悪夢症候群

緋色刹那

文字の大きさ
上 下
10 / 227
第1部 第1章「白昼悪夢」

第5話『兄』⑵

しおりを挟む
「は?」
 イツキは兄が何を言いたいのか、全く分からなかった。
 なんとなく兄の態度から「俺は馬鹿にされたんだ」と察すると、わざとらしく足音を鳴らし、兄に詰め寄った。
「おい! 俺を怒らせると、痛い目に遭うぞ!」
 同時に、兄で隠れていたテレビの画面が目に入った。
 どういうわけか、イツキが今の高校の合格が決まった瞬間が映し出されている。ボロボロの校舎の壁には、合格者の番号が羅列した大きな紙が貼り出されていた。
「これ、高校の合格発表の時の……」
 その紙には、確かにイツキの受験番号が書いてあった。自分の番号を見つけた瞬間、テレビの中のイツキは大喜びでガッツポーズをする。
 しかし、一緒にいたイツキの母親は浮かない顔をしていた。母親の視線の先には、見るからに知能が低そうな学生達が、猿のようにギャーギャーと騒いでいた。どうやら彼らも同じ高校に受かったらしい。
「……こいつら、何? こんなのが俺とおんなじ高校にいんの? 知らないんだけど」
 イツキは顔をしかめる。彼らのような生徒は、本当に見たことがない。俺は彼らとは違うのだと、イツキは自分に言い聞かせた。



 兄はリモコンでチャンネルを変える。
 次に映ったのは、高校の教室だった。イツキ以外のクラスメイト達はガラの悪そうな生徒ばかり。制服を着崩していないのは、イツキだけだった。
 授業をまともに受けているのもイツキだけで、周りは好き勝手に過ごしていた。教師の話も、黒板の字も、何も気にしていない。
 テストを真面目に解答していたのも、イツキだけだった。中学で習った内容と変わらない、簡単なテストだった。
 テストでクラス一番になり、イツキが意気揚々と廊下を歩いていると、合格発表の時に絡まれた。イツキはそのまま不良達に校舎裏へ連れて行かれ、問答無用で殴られた。時折、他の生徒が通りかかったが、見て見ぬフリをして去った。イツキがボロボロになって教室に戻ってきても、教師は何も言わなかった。
「何だよ、これ……」
 イツキはテレビの映像に戸惑いながらも、無意識に腕をさすった。なぜか身体中が痛い。
 さらに兄がチャンネルを変えると、イツキが薄暗い体育館で一人、バレーボールの壁打ちをしていた。他に部員はおらず、コーチらしき大人もいない。
 静まり返った体育館に、ボールが床を跳ねる音と、イツキの靴が床をこする音だけが響く。イツキはひと通り練習を終えると、ボールを仕舞って出て行った。
「ち……違う。この時はたまたま、俺一人だったんだ!」
 うろたえるイツキをよそに、兄は淡々と別のチャンネルに変える。
 今度はイツキが担任教師と面談している映像が映った。二人はイツキの進路について、真剣に話し合っていた。
「イツキ君、いくらなんでもトー大は無理だよ。うちの高校で学年トップ取ったって意味ないんだから。君も知ってるでしょ? うちの高校が県内でワースト一位の偏差値だってこと」
 担任はイツキの進路希望調査書をチラッと見るなり、重く息を吐く。
 担任の心配をよそに、イツキは自信満々で断言した。
「大丈夫っすよ! 俺、天才なんで! 受験勉強なんてしなくたって、余裕で受かりますから! まっ、プロのバレーボール選手を目指すのと迷ってるんで、まだ決定じゃないっすけどねー!
「日野君……ちゃんと現実見えてる? 勉強する気もないのに進学したって続かないよ? スポーツ推薦も無理だ。一度も大会に出ていないから実践はないし、君の運動神経が特別高いわけでもない。就職を考えた方がいいんじゃないか?」
 イツキは「無理無理!」と、ハエを払うように手を振った。
「前にバイトで散々こき使われたんで、暫くは自由になりたいんすよねー。つか、高卒で就職とか負け犬っしょ? 就職するなら、大卒必須っていうかー。俺が面接官だったら、絶対落としますね! あははっ」
「……」
 呑気に笑うイツキに、担任は哀れみの眼差しを向ける。口には出さないが「一生言ってろ」とでも言いたげだった。
 担任はイツキを説得するのを諦め、「今日はここまで」と強制的に面談を終わらせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

サクッと読める意味が分かると怖い話

異世界に憧れるとある青年
ホラー
手軽に読めるホラーストーリーを書いていきます。 思いつくがままに書くので基本的に1話完結です。 小説自体あまり書かないので、稚拙な内容は暖かい目で見てもらえると幸いです。

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

AstiMaitrise

椎奈ゆい
ホラー
少女が立ち向かうのは呪いか、大衆か、支配者か______ ”学校の西門を通った者は祟りに遭う” 20年前の事件をきっかけに始まった祟りの噂。壇ノ浦学園では西門を通るのを固く禁じる”掟”の元、生徒会が厳しく取り締まっていた。 そんな中、転校生の平等院霊否は偶然にも掟を破ってしまう。 祟りの真相と学園の謎を解き明かすべく、霊否たちの戦いが始まる———!

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...