悪夢症候群

緋色刹那

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ナイトメアアパート『結』

エピローグ

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 歩夢と夢花が東京へ発つ日、駅のホームには優一と温子が見送りに来ていた。
「東京に着いたら、連絡するんだよ」
「休みの日には帰って来てねぇー! 帰って来られなかったら、私がそっちに行くからぁー!」
 優一は以前と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべて、温子は涙と鼻水で顔面をぐしゃぐしゃにしながら、二人を見送った。
「ありがとう、温子。遊びに来た時は案内するから。お父さんも、
「あ、あぁ」
 優一は照れ臭そうにへ腕を回すと、いないはずの誰かを優しく引き寄せるように、腕を動かした。
「もちろん、そうするよ。夢花に勧められた通り、新婚旅行もで行ってくるからさ」
「そうそう! 私に構わず、行って来て!」
「ね、ねぇ夢花ちゃん、ちょっといい?」
 隣にいた温子は優一の言動を訝しみ、小声で夢花に尋ねた。
「夢花ちゃんのお父さん、どうかしちゃったの? それとも、私が見えないだけ?」
「……ううん、温子ちゃんはまともだよ。おかしいのはお父さんの方」
 夢花は悲しげに目を伏せると、深刻そうに答えた。
「お父さんね……お母さんが死んじゃったことを受け入れられなくて、お母さんの幻覚が見えてるんだって。でも、否定してあげないでね。お父さんが可哀想だから」
「まぁ……そうだったの。ごめんなさい、"どうかしちゃった"なんて言って」
 心優しい温子は優一と夢花を憐れみ、申し訳なさそうに謝った。
「ううん、気にしないで。本当のことだから」
 夢花は温子をなだめつつ、優一を見てニヤリと笑った。

 一通りの事情聴取を終えた後、夢花は歩夢に協力してもらい、優一に悪夢をかけた。最愛の父である優一に殺意を向けるのは耐え難いことだったが、
「お父さんがこんなにモテなければ、シキミさんは死なずに済んだのに」
と思うと、案外すんなり殺意を向けることが出来た。
 二人が優一にかけたのは、「シキミは実は生きていて、常に優一の隣にいる」という悪夢だった。
 優一にとっては悪夢どころか、天国のような夢だった。
 しかしながら、他の人間にはシキミが見えないため、職場を中心とする彼の周囲の人々は皆、
「優一さんは、奥さんが死んでおかしくなった」
と思い込み、距離を取るようになった。
 特に、優一を狙っていた女性達はあからさまに離れていき、出来る限り関わらないようになっていった。
 中には「優一さんを支えたい」と近づく者もいたが、その大半は優一の言動に我慢出来ず、
「シキミさんはもう死んでるんだから、私を見て」
と言ってしまい、ことごとく嫌われていった。

 電車が走り出し、ホームにいる優一と温子が見えなくなると、夢花は隣に座っている歩夢の腕に抱きついた。
「ありがとね、歩夢お兄さん。これでお父さんは誰の女のものにもならないよ。例のババァも私達の悪夢で"力"が使えなくなったし、これで思う存分、二人きりの東京生活を謳歌出来るね!」
「……そうだね。僕も楽しみだよ」
 歩夢も目を細め、夢花に微笑みかけた。

 夢花は知らない。
 歩夢が信頼しているのは夢花であって、優一やシキミには一切心を開いていなかったことを。
 それどころか、夢花と二人きりで暮らしている優一を疎ましく思っていたことを。
 操江が優一との婚姻届を提出し、初めて夜宵家に来た際、夢花には「その時は家にいなかった」と説明していたが、実際には在宅中だったことを。
 以前から夢花が家中に仕掛けた盗聴器と監視カメラの音声や映像を密かに見聞きしていたため、夜宵家で起きていた異常を、全て把握していたことを。
 その上で、操江が行なっていたことを、見逃してやっていたことを……。
 全ては、邪魔な優一とシキミを排除し、信頼出来る夢花と二人きりで暮らすためだった。

「東京の家に着いたら、荷解きしなきゃ! それとも、ご近所さんへの挨拶が先?」
 夢花は歩夢の真意を知らず、無邪気に東京での暮らしに希望を馳せる。
 歩夢は「東京は都会だから、挨拶はいらないんじゃないかな?」と適当に返し、夢花の頭を優しく撫でた。
(せいぜい、悪夢シキミさんとお幸せに。僕は僕で、現実夢花ちゃんと幸せに過ごしますから)

「悪夢症候群」第2部『ナイトメアアパート』終わり
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