検品作業をしながらひとりごとを呟いていた。
「それにしてもこんなダサい服、本当に海外で売れるのかねぇ? いくら物が少ない国だからって、向こうもダサい服もらっても嬉しくないでしょ。ま、売れなかったら繊維に戻すか、廃棄処分されるんだろうけど」
(廃棄……)
 福賀はこれから海外でどんな目に遭うのか、不安で仕方がなかった。
 商品として店に並ぶなら、万々歳だ。繊維をほぐして、新しい服として生まれ変わるのだって構わない。人間に戻れない以上、オシャレな服に作り替えられることは、今の福賀にとってこの上ない名誉だった。
 最悪のパターンは、廃棄処分されることだ。焼却か、液体で溶かすか、埋められるか……どんな方法であれ、死ぬのは恐ろしかった。



 友人は検品を終えると、福賀のいる段ボール箱をガムテープで閉じた。福賀の視界が、再び闇に包まれる。
 完全な闇の中、福賀は祈った。
(廃棄処分だけは嫌……廃棄処分だけは嫌……! オシャレな服に生まれ変わって、褒められたい! ダサい服のまま死ぬのは、絶対に嫌!)
 福賀はもう「人間に戻りたい」とは願わなかった。ただ、服として真っ当な人生を送りたい……それだけを願っていた。
 福賀は徐々に、自分が人間であることを忘れつつあった。



(深夜悪夢 第3話へ続く)
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