悪夢症候群

緋色刹那

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第1部 第2章「深夜悪夢」

第2話『ダサい服』前編

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「私はね、全人類がオシャレになってほしいとまでは思ってないわけ。ただ、見るに耐えないダサい格好で出歩いてるやつの神経が理解出来ないの。見てるだけでイラッとするっていうか? 私の生活圏内にそんな神経してる人間がいるって現実が許さないわけよ。分かる?」
 熱弁する福賀ふくがに、友人は「分かる分かる」と口先だけで同意した。
 福賀はオシャレな服に目がなかった。ファッション誌は毎月全て欠かさず購読し、お気に入りのブランドの新作は必ずチェックする。お陰で、仲間内ではオシャレ番長として名を馳せ、街を歩けば誰もが振り向く存在になっていた。
 一方で、自分の趣味に合わない服は総じて「ダサい」と判断した。気に入らない服を見つけると反射的に「ダサっ」と口に出し、二度と視界には入れない。
 「ダサい服」を多く扱っている店に至っては、汚らわしいものでも見るような目で睨み、店の前を通らないよう迂回するよう習慣づけていた。



「あの人、ダサっ。ねぇ、あり得ないくらいダサいよねぇ?」
「うん、ダサいダサい」
 福賀のファッションチェックは街中でも行われた。道行く人の服装をチェックしては、オシャレかそうでないか一方的に判断した。
 オシャレであれば「あの人は分かってる」と満足げに頷き、そうでなければ相手が通り過ぎた後に「ダサっ」と嘲笑った。
 福賀に「ダサっ」と言われた相手はムッとするか、言われたことに気づかないフリをした。福賀は相手を見て言っていたので、今までキレられたことはなかった。
 その日も友人とショッピングへ行く道中、前から走ってきた少女の格好を見て「ダサっ」と呟いた。
 少女が着ていたのは、膝下まで丈があるピンクのダッフルコートだった。ごくありふれた形のコートで、福賀には特別オシャレには見えなかった。
「……」
 福賀が「ダサっ」と呟いた直後、少女はその場でピタリと立ち止まり、福賀を振り返った。無表情で、ジッと福賀を凝視する。
 福賀は鼻歌を歌いながら、少女の横を通り過ぎていった。
 少女に声が聞こえていてもいなくても、福賀にはどうでも良かった。それよりも、これから行くお気に入りの店の新作のことで頭がいっぱいだった。
 少女は福賀の姿が見えなくなるまで、彼女の背中を後ろから睨んでいた。



(……あれ?)
 福賀が目を覚ますと、昼間行ったお気に入りのファッションショップにいた。ハンガーレールにかかっている服と服の間から顔を出している。
 なぜか頭も、体も、手足も、固まったように動かない。まだ夢の中にいるかのように、何の感覚も伝わってこなかった。
 やがて、福賀の前に若い男女が現れた。どちらも安価なセレクトショップで売られている安っぽい服を着ており、福賀の趣味ではなかった。
 福賀はいつもの文句を言うため、口を開こうとした。
「ダサっ。何この服」
 そう先に口にしたのは、目の前に立った女の方だった。福賀も全く同じことを言おうとしたが、口も体と同様に動かなかった。
 女は福賀の方を見ていた。ヤニで黄ばんだ歯を剥き出しにし、嘲笑っている。
(ハァッ?! あんたが着てる服の方がダッサいわよ!)
 福賀は、女が福賀の服を見て嗤っているのだと思った。福賀にとって、これ以上の侮辱はない。今すぐにでも女に怒りをぶつけたかったが、やはり口は動かなかった。
 福賀が何も言わないのをいいことに、ツレの男も福賀を見て嗤った。
「こんなダサいのに馬鹿みたいに高いんだけど。ウケる」
「これと似たようなの、古着屋で百円で売ってたし。ぼったくりじゃん」
 二人は福賀をせせら嗤いながら、何も買わずに店を出て行った。
(あいつら、文句だけ言って何も買わずに出て行ったんだけど! 冷やかしのくせに、生意気!)



 二人と入れ替わりに、ピンクのコートを着た少女が店に入ってきた。昼間に福賀が「ダサっ」と切り捨てた、あの少女だ。
 少女はトコトコと福賀へ歩み寄ると、何かを確認するようにジッと彼女を見つめた。やがて口角を吊り上げ、子供とは思えない不気味な笑みを浮かべると、福賀に話しかけた。
「ねぇ、お姉さんなんでしょ? 私のお洋服を馬鹿にした、あのお姉さんなんだよね?」
(だったら、なんなのよ?)
 福賀は少女を睨みつける。
 少女は福賀の返事を待たずに「やっぱりそうだ」と一人で納得した。
「お姉さん、今自分がどうなってるか分かってる? 教えてあげようか?」
(……どういうこと?)
 福賀は少女の言葉に困惑した。体が動かないのは、明確に原因があるせいだというのか?
 少女は福賀を軽々と持ち上げ、姿見の前へ運ぶ。その間、福賀は自分の体重をほとんど感じなかった。体が風でなびいている気さえする。
(私の体、どうなっちゃってるの? 知りたくない! 知るのが怖い!)
 福賀は姿見が近づくにつれ、だんだん自分の体を見るのが恐ろしくなっていった。
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