悪夢症候群

緋色刹那

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クローズドアパート 第三話『悲劇のプリンセス』

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「ハナシロデレラ様!」
「キャッ!」
 花城は突然ボンネットの上に現れた御者に驚き、悲鳴を上げた。
 御者は幼い子供のように小柄で、顔には薄く笑っている仮面をつけ、所々に金色の房がついた緑色の豪奢な御者の服を纏っていた。絵本からそのまま飛び出してきたかのような姿に、花城はただただ絶句していた。
「お時間です! 城で王子様がお待ちですよ!」
「お、王子様?!」
 御者は「左様!」と力強く頷き、窓から助手席へとすべり込んだ。
「私がお連れしましょう。ドレスが汚れてはいけませんからね」
「ドレス? このコートのこと?」
 花城は変装用に着ていたサイズの大きいコートを見て、またも驚いた。
 ちょっと目を離した隙に、野暮ったいコートが一瞬で煌びやかな純白のドレスへと変わっていたのだ。それだけでなく、サングラスもマスクも消え、代わりに宝石が散りばめられたティアラやネックレスなどのアクセサリーを身につけていた。カツラだけは被ったままだったが、色が黒から金へと変わり、本物の髪のように艶やかだった。
「な、何これ?! 私、いつ着替えたの?!」
「おや、お忘れですか? 王子様が魔法で変身させて下さったんですよ。本日は王子様との婚姻式ですからね。馬車もいっそう豪華にして下さったんですよ」
 御者が手で車内を示すと同時に、古びた軽自動車は煌びやかな純白の馬車へと変貌した。馬車を引くのは六体の純白の馬で、大人しく馬車の前に控えている。車内は真っ赤なビロードの座席が用意され、自動車の座席より遥かにふかふかだった。
 花城は呆気に取られつつも、御者に促され、御者席からビロードの席へと移る。腰が思ったよりも深く沈み、目を丸くした。
 御者は花城が座っていた御者席に座ると鞭で白馬達を叩き、出発させた。
「さぁ、参りましょう! 王子様の待つ、ユメミ城へ!」
 夢にまで見た瞬間に、花城は涙した。
(遂に、私の元にもお迎えが来たのね……! やっぱり、王子様は優一さんかしら? それとも、別の方なのかしら?)
 花城は希望に夢を膨らませ、王子との対面を今か今かと待ち侘びていた。
 
 その日、花城は自ら精神科を受診し、治療のために入院した。
 彼女は自分をお姫様だと思い込んでおり、名前を聞かれても「私はハナシロデレラよ」としか答えられなかった。入院中も虚言は尽きず、病院を「城」、入院着を「ドレス」、看護師や医者を「使用人」と呼び、同僚の「優一王子様」が部屋に来るのを待ち続けていた。
 花城の奇行に彼女の夫は責任を感じ、育児休暇を取って一人で赤ん坊を育てていた。以前の彼を考えれば大きな進歩だったが、花城は彼と赤ん坊のことを全く覚えておらず、病室に来ても存在を感知出来なかった。
「今日ね、夢の中で優一さんとデートしたのよ。薔薇がたくさん咲いていて、とても綺麗だったわ。本物の優一さんともデートしたいわね」

 しかし、優一は一度も見舞いには来なかった。
 歩夢が夢花を介し、「その女は貴方と再婚したいがために、夢花ちゃんを殺そうとしていた」と優一に話していたため、警戒していたのだ。
 花城は来るはずのない「王子様」を待ち、今日も「治療」という名の「お妃様レッスン」に励んでいた。

クローズドナイトメア第三話『悲劇のプリンセス』終わり
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