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第1部 第1章「白昼悪夢」
第3話『猫になる』後編
しおりを挟む カノジョを家へ送る道中、彼女が「トイレに行きたい」と言い出した。
幸い、近くに公園があった。遊具の近くにある公衆便所まで誘導する。
「ここで待ってるから、早く済ませてこい」
「うん」
カノジョは素直に頷き、公衆便所へ……は向かわず、その手前にあった砂場へと歩いて行った。
「おい、何処に行くんだよ!」
「トイレ」
「トイレって、そこは砂場じゃ……」
ふいに、カノジョが振り返る。その目は人の目ではなかった。金色に輝き、瞳孔が縦に伸びている。鼻の横からは、猫のヒゲのような長い毛が生えていた。
……どうやら、カノジョは本当に猫になってしまったらしい。
「いやいや! いくら人がいないからって、それはまずいって!」
俺はカノジョが何をしようとしているのか、予想がついてしまった。
必死にカノジョの腕を引き、公衆便所へ連れて行こうとする。既に日は暮れ、公園には俺とカノジョしかいない。だが、その行為は人としてまずかった。
しかし着ぐるみの毛並みがあまりになめらかだったせいで、彼女の腕は俺の手の中からするりと抜けた。
そしてカノジョは砂場へ駆け寄ると、おもむろに腰をおろした。そうなっては、もう手遅れだった。座り込んだ彼女をどうにか立ち上がらせようとしたが、微動だにしなかった。
やがて事が済むと、カノジョはスッキリした顔で立ち上がった。
「ちょっと、何よこれぇ?!」
同時に、正気に戻った。自らの無様な格好を見て顔を赤らめ、悲鳴を上げる。
その目は元の黒くて丸い瞳に戻っていた。
翌日、カノジョのショッピングモールでの奇行が動画サイトに投稿されているのを見つけた。あの場にいた誰かが盗撮していたのだろう。
動画は瞬く間に拡散され、学校中に知れ渡った。カノジョはもう人間に戻っているというのに、下駄箱や引き出しに生魚やネズミの死骸が入れられたり、給食の代わりにキャットフードが配膳されたりと、ことあるごとに辱しめられていた。
当然、カノジョは俺に助けを求めてきた。
「ねぇ、助けて! アイツら、私を人扱いしてくれないの! 君からなんとか言ってやってよ!」
「お前だって、今まで散々気に入らないやつを馬鹿にしてきたじゃないか。ツケが回ったんだよ」
そのたびに、俺はすげなく返した。こんなどうしようもないやつを守って、クラスメイト全員を敵に回したくはなかった。
やがてカノジョは不登校になり、家に引きこもるようになった。
あの日の帰り道、カノジョに何が起きたのか尋ねた。
カノジョは「私もよく分からないんだけど」と首をひねりながらも、答えた。
「私ね、買い物の途中で猫になったの。で、猫なんだから、猫らしくしなきゃいけないなって思ったのよ。その時は自分が人間だってことを完全に忘れてた。公園の砂場で用を足して、やっと人間に戻ったの」
「フーン、不思議なことがあるもんだな。誰かに催眠術でもかけられたんじゃないか?」
「いい? このことは絶対、誰にも言わないでね。言ったら、破局だからね」
カノジョは羞恥心で顔を赤らめながら、釘を刺した。
「当たり前だろ。俺はお前の彼氏なんだからな」
「だよねー!」
カノジョは知らない。
動画を学校の裏サイトに転載し、学校中に広めたのは俺だってことを。
その上、昨日カノジョが公園の砂場で用を足している瞬間を撮影していたことを。
(あの写真……いつ見せようかな? クラスの連中も見たがるだろうなぁ。いっそプリントして、掲示板に貼り出してやろうか?)
(白昼悪夢 第四話へ続く)
幸い、近くに公園があった。遊具の近くにある公衆便所まで誘導する。
「ここで待ってるから、早く済ませてこい」
「うん」
カノジョは素直に頷き、公衆便所へ……は向かわず、その手前にあった砂場へと歩いて行った。
「おい、何処に行くんだよ!」
「トイレ」
「トイレって、そこは砂場じゃ……」
ふいに、カノジョが振り返る。その目は人の目ではなかった。金色に輝き、瞳孔が縦に伸びている。鼻の横からは、猫のヒゲのような長い毛が生えていた。
……どうやら、カノジョは本当に猫になってしまったらしい。
「いやいや! いくら人がいないからって、それはまずいって!」
俺はカノジョが何をしようとしているのか、予想がついてしまった。
必死にカノジョの腕を引き、公衆便所へ連れて行こうとする。既に日は暮れ、公園には俺とカノジョしかいない。だが、その行為は人としてまずかった。
しかし着ぐるみの毛並みがあまりになめらかだったせいで、彼女の腕は俺の手の中からするりと抜けた。
そしてカノジョは砂場へ駆け寄ると、おもむろに腰をおろした。そうなっては、もう手遅れだった。座り込んだ彼女をどうにか立ち上がらせようとしたが、微動だにしなかった。
やがて事が済むと、カノジョはスッキリした顔で立ち上がった。
「ちょっと、何よこれぇ?!」
同時に、正気に戻った。自らの無様な格好を見て顔を赤らめ、悲鳴を上げる。
その目は元の黒くて丸い瞳に戻っていた。
翌日、カノジョのショッピングモールでの奇行が動画サイトに投稿されているのを見つけた。あの場にいた誰かが盗撮していたのだろう。
動画は瞬く間に拡散され、学校中に知れ渡った。カノジョはもう人間に戻っているというのに、下駄箱や引き出しに生魚やネズミの死骸が入れられたり、給食の代わりにキャットフードが配膳されたりと、ことあるごとに辱しめられていた。
当然、カノジョは俺に助けを求めてきた。
「ねぇ、助けて! アイツら、私を人扱いしてくれないの! 君からなんとか言ってやってよ!」
「お前だって、今まで散々気に入らないやつを馬鹿にしてきたじゃないか。ツケが回ったんだよ」
そのたびに、俺はすげなく返した。こんなどうしようもないやつを守って、クラスメイト全員を敵に回したくはなかった。
やがてカノジョは不登校になり、家に引きこもるようになった。
あの日の帰り道、カノジョに何が起きたのか尋ねた。
カノジョは「私もよく分からないんだけど」と首をひねりながらも、答えた。
「私ね、買い物の途中で猫になったの。で、猫なんだから、猫らしくしなきゃいけないなって思ったのよ。その時は自分が人間だってことを完全に忘れてた。公園の砂場で用を足して、やっと人間に戻ったの」
「フーン、不思議なことがあるもんだな。誰かに催眠術でもかけられたんじゃないか?」
「いい? このことは絶対、誰にも言わないでね。言ったら、破局だからね」
カノジョは羞恥心で顔を赤らめながら、釘を刺した。
「当たり前だろ。俺はお前の彼氏なんだからな」
「だよねー!」
カノジョは知らない。
動画を学校の裏サイトに転載し、学校中に広めたのは俺だってことを。
その上、昨日カノジョが公園の砂場で用を足している瞬間を撮影していたことを。
(あの写真……いつ見せようかな? クラスの連中も見たがるだろうなぁ。いっそプリントして、掲示板に貼り出してやろうか?)
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