悪夢症候群

悪夢極彩色 第三話『愛、追い』

１

「夜宵さん、俺と付き合ってくれませんか？」
　ある放課後、夢花は校舎裏へ呼び出され、告白された。よそのクラスの、知らない男子生徒だった。
　こういうことは初めてではない。可愛らしいルックス、優秀な成績、控えめだが誰とでも話せる社交的な性格、幾度も絵画コンクールで入賞しているほど絵が上手い……夢花の人柄を勝手に解釈し、そのイメージに好意を抱く男子は後を立たなかった。
「ごめんね。私、好きな人いるから」
　夢花は何度も口にした文句で、断った。悪印象を持たれないよう、意識して笑顔を作る。
　好きな人がいるのは本当だ。彼がひと回り近く年上で、夢花と同じ悪夢使いであることは秘密だが。
「同じクラスのやつ？」
　相手の男子生徒は諦めきれない様子で、夢花に尋ねてきた。
　夢花は知らなかったが、彼は学年で一番人気のある男子だった。サッカー部のエースで、爽やかなルックスと優しい性格を併せ持っていた。
　なので、今まで告白を断られたことがなく、恋人を絶やしたこともなかった。夢花も当然落ちると思っていたので、内心動揺していた。
「違うよ」
「じゃあ、別のクラス？」
「ううん。この学校にはいない人」
「よその学校にかよってるってこと？」
「そんなところかな」
　夢花はだんだん面倒になってきて、適当にはぐらかした。
　歩夢のことがバレるのはマズい。彼の口から、他の生徒に知れてしまうかもしれない。
　夢花はバレても一向に構わない。むしろ、バレてくれた方が告白されなくなるし、歩夢にラブレターまがいのファンレターが来ることもなくなるだろう。
　ただ、歩夢は有名人だ。女子高生と関係があるなど世間に知られれば、バッシングされるに決まっている。彼らは常に、攻撃する対象を探しているのだから。
「どこの高校にかよってるやつ？　名前は？」
「あ、本返しに行くの忘れてた。じゃあね」
「ちょっ、ちょっと！」
　夢花は足早に走り去った。
　後から男子生徒が追いかけてくる。ここが校門の外だったら、立派なストーカー行為だ。
「それが許される上に、＂青春＂だなんて曖昧な言葉で片付けられるって、ここって本当に頭が狂ってる世界よね」
　夢花は男子生徒に聞こえないよう、小声で悪態を吐いた。