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第1部 第2章「深夜悪夢」
第1話『美術館へようこそ』⑷
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洞島が馬の絵がある展示室へ入っていった直後、馬場は背後からナイフで首を貫かれた。
(……え?)
視線を落とし、首を見る。銀色に光る刃がのどから生えているのが見えた。
「……! ……!」
たまらず、悲鳴を上げる。いくら声を上げても、ヒューヒューとのどから空気が抜けた。
振り返ると案の定、「首を探す女」から消えた女が立っていた。ナイフを馬場の首に突き立て、不気味に笑っている。描かれていた通り、黒いワンピースをまとい、裸足で立っていた。
「キャハハッ」
女は突き立てたナイフを横へ薙ぎ、馬場の首を切り裂く。馬場の頭は床へ転がり、吹き出した大量の血で床を汚した。首を失った体は重力に従い、頭のそばに倒れた。
女は馬場の髪をつかみ、頭を持ち上げると、馬場の体には目もくれず自分の絵がある展示室へと去っていった。残った体も、展示室から出て来た石膏像達によって持ち去られた。
三人が展示物達に襲われていた頃、千葉は美術館内にあるホールの壇上に立たされていた。両手を後ろ手に縛られ、両脇にはガタイのいい警備員が控えている。普段はイベントやシンポジウムなどに使用されているホールで、千葉は訪れたことすらなかった。
満席で、身なりのいい人間ばかりが集まっている。客席は薄暗く、顔はハッキリとは見えない。
唯一、最前列に座っている少女だけが、やけにハッキリと見えた。お世辞にもフォーマルとは言えないピンクのコートを着ているせいかもしれない。
周りの客達が目をギラつかせ、真剣な表情でステージを凝視しているのに対し、少女はショーでも見に来たかのように楽しそうだった。ワクワクしている様子で、足をバタバタと動かしている。千葉と目が合うと、いたずらっ子のようにニマァと笑った。
「お待たせ致しました! 脱走していた商品がたった今戻って参りましたので、公開オークションを再開致します!」
「商品? オークション?」
千葉は眉をひそめた。まさか、自分のことを言われているのではあるまいかと耳を疑った。
そしておぞましいことに、その予想は当たってしまった。
「エントリーナンバー四十四番、人間『千葉マリナ』! 1971年生まれ。両親は千葉ジロウ、カリナ。寸法は160センチ、重量は50キロ。個人蔵です。それでは、スタートは一万円から!」
司会者は千葉を手で差し示し、「商品」として紹介した。
直後、客席から「ふざけるなー!」と野次が飛んだ。
「俺達は美術品を買いに来たんだぞ! 人間なんて価値のないものに興味はない!」
「そうだ、そうだ!」
「引っ込め、ババァ!」
誰かが投げたパンフレットが、千葉の頭に当たる。見れば、このオークションの目録だった。商品ごとに写真と詳細な情報が掲載されている。
投げた人物が書いたのか、自分が落札するつもりだった額と、実際に落札された金額が写真の横に記されている。千葉でも知っているような著名な画家の作品もあれば、無名の芸術家のものもある。中には、明らかに幼稚園児が作ったと思われる工作や絵画まで出品されていたが、どれも法外な値段で落札されていた。
ムカつくことに、千葉の写真には値段が記されておらず、代わりに写真に大きくバッテンが書かれていた。
「そ、それでは落札者はいらっしゃらないとのことで、こちらの商品は処分させて頂きます!」
「処分?!」
野次がおさまらない中、司会者は警備員達に千葉を袖へ引っ込めさせた。
「処分って何よ! この私が、あんな子供の絵よりも価値がないってこと?! 私は社長夫人なのよ?! お金ならいくらでもあげるから助けなさい!」
千葉がいくら命じても、警備員達は無視して運ぶ。
やがて千葉はステージ裏に置かれていた巨大なシュレッダーへと放り込まれた。何枚もの強靭な刃が、千葉の体を細かく切り刻んでいく。その猛烈な痛みに、千葉は最期まで悲鳴を上げ続けていた。
「痛い痛い痛い……!」
ホール中に千葉の悲鳴が響く中、ステージ上では粛々とオークションが続けられた。
「駄作ほど、よくわめきますなぁ」
「まったくもって、その通り」
客達は千葉の悲鳴を鬱陶しがりながらも席を立とうとはせず、オークションに集中した。
ピンク色のコートを着た少女だけが「いい悲鳴だなぁ」と、うっとり聞き入っていた。
有村、千葉、洞島、馬場の四人は行方不明になった。
家族の証言から、夜中に出て行ったのは確かだった。だが、なぜ出て行ったのか、理由は一切不明だった。
自殺しに行ったとも考えられず、四人の家族は
「おおかた、みんなで旅行にでも行っているのだろう」
「落ち着いたら、連絡してくるだろう」
と軽く考えていた。
一方、深夜美術館では三つの奇妙な事件が起こっていた。
一つは、いくつかの展示品が変化していたこと。いくつか例を挙げると、
・「白鯨、海を統べる」に描かれたクジラの向きが違う。クジラの視線の先には、溺死した人間の女が描き込まれている。
・「笑う競走馬」に描かれた馬の歯が、人間の血液で汚れている。
・右手が欠けた石膏像と、首のない石膏像の二体が増えている。どちらも女性で、現代の衣服をまとっている。
・「首を探す女」の手に、別の女の生首が握られている。ナイフから滴り落ちている血の量が増えている。
といった変化が起こっていた。
作品の変化だけでなく、展示室の床が血で汚れていたり、修繕用の石膏が減っていたりと、細かな変化まで含めると、途方もない数の異変が一夜にして起こった。
二つ目は、ホールのステージ裏に設置してあった業務用シュレッダーに大量の血が付着していたこと。
血は人間のもので、明らかになんらかの事故か事件に関係していると思われたが、シュレッダーの中に死体およびその断片は残っておらず、館内の何処からも見つからなかった。
三つ目が最も不可解で、上記の異常事態に美術館のスタッフや客、その他関係者は全く気づいていなかったこと。
元々そういう絵であったかのように美術品の変化を受け入れ、美術品について書かれた資料も、勝手に変化後の状態に書き変わっていた。
展示室の床や業務用のシュレッダーに付着した血は「単なる汚れ」と判断し、大ごとになる前にきれいに拭き取られてしまった。
美術館で本当は何が起こっていたのか、知る者は誰もいない。
ただ一人、ピンクのコートを着た少女だけが、
「クスクス。おかしな美術館」
と、ひそかに作品の変化を笑っていた。
(深夜悪夢 第2話へ続く)
(……え?)
視線を落とし、首を見る。銀色に光る刃がのどから生えているのが見えた。
「……! ……!」
たまらず、悲鳴を上げる。いくら声を上げても、ヒューヒューとのどから空気が抜けた。
振り返ると案の定、「首を探す女」から消えた女が立っていた。ナイフを馬場の首に突き立て、不気味に笑っている。描かれていた通り、黒いワンピースをまとい、裸足で立っていた。
「キャハハッ」
女は突き立てたナイフを横へ薙ぎ、馬場の首を切り裂く。馬場の頭は床へ転がり、吹き出した大量の血で床を汚した。首を失った体は重力に従い、頭のそばに倒れた。
女は馬場の髪をつかみ、頭を持ち上げると、馬場の体には目もくれず自分の絵がある展示室へと去っていった。残った体も、展示室から出て来た石膏像達によって持ち去られた。
三人が展示物達に襲われていた頃、千葉は美術館内にあるホールの壇上に立たされていた。両手を後ろ手に縛られ、両脇にはガタイのいい警備員が控えている。普段はイベントやシンポジウムなどに使用されているホールで、千葉は訪れたことすらなかった。
満席で、身なりのいい人間ばかりが集まっている。客席は薄暗く、顔はハッキリとは見えない。
唯一、最前列に座っている少女だけが、やけにハッキリと見えた。お世辞にもフォーマルとは言えないピンクのコートを着ているせいかもしれない。
周りの客達が目をギラつかせ、真剣な表情でステージを凝視しているのに対し、少女はショーでも見に来たかのように楽しそうだった。ワクワクしている様子で、足をバタバタと動かしている。千葉と目が合うと、いたずらっ子のようにニマァと笑った。
「お待たせ致しました! 脱走していた商品がたった今戻って参りましたので、公開オークションを再開致します!」
「商品? オークション?」
千葉は眉をひそめた。まさか、自分のことを言われているのではあるまいかと耳を疑った。
そしておぞましいことに、その予想は当たってしまった。
「エントリーナンバー四十四番、人間『千葉マリナ』! 1971年生まれ。両親は千葉ジロウ、カリナ。寸法は160センチ、重量は50キロ。個人蔵です。それでは、スタートは一万円から!」
司会者は千葉を手で差し示し、「商品」として紹介した。
直後、客席から「ふざけるなー!」と野次が飛んだ。
「俺達は美術品を買いに来たんだぞ! 人間なんて価値のないものに興味はない!」
「そうだ、そうだ!」
「引っ込め、ババァ!」
誰かが投げたパンフレットが、千葉の頭に当たる。見れば、このオークションの目録だった。商品ごとに写真と詳細な情報が掲載されている。
投げた人物が書いたのか、自分が落札するつもりだった額と、実際に落札された金額が写真の横に記されている。千葉でも知っているような著名な画家の作品もあれば、無名の芸術家のものもある。中には、明らかに幼稚園児が作ったと思われる工作や絵画まで出品されていたが、どれも法外な値段で落札されていた。
ムカつくことに、千葉の写真には値段が記されておらず、代わりに写真に大きくバッテンが書かれていた。
「そ、それでは落札者はいらっしゃらないとのことで、こちらの商品は処分させて頂きます!」
「処分?!」
野次がおさまらない中、司会者は警備員達に千葉を袖へ引っ込めさせた。
「処分って何よ! この私が、あんな子供の絵よりも価値がないってこと?! 私は社長夫人なのよ?! お金ならいくらでもあげるから助けなさい!」
千葉がいくら命じても、警備員達は無視して運ぶ。
やがて千葉はステージ裏に置かれていた巨大なシュレッダーへと放り込まれた。何枚もの強靭な刃が、千葉の体を細かく切り刻んでいく。その猛烈な痛みに、千葉は最期まで悲鳴を上げ続けていた。
「痛い痛い痛い……!」
ホール中に千葉の悲鳴が響く中、ステージ上では粛々とオークションが続けられた。
「駄作ほど、よくわめきますなぁ」
「まったくもって、その通り」
客達は千葉の悲鳴を鬱陶しがりながらも席を立とうとはせず、オークションに集中した。
ピンク色のコートを着た少女だけが「いい悲鳴だなぁ」と、うっとり聞き入っていた。
有村、千葉、洞島、馬場の四人は行方不明になった。
家族の証言から、夜中に出て行ったのは確かだった。だが、なぜ出て行ったのか、理由は一切不明だった。
自殺しに行ったとも考えられず、四人の家族は
「おおかた、みんなで旅行にでも行っているのだろう」
「落ち着いたら、連絡してくるだろう」
と軽く考えていた。
一方、深夜美術館では三つの奇妙な事件が起こっていた。
一つは、いくつかの展示品が変化していたこと。いくつか例を挙げると、
・「白鯨、海を統べる」に描かれたクジラの向きが違う。クジラの視線の先には、溺死した人間の女が描き込まれている。
・「笑う競走馬」に描かれた馬の歯が、人間の血液で汚れている。
・右手が欠けた石膏像と、首のない石膏像の二体が増えている。どちらも女性で、現代の衣服をまとっている。
・「首を探す女」の手に、別の女の生首が握られている。ナイフから滴り落ちている血の量が増えている。
といった変化が起こっていた。
作品の変化だけでなく、展示室の床が血で汚れていたり、修繕用の石膏が減っていたりと、細かな変化まで含めると、途方もない数の異変が一夜にして起こった。
二つ目は、ホールのステージ裏に設置してあった業務用シュレッダーに大量の血が付着していたこと。
血は人間のもので、明らかになんらかの事故か事件に関係していると思われたが、シュレッダーの中に死体およびその断片は残っておらず、館内の何処からも見つからなかった。
三つ目が最も不可解で、上記の異常事態に美術館のスタッフや客、その他関係者は全く気づいていなかったこと。
元々そういう絵であったかのように美術品の変化を受け入れ、美術品について書かれた資料も、勝手に変化後の状態に書き変わっていた。
展示室の床や業務用のシュレッダーに付着した血は「単なる汚れ」と判断し、大ごとになる前にきれいに拭き取られてしまった。
美術館で本当は何が起こっていたのか、知る者は誰もいない。
ただ一人、ピンクのコートを着た少女だけが、
「クスクス。おかしな美術館」
と、ひそかに作品の変化を笑っていた。
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